過去の記憶
「いたぞ!疫病神め!」
「このままじゃ…追いつかれる…!」
この辺りの地形は雛にとって初めて来た場所であり、
自分がどの方向へ逃げているのかさえ分からない。
むしろここに住んでいる彼らの方が当然詳しく、
明らかに近道等を使って彼女を追っかけている。
無我夢中で走っているせいで足元の確認を怠って、
横たわっていた木に足が引っかがってしまった。
それで今居る山の坂道を最後まで転倒してしまい、
全身を強打し、痛みで立ち上がる事すら出来ず、
彼女は自分の悪運を再び実感した。
「…」
「…コイツ…どこまでも逃げやがって…」
薄らと残った意識の中、彼女は追手に囲まれ、
触れないように荷台に乗せ、雛を連れ帰った。
そこからは気絶してしまったのか記憶には無かった。
しばらくすると、周りの騒がしさで目を覚ました。
そこは先ほどのにとり達の集落だった。
雛は拘束され身動きを取れず、逃げる事が出来ない。
その中にやけに長と思える風格の人物に対して、
必死に何かを訴えているにとりの姿があった。
その必死さは、雛はこのままでは殺される、
それを止めさせようとするくらいのものであった。
彼女にとって雛は大切な友達なのだろう。
「なんで分かってくれないのか!
悪気があった訳じゃないって言っているだろ!」
「厄神は居るだけでも邪魔な存在じゃないか?
本人は周囲の厄を吸い取っているらしいが、
それは彼女が呼び寄せていだけじゃないかの?」
「確かでもない事を…!」
「悪気がない確証もないじゃろ?」
そんな態度をいつまでも変えない長老に対して、
敬語さえも忘れ口論を続けている。
確かに悪気がない証拠なんてものはない。
聞いても嘘をつく可能性もないとは限らず、
それを信じるような物腰の柔らかい相手ではない。
けれど、彼女は友人を理由もなく信じていた。
「彼女は…そんな事するような奴じゃない…!」
「ふん…それも確証はないぞ?」
「確証なんてない…言ったって信じる筈もない。
でも…さすがにここまでする事はないだろう…!」
「ふん…お主だけの意見で状況が変わるとでも?」
「私はただ…後悔の無いように動くだけだ!」
「…。なら1つ、助ける方法をやろう」
「…」
「お前が…身代わりになればいい」
長老は下を向き、自身の表情を隠す。
隠し切れていない部分から、にとりは理解した。
笑っている。最初からそれを企んでいた。
にとりには何故そんな事をされるのか分からないが、
確かに憎まれやすい奴だと実感する事はある。
どうでもいいような小さな事に嫉妬を感じ、
それが憎悪にでも変わったのだろうか。
にとりは相手の理由を聞く気にすらならない。
自分が今まで住んでいた場所の一番上の存在が、
そんな下らない嫉妬心で動いてしまうような、
情けない人物だったとは思いたくもなかったから。
けれど、頭の中でいくら考え込んだとしても、
彼女が答えようとした言葉に変わりはない。
「分かった」
「…何?」
長老は下を向いていた顔を勢い良く上げた。
自身の思惑通りにいかなかったのだろうか、
にとりを見つめ不思議そうな顔をしている。
彼はにとりの身を捨てる行動に迷いさえも感じず、
そんな馬鹿な事を何故するのか疑問に思っていた。
「話に乗ると言ったんだ、何か不満か?」
「意外だな、迷いはないのか?」
「迷いなんかないね。そんな覚悟さえなかったら、
こんな場所でお前と馬鹿みたいな口論する気もない」
「ふん…よかろう」
周囲の河童が雛を端の方へ移動させると同時に、
にとりを押し退け広場の中央に移動させる。
念の為に逃げないよう鎖で厳重に拘束させた。
すれ違いざまに雛はにとりの方を見つめるが、
気にするなと言うような顔で見つめ返している。
長老の隣りに座らせられた雛が彼に怒鳴るも、
それは把握していたように微動だにしていない。
「騒がしい奴だ」
「なっ何よ…何も殺すことはないでしょう!」
「殺す?そんなこと一言も言っとらん」
「えっ…じゃあ何を…!」
その興味もないようにそっぽを向いていた顔を、
雛に見せつけるようにその顔を向けた。
彼女の言った言葉に異様に反応したような目で、
心の中に深い闇を持ったような声で言った。
「だがそれも…殺すのもアリかもしれんの」
「なっ…そんな、命を軽々しく…!」
「お主が悪いのじゃぞ?
お主が余計なことをしなければ彼女はまだ、
ここで普通に暮らせたというものを…」
「私はただ彼女の為に…!」
「それが余計だったんじゃよ。それで結果がこれ。
彼女は今頃お主の事を恨んでるじゃろうなぁ…」
「そんなはずは無いわ…だって彼女は…!」
「お主は本当にあ奴の事を分かっているのかの?
陰でお主の悪口を言うような、そんな奴の事を」
あからさまに彼は嘘をついていた。
しかし、それが嘘だと分かっているはずなのに、
自身の中でほんの少し疑っている部分があった。
そんな酷い事を言うような彼女じゃないことは、
今まで一緒に居たからこそ分かっている事だが、
一緒に居なかった間の事は何も知らない。
本当はまるっきり正反対の人物なのかもしれない。
私と会っている間だけ仮面を着けている。
真実を知らないせいで何を信じればいいのか戸惑い、
安っぽい嘘でも惑わされてしまっている。
「嘘よ…そんなはずは…」
「疑心暗鬼になっているな。
お主とあ奴の下らない友情はその程度か?」
「私は…彼女を疑ったりなんか……!」
「あんな忌々しい奴、死んでもわしは困らない」
「なっ……なんて人…!」
「わしにとってあんな邪魔な存在など要らぬ。
頂点よりも優れる駒など要らぬ。捨てるまでよ」
にとりの身体に火を付けた木の棒が寄せられる。
熱に弱いのだろうか、とても苦しそうだった。
繋がれた鎖がもがいても外せる事はなく、
彼女の苦しむ姿をじっくりと見させられている。
「もうやめて!こんな酷い事を!」
「辛いだろう?悲しいだろう?だが自業自得だ。
お主が厄神だから、あ奴に厄が降り掛かったのだ。
最初から人と厄神が触れ合う事など無意味なのだ」
「なっ…なんで私が…いけないの…」
「ふっ…それでもあ奴と一緒に居たいか?
会わせてあげようじゃないか…向こうの世界で…」
長老が集団の1人から松明を強引に奪い、
雛に今にも燃え移りそうなほどまで近寄せる。
鎖は今でも取り外せず、抵抗する事が出来ない。
「嫌…死にたくなんか…ないのに…!」
「クックックッ…死ねいッ!!」
「やめて……やめてぇええええッ!!!」
そこからは意識が無くなっていた。
身体の中にあった厄が漏れ出したような感覚が、
再び雛が目覚めた時にもまだ残っていた。
先程まで居た山から見た事もない川が流れていて、
それによって湖まで彼女は流されていた。
厄が抜けたせいか身体に力が入らず立ち上がれない。
けれど、そんな事で挫けて居られない。
にとりの事が心配になり、彼女は生きているのか、
限界な身体に無理をしてまで彼女へ会いに行く。
自身が流れた川から出て上流へと走っていく。
その川の上流から様々な燃えた何かが流れてくる。
「にっ…」
上流まで行くと、先ほどの集落に着いた。
しかしその集落は跡形もなく焼けてなくなっていて、
鼻を塞ぎたくなるほど異様な臭気が漂っている。
そんな中に1人何かを川に流している人物がいた。
その人物はにとりだった。雛は安心した直後に、
そこにいる彼女の現状に恐怖を感じた。
「河童は死ぬときくらい川に居たいよな?
そうだろう?ほら、何とか言ってくれよ?なあ?」
「…」
「みんな相変わらず良い泳ぎしてるじゃないか。
みんな待ってくれよ、私を置いていく気か?
私も負けていられないな、湖まで競走だな」
自身が川に流している何かに話し掛けている。
まるで幻覚でも見ているようで、正気とは思えない。
ましてはそれらを流した汚れた川を何も感じずに、
まるでそれらが生きているように話しかけ、
何の躊躇いもなく一緒に泳いでいる。
雛は彼女に一言も話し掛けることも出来ず、
恐怖に怯えて一目散にそこから逃げていった。
私のせいだ。私が余計なことをしなければ。
そう自身を責め立て、にとりに謝罪をしている。
厄が全て抜けた筈なのに、何も残っていないのに、
何故か涙が途切れる事なく流れ続けている。
無我夢中で走っているせいで足元の確認を怠って、
横たわっていた木に足が引っかがってしまった。
それで今居る山の坂道を最後まで転倒してしまい、
全身を強打し、痛みで立ち上がる事すら出来ず、
倒れたままどうする事も出来ず泣き崩れた。
「話が長い、3行でまとめろ」
「聞いといてそれかよ…まっ別にいいけど。
これでも短縮してるんだぞ?有り難く思え」
「知らん。で、お前それからどうなった?」
「普通に霊夢にぶん投げられて目を覚ました」
「…」
突っ込み所が有り過ぎて颯花は何も言えない。
こいつも色々あったんだなと思ってはいるものの、
別に今でも根に持ってる訳ではなさそうなので、
心配の声をかける事は無かった。
そんな冷めた感情の颯花だが、本当の事は、
これ以上掘り返せば目の前の雛が辛い思いをさせる、
にとりの話が聞こえて更に思い出してしまうと思い、
その話を颯花はそこで終わらせた。
それを伝える事はなく颯花の対応を聞いていた雛に、
第一印象は冷たい人と思われているだろう。
「雛…だったか。にとりを避けているようだな」
「…貴女には関係ない事よ」
「…」
「…彼女に私はもう必要ないの。
現に今はもうあんな風に壊れてないでしょ?」
「…。…お前ににとりが必要なんだろうな。
現に今はもう厄吸ってるだけの機械みたいだ」
「機械の貴女に…言われたくはないわ」
「…言われないようになればいい」
「…」