生命を帯びた死の灰
「よし……行くか」
噛まれた腕の凹みはにとりが完全に修復し、
ほぼ新品のような状態となっている。
全身の燃えるような紅い塗装は瓦礫と接触した時の、
きめ細かい擦り傷が無数についていたものの、
上からに塗ったのかと思えるくらい無くなっている。
それにしても彼女はどこまで成長するのだろうか。
最初の頃は構造すら分からず直せなかったが、
手足が造れたのち、次第に胴体も造ってしまった。
そのうちロボットで結成された警察みたいなものが、
こいつのおかげで生まれるかもしれないな。
しかし欲張りを言うが自己再生は出来ないのか?
彼女はそれと構造は全く無関係で論外だ、
それを言って話を逸らしている事から感じ取ったが、
おそらく身体の素材である死の灰の効果だろうか。
幾つか前の時に同じくそれで造られた人物が、
自己再生とは無縁の身体だった事もあったが。
突然だが話は変わるが、まあ脳内の独り言だ。
それにしても細胞ひとつひとつに生命を感じる。
これは私が痛みを感じれる原因なのだろうか。
最初の頃から確かにその感覚はあったが、
人間としての痛覚といえるものだと思っていた。
しかしとても今頃だがどう思っても妙だ。
細胞ひとつひとつが稀に別の感覚に襲われる。
ある部分には熱い、ある部分には痛い、
まるで個々に自我があるような感覚に思えてくる。
特に気にする事もないが、何処か嫌な予感がする。
「燃料は予備は要らないのか?」
「無駄に荷物を増やせば土産が減るだろう?」
「お前が戻れなければ元も子も無いぞ」
「安心しろ。燃料も底はある。今日はこれでいい」
颯花は前回と同じ扉から外へ飛び出す。
見渡せる範囲での周囲にはまた傀儡の気配はない。
ここら辺の人間が全て傀儡化してしまったのか、
あるいは生き残りを追い掛けてその場を離れたか。
例えどんな理由があれど、そんな事関係ない。
「待って!」
扉からにとりが飛び出し歩き出した颯花の足を掴む。
当然バランスを保てず転倒し、顎を強打した。
何故機械越しに話さないのか疑問を持ったが、
それ以前に脚を掴む事はないだろう。
そう思っているが、声に出しそうな口を押さえる。
「お前が颯花なら、もう分かってるだろう?」
「…何を」
「とぼけるな。私には分かるぞ」
「金髪の話か?」
「それもそうだ…。なら先にそっちの話をする」
「…。……ここで?」
「生体反応は周囲半径1kmにはない。大丈夫だ」
「…」
別に外で話す事はないだろう。
そう思いつつ、顔に出るほど興味が湧いている。
真剣な話をしようとしているにとりはそれを見て、
颯花に対しムッとしたあの表情を見せている。
別にあの時の邪悪な顔ではないが、少し怖い。
流石にこの顔のままは失礼だと思い、
その場で1回深呼吸をして体を落ち着かせる。
「やっぱり言うべき事は言うべきだな」
「…無理には聞かないぞ?」
「…。お前がどう受け止めるか。それ次第だ」
にとりはその場でまっすぐ私を見て話し出す。
彼女の中に少しだけ心配した表情を浮かべているが、
それを隠している事も当然分かっている。
なるべく打ち解ける自分だけでも冷静を保とうと、
彼女は思っているのだろう。おそらくだが。
別に何を聞かされるのか少しだけ分かる気がする。
「金髪は…もともと持ち主がいた」
「持ち主…?これは死の灰で…あっ」
「やっぱり分かっていたんだな。まあいい。
理解していたのなら早いに越したことはないからな」
「…待て。
金髪なんて魔理沙とアリス、フラン以外に…」
「八雲 藍。お前は直接会った事が無さそうだな。
彼女…まあこっちの世界のだ。異世界のじゃない」
「…」
あのレミリアの起こした事件で彼女は死亡している。
それは分かっている。だがそれだけで終わらない。
それが八雲 紫であり、彼女の嫌な部分だ。
彼女自身が死の灰の身体と融合している最中、
しばらく動けない間に八雲 藍は殺された。
先ほどまで見ていた顔は冷たくなって倒れている。
彼女の中ではまだ死んでいなかっただろう。
何故なら手元に万能薬、死の灰があったからだ。
早速彼女は八雲 藍の体を作り始める。
それは八意 永琳に頼めば良かっただろう。
彼女の方がまだ作り方に詳しいからだ。
しかし近くには居ないのなら自分がやるしかない。
何故か感じた時間との勝負が彼女にミスを犯した。
初めて造り始めた彼女は、とある迷いを感じた。
それは純粋に、死んだ者を呼び戻せるのだろうか。
彼女の中ではまだそれは確かでは無かった。
その僅かに感じてしまった迷いで異変が起きた。
魂の入ったまま、その身体は崩れ去ってしまった。
その崩れた衝撃で、完全に魂が消え去ってしまった。
まだ大丈夫だと思い込み、何度も同じ身体を造る。
造って、造るほどに失敗作を生み出していく。
山積みになっていくそれが、彼女の必死さが伝わる。
何が何でもまた会えるように、頑張っていた。
しかし、2度と会えることは無かった。
これでは橙が蘇らせると思ったが、
彼女には逆の藍と一緒の方が幸せだろう。
存在があるかさえ分からない天国の話をしている。
自分で何を言っているのかさえわからないほど、
そんな崩れた精神の状態で何故かそう思えたらしい。
自身でもよく分からない何かで甦せられなかった。
一方八意 永琳はてゐの事を甦すことは無かった。
生物にとって死が1番の生きた感覚だと、
自分と同じような状態にさせたくないかららしい。
そんな彼女にしか分からないような想いが、
八雲 紫には伝わらず、怒りでも感じさせたのか、
彼女は八意 永琳を精神的に追い詰めていった。
話は長くなる為なのか、ここで彼女は話を止めた。
長話が嫌いなのかあまり思い出したくないのか、
それとも他なのか、彼女以外だれにも分からない。
そして、八雲 藍の抜け殻の残骸を再利用した、
それを義体の燃料へ転用したらしい。
「…まるで八雲 紫と会ったようだ」
「そう。会った。お前が寝ている間に、
私と神様2人の目の前に意味も分からず突然とね」
「それを渡して、話して消えたと?」
「…そうだよ」
「…。まったくもって意味不明だな。
それを行って奴にどんなメリットがあるんだ?
……すまない。お前に聞く事じゃないか」
「言ってたよ。一言だけ」
「…一体なんだ?」
「せいぜい苦しんで死になさい」
「…じわじわ殺しに来る奴らしい台詞だ」
「で、お前の返答は?」
なぜそれを聞く?今奴は居ないと思うのに。
まあそれは置いといて、ここはカッコ良く決めよう。
なんせ目の前には大物が居るのだから。
「私はもう死んでいる」
「…。ふふふ…貴女らしいわ」
「フッ…これでいいんだよ。八雲 紫さんよ…」
にとりの姿は灰のように崩れ去り完全に消えた。
灰が視界を阻んだ向こう側にその声が聞こえた。
やたらにとりが詳しいと思ったらコレだ。
直接会った事で知るのは不自然じゃなかったが、
いつものにとりでも無いし、雰囲気も違う。
目の輝きが消え手足は不自然に震えている。
まるで紐で釣っている人形のようだ。
私を人形だと決めつけて人形劇でも勝手に、
頭の中でやっているつもりなのだろうか。
彼女が持っていたらしい傘を脇に挟み拍手している。
その姿がどことなく煽っているように見えた。
「にとり、聞こえるか?」
「無駄よ?ちょっと眠ってもらったわ。」
「…あいつだけには何もするな」
「あら?2人はどうでもいいのかしら?」
「2人組もやられたか…何を考えている?」
「いえ、もう終わったわ。殆ど話し終えたわ」
「なぜ人形を介して話す…そして謎の拍手も」
「劇が終わったら拍手するのがマナーなのよ?」
颯花は予想通りだったと思いつつため息をついた。
そして、様々な意味が当てはまる言葉を返す。
言っても無駄だろうと呆れたように颯花は言った。
「人形劇をやるなら…隙間の中でやれ」
「ふーん…私の人形って認めてくれたの?」
「…なったつもりはない」
「ふふ…全ては私の手の平で動くのよ。
私の下僕にでもなれば願いが叶うかもしれないわよ」
そんな事を言っているが、分かっているだろう。
私達は似ているが、それ故に相性が悪過ぎる。
お互いにそんな事を望んでいるはずがない。
「叶うわけないな。お前と一緒では……な」
「ふーん、ひとつだけ私の予測を言ってあげるわ」
「…何だ、突然」
「貴女の痛覚の事よ」
「…」
先ほど急に思った事を言い当てられたように感じ、
自身のいつもとは逆の状況に少し戸惑うも、
偶然だろうと言い聞かせて自分自身を落ち着かせる。
「…もしかしたら、細胞のひとつひとつに、
『人の魂魄が入っている』かもしれないわよ」
「ッ…!!……憶測で……ものを言うな。
流石にそんな事を思うのは…いかれてると思うぞ」
先ほど嫌な予感とは言ったが、それは思い過ぎだ。
これがその嫌な予感の原因の筈がないだろう。
そう思ったと同時に、それが確かな事実のように、
まるで身体のひとつひとつが疼き始めた。
頭しかない筈なのに、幻肢痛のように蘇っている。
まさかと思うほど、自身の身が異常に震えている。
義体が完璧なまでに、それをトレースしていた。
どうしてそんな気味の悪い事が思いつけるのか。
予測だ、たかが予測だと、自分に言い聞かせる。
「動揺しているのね。まあ貴女次第よ」
「くっ…」
「まあいいわ、じゃあね」
「……待て。私にも、八雲 紫に伝える事がある」
「ん?」
「本音として違いない事を偽りない自分で伝える。
強がりとかは無しとして…これは私の決意だ」
「…。私の手で、貴女を終わらせます」
「…面白いわね。とても期待してるわ。
その身体でどこまでやれるか本当に楽しみよ」
そして彼女が姿を消してからしばらくの間、
何故か動けなかった。しかも、話していた間も。
時が進んだ気配はない。これはアレだ。
奴が時を止めていたんだろう。おそらくだが。
多少は動けたはずだろう。口が動かせたから。
そういえば私にもまだ能力は使えるのか?
と思ったが、どうしても発動が出来ない。
どうやら桐柄に託した奇形の猫耳カチューシャが、
あの能力の発動のトリガーだったらしい。
身体を託して能力が使えなければ元も子も無いと、
そう思いつつ、彼女は能力との別れを少し悲しんだ。
「…行くか。」