四角い空の中で:3
ふと覚めた。
部屋の天井の照明は消えているものの、
机の上に置いてあった小さな照明がついている。
その照明の光はとても小さいはずなのに、
颯花は何故かとても眩しく感じている。
しかし、そう感じた理由はすぐに理解できた。
その照明は、まっすぐこちらに向いている。
「…(にとり…)」
どうみてもこれは嫌がらせだった。
にとりは毎回無理な願いを頼まれ過ぎていて、
ストレスでも溜まっていたのだろうか。
これが意味のないストレス発散だとしたら、
流石に颯花は多少でも怒っていたかもしれないが、
相手はにとり、色々とお世話になっている。
とりあえずされても仕方ないなと思っているが、
出来ればそのまま放置して寝ないで欲しいと思った。
自分以外全員が何事も無かったように寝ている。
そんな状況で起こしてまでやめろと言える訳がない。
颯花が寝なければこうならなかったかもしれないが、
流石に睡眠が要らないような身体ではない。
色々考えたが、結論は変わらなかった。
自分が彼女達が起きるまで我慢すればいい。
今日のあの件でみんな疲労しているのは当然のこと、
休める時は休んだ方が良いのは当たり前だろう。
でも、出来たらこれは二度とやめてくれ。
身動きがとれない状況でこれはまるで拷問だ、
にとりが感じたものよりはマシかもしれないが、
これはかなり精神的につらい。二度とごめんだ。
「…」
「…(起きたか)」
にとりは机から起き上がり、身体を伸ばす。
そのあと、あくびをしたようなポーズをした。
彼女はなるべく音を立てずに冷蔵庫へ向かい、
ガサゴソと無音のまま何かを探し出す。
起こさずに行っているのか、それとも、
バレないように行っているのか、あるいは両方か。
そして何かを見つけたのか、そこから手を出した。
その手にはアイスのような何かを持っている。
まるでその後の食糧問題を無視するかのように、
その大きなアイスを1人で食べようとしている。
そんな事を、流石に見逃せるような颯花じゃない。
なるべく寝ている2人を起こさないように、
にとりの背中を鋭い眼差しで睨みつけた。
「ッ…!」
「…」
にとりの身体はビクッと何かに反応した。
そしてゆっくりと彼女はこちらへ振り返った。
当然のように目と目が合った。
彼女の顔は駄目なの?と聞くような顔だった。
当然だ。初日からあんな大きなものを食べられて、
後々困るのはお前だろう。そう颯花は念じる。
「…(駄目なの…?)」
それが伝わったのか彼女の目は泣き目に変化した。
勿論そんな顔したって駄目だ。やめとけ。
そんな事を言うような目で見つめ返すも、
認めるまで続けるのか、いつまでも泣き目で見る。
やけに諦めの悪い事から、颯花は感じ取った。
その泣き目は演技、意地でも食べたいんだろうか。
食い意地を張る彼女の気持ちまでは感じ取れない、
少しくらい我慢したっていいだろう。
絶対駄目だ。先程よりも凄まじい目つきで睨んだ。
「…(チッ)」
「…」
その可愛らしいくらいの泣き目は突然と消え去り、
凄まじいほど憎んでいるような顔で舌打ちをした。
颯花が初めて?彼女の腹黒い部分を見た瞬間だった。
そんなに怒らなくてもいいだろう…。
仕方なさそうに彼女はそれを冷蔵庫に戻し、
再び机へと戻って作業を始めようと移動した。
これで一件落着、そう思って颯花は目を閉じた。
しかし、何故か目の前で人の気配がする。
そしておぞましいほどの殺気を颯花は感じた。
久しぶりに冷や汗をかいた瞬間だった。
「っ…」
恐る恐る颯花は目をゆっくりと開けた。
目の前には水色が視界を覆っていた。
その水色、それはにとりの着ている服だ。
というよりも、それ以外にこの部屋に水色はない。
徐々に目線を上へと移動させた。というよりも、
しなければならない。そんな空気が漂っている。
「なっ…なんだよ……」
「…。5日以内に終わったらどうする?」
「どうするって…」
「私を優先に取ってきた食糧を渡す、分かった?」
「えっ流石にそれはちょ」
「異論は?」
「ないです」
即答だった。その彼女の絶対的な気迫に負けた。
怖過ぎる。ヤクザの脅迫よりも怖いんじゃないか?
夢に出るんじゃないかっていうほどの、
ゴミを見るような目とは比較にならない。
もしも胴体があればこんな事はなかったと、
それを言い訳にしても、おそらく胴体があっても、
あれは無理だ、誰だって生きた心地がしないはず。
卑怯なほどの顔を、今後も見る機会があると思うと、
いやいやいや、絶対見たくない。
今度からなるべく怒らせないようにしよう。
そう心に誓わせるほどの顔だった。
にとりはいつの間にか机へ戻っている。
魂が抜けたような顔をしながら、颯花は見ている。
ふと思った。これは奴の策略じゃないか?
いやでも本当に怒っていたのかもしれない。
颯花は疑心暗鬼に陥った。相手の心が読めない。
いつもなら勘でどうにかなっていた。
でも何故か今は勘が働かない。今なら、
ちょっと人見知りの人の気持ちがわかる気がする。
結局、身体が完成するまでその結論は出なかった。
その2時間後、2人はほぼ同時に起き上がった。
何かスイッチでも繋がっているんじゃないか。
そう思うほど、動作時間仕草が一緒だった。
「あれ?もう起きてたの?」
「…あ……ああ…まあな…」
「…どうかしたの?」
「気にしないで欲しいです…ハハハ…諏訪子…さん」
「さん付けだなんて…頭打った?」
「いやいやいや本当気にしないでください、本当に」
駄目だ、しばらくは人を信用出来ないだろう。
敬語を使わなければ相手が怒り、例の顔をまた…
いや絶対見ない。見たくもない。
にとりの顔が見えず、更に不安になっていく。
今もまだあの顔なのだろうか。もうやめてくれよ…。
そのオドオドした態度に不思議に感じるも、
どうせどうでもいいことだろうなと、
そんな風に諏訪子は思っていた。
彼女も腹が空いたのだろう。冷蔵庫へ向かっていく。
それを止めようと思うが、止めたら怒られる。
止めなくても、にとりに怒られる。あの顔で。
諏訪子の手が冷蔵庫に触れた。
にとりがこちらに振り向こうとしている。
あっもう駄目だ、終わった。
完全に魂が抜けたように、颯花は恐怖で気絶した。
「あれっ」
「んー?どうしたの?」
にとりが不思議そうな顔で颯花に振り向いた。
どうやら先ほどのにとりの顔は策略だったらしい。
やり過ぎたかな、そんな顔で颯花を見ている。
それが気になり、諏訪子が聞き出した。
「颯花が埴輪みたいな顔して気絶してる」
「…」
「…」
諏訪子が颯花の顔を見た。何とも言えない顔だった。
2人は時が止まったように動かなくなった。
どうすればいいのか、どう反応すればいいのか。
動けない2人をフォローするかのように、
諏訪子の隣から神奈子があるものを持ってきた。
「写真、撮る?」
「えっ…じゃ、じゃあお願いします」
「はいよ」
その写真は、一生颯花の黒歴史になるだろう。
というよりも、ならない方がおかしい。
「やった……出来たッ!」
「なっ…3日で…」
にとりは完成したらしく喜び、はしゃいでいる。
10日と言っていたのは何だったのだろうか。
そして、ゲスい表情で颯花を見つめている。
ひっ、怯えた声を出す。とても情けない声だった。
そして颯花を両手で掴み、胴体の首へ叩きつける。
痛い、と言おうとしても言えない。まだ怖いからだ。
そして頭にヘルメットのようなものを着け、
これで完成、そうにとりが言った。
そこへ神奈子と諏訪子が歩み寄ってきた。
神奈子がにとりに手をかけて話しかける。
「へぇ、なかなか良い出来じゃないかい」
「あれ、機械に興味があったの?」
「まぁね…これでやっとコレに仕事をさせられると」
「コレって…」
「何か言ったかい?」
「何でもありません」
試運転に歩いたり、物を持ったりしても、
颯花のもともとの身体と大差がないくらい、
完成度が凄まじく、にとり自身も自慢げだった。
「んじゃ、後はヘルメットから通信できるから、
何かあったら言ってね、映像も見えるから」
そう言いつつ、机にノートのような薄いパソコンに、
颯花が見える視界をそのまま映し出している。
にとりの科学力も相当上がっているんだなと、
颯花はしみじみと思った。
「じゃあ…行ってきます」
「手ぶらはナシだよ」
「大丈夫…たぶん」
「たぶん?」
「大丈夫です!問題ないです!行ってきますわ!」
颯花は飛び出す。いつまでもそこに居れば、
精神がもたない。また気絶していたかもしれない。
まあそんな事を考えつつ、暗い小道を進んで、
天井のあの入ってきた扉に手を触れた。