痛感
「…?」
痛めつけられていた颯花の意識が消えかけた瞬間、
彼女の頭を強く掴んでいたスカーレットの腕を、
挟むように二本指のアームが掴み、動きを止めた。
そのアームはかなり遠くから細い手首を伸ばし、
見た目に反してかなりの握力があった。
あの強固な義体の装甲を容易く破壊した相手の腕に、
抵抗をされても簡単に離す事は無かった。
「(あの馬鹿野郎…来るなって言ったのに…!)」
「あら…やっぱりお仲間居るじゃない…」
「颯花……だからあれほど言ったんだ…!
全く…お前はいつも人の話を聞かないから…!」
神奈子達の居る隠れ家から3時間程掛かる距離を、
ものの30分程度でここへにとりはやって来た。
彼女は飛行可能な機械を使っていたとはいえ、
ここまで来るのには相当な根気が必要なはずだ。
道中には当然ながら傀儡達が数多く徘徊している、
文字通りの危険地帯を生身の人間1人で潜り抜け、
それでも滅入る事なく颯花を助ける為だけに、
自身の身を危険に晒してまで必死になっていた。
颯花の中でにとりは親友とまで呼べる存在ではない。
それはいつか彼女に見捨てられる時の為にあえて、
颯花から相手への好感度を上げていないからである。
颯花の中での彼女は機械の整備を頼めばしてくれる、
多少は信頼をしても大丈夫な相手程度の印象で、
正直こんな取り柄のない自分に対して何故ここまで、
こんなにも必死になってくれるのか疑問だった。
「…」
「聞こえてるんだろ!…まだ生きているんだろ!」
彼女の必死の呼び掛けに颯花は応じる事が出来ない。
それはただ単に弱って話せないのは当然の事ながら、
彼女の行動の理由が全く理解出来ないからだった。
確かにこんな事までしてくれる彼女なら、
自分の全てを信頼してもいいかも知れないと、
颯花は今まで何度も思ったりしているが、
結局そこまで深く信頼できなくなってしまう。
相手は今日までの相手であるかも知れない。
明日になれば気が変わって容易く私の事を見限って、
2度と助けてくれなくなる可能性も否定出来ない。
正直自分でも何故ここまで他人を信用出来ないのか、
他人を疑ってからでしか見る事が出来ないのか、
自分自身に首を傾げる事が時々ながらあった。
色々と考えた結論は自分が全ての元凶であって、
彼女達が苦しむは私のせいだと自身を下に見て、
私の周りに居れば死や不幸に襲われてしまう、
そのせいで他人から自分との繋がりの距離を、
無意識に自ら離してしまっているからだという、
そんな結論に至った。
でもそれは間違ってないと颯花は思っている。
けれど、こんな危険な存在に自分から歩み寄って、
自分の身が危険になっても側に居るのは異常だ、
そんな無駄な事をして何のメリットがあるのか。
もう誰も自分のせいで傷つけたくないはずなのに、
自分が進んで行く道は数多くの相手を傷つけ、
様々な人間が死んだその死体の山で成り立っている。
こんな私を信頼するのははっきり言って異常だ。
人を信じるのに理由なんか何も要らない、
私は確かにそのような事を言っていた。
しかし、その信頼するという前提からしていない。
自分の事は自分が一番分かっていない、
分からなければ相手の気持ちさえも理解出来ない。
「(…にとり…お前はどうしてここまで…
こんな私に対してそんな事が出来るんだ…!)」
「…ああ…お前の気持ち…全部伝わったよ…」
「っ…」
にとりはここへ着いた時から帽子を深く被り、
周りから目元が見えずらい被り方をしていた。
そして彼女は帽子を目元が見えるようにずらした。
それでやっとのこと颯花は目元を確認出来た。
彼女は例のあの眼帯を着けていた。それは、
彼女の目が見えないからという理由ではない。
その義眼には相手の思っている事を簡略ながら、
全てを聞き取る事が可能だったからだ。
元々これは会話での通信よりも状況伝達が速く出来、
より迅速に出来る為に搭載したものだった。
「お前が昨日寝ていた間…身体にちょっとだけ、
お前の嫌いな気持ちを読み取る機械を着けたんだ」
「…」
「悪いとは思ってる…けどこんな事しないと、
お前は頑なに本音を話そうとしないからな…。」
嫌な顔はしていない。弱っていて表情さえ作れない。
しかし、眼帯で思っている事がダダ漏れである。
あまり颯花は心を読まれるのは好きではない。
「…」
「でもこれで…お前の本当の気持ちが分かった。
お前がいつも他人に対して興味ない態度をする理由、
そうさ、殆どお前のせいだ!お前が悪い!」
「…」
「…だからってお前1人で抱え込む事じゃない!
お前の行動で私達は苦しんだ時もあったさ…
それで死んでしまった奴だって居たとも…」
「…」
「でもそれがお前の決めた道なんだろう!?
それだったら進めばいい!目的を見失うな!
間違った事なら何度だって私が修正してやる!
傷つく事を恐れていれば…前には進めないのは、
お前が一番良く分かっているはずなんだろう!」
「…」
「お前がありのままで居られるのなら!
私は多少傷ついたって構わない!
お前がたった1人信じた相手と同じように信じろ!」
「……に…」
「…少しだけでもいい!私を信じろ!」
「…」
しかし、スカーレットはにとりのアームを殴り壊し、
その会話の途中で無慈悲に颯花を攻撃し、
顔面を硬い地面に押し付け深くめり込めさせた。
潰れはしていないものの余りにもグロく悲惨な姿で、
周囲やスカーレットを紅く染める程の状況に、
一瞬だけにとりは目をつぶって怯んでしまった。
けれど、もう油断は出来ない。視界を元に戻す。
目の前の相手は私を殺そうと狙ってきている。
隙や油断をすれば一瞬で勝負がつくほどの相手だ。
そして私は生身だ、あんな強烈な一撃を食らえば、
まともに耐える事すら不可能だと言えるだろう。
「友情ごっこ…貴女はこんな子を信用出来るの?」
「…そいつは嫌な奴じゃない…可哀相な奴だ。
だから誰かが信じなきゃ…また道を踏み外す…!」
「…もう手遅れなのに…それでもまだ信じると…
どいつもこいつも…頭がおかしい人が多いわね…!」