四角い空の中で:1
「このまま逃げるだけだと…無理だ…
「颯花……何か宛はないのか…安全な場所を…!」
「…。ここから西に行くと大きな神社がある…。
あの建物なら壊れる心配はないだろう…」
「ああ……分かった…!」
曲がり角で追っ手を振り払いつつ、
颯花の言った西にある神社へと走っていく。
そこにも既に傀儡は居るかもしれないが、
ここの周囲の廃墟に隠ればやがて崩れる可能性や、
歩くだけで瓦礫を踏み物音がしてしまう為に、
そこで長時間過ごすのには無理があるだろう。
にとりの鞄の中には食糧等は入っておらず、
その点についても問題が発生していた。
「にとり、前ッ!」
「っ…こっちにも……!」
「確かお前の機械の中に飛行出来る物があったな…
あれでどうにかならないのかッ!」
「一応あるが…飛べるのは50mまでだ…
どうにも目的地まで着けるような代物じゃない…」
「いや…それであのビルの屋上に行けるか…?」
颯花はそう言ったが指をさす指や身体がない為、
にとりは彼女の向いていた方向を見て探した。
すると丁度いい高さの建造物を見つけた。
しかしその建物は既にボロボロな状態であり、
ヒビが入った柱を押しただけで今にも崩れそうだ。
「あそこを登れと?」
「…可能性はある」
「無茶な」
「信じろ」
にとりは一瞬だけ立ち止まった。
あんな場所に登って意味があるのかという躊躇い、
それによって彼女は足を止めた。
しかし前と後ろの傀儡はすぐそこまで迫っている。
彼女は頭を左右に振り、そして自分の頬を叩く。
迷ってたらそのまま死んでしまうのは明らかだと、
そう自分を言い聞かせ、大きく1回深呼吸した。
彼女は心が落ち着いた後、颯花の指示に従った。
「…分かったよッ!戦機『 飛べ!三平ファイト』ッ!
しっかり捕まってくれよ……!」
「えっ……ちょっと!?」
にとりの鞄は全体的に機械風に姿が変化し、
機械の後方から赤い火を噴きつつ飛び上がった。
その機械の操作に両手を使わなければならず、
颯花を抱えて飛行する事が出来なかった。
彼女は必死ににとりのスカートに噛み付き、
自身が落ちないように全力を尽くした。
「あっ!お前この服私が気に入ってるヤツだぞ!
気安く噛み付いてるんじゃないっ!」
「っ…!」
必死に噛み付いている為に話せば落ちてしまう。
こんな状況でそんな心配をしている場合か、
そう言い返したいものの必死になり過ぎていて、
屋上に着く頃にはその事すら忘れていた。
にとりは両足を広げ、その屋上にそっと降りた。
しかし彼女が脚をついただけで揺れ始め、
見た目通りに今にも崩れそうだった。
「でっ…ここからどうするのさ…」
「どうせ…お前義手持ってるだろ?
私の身体を元にした例のヤツ!」
「げげっ…」
「あれにもアンカーが装備されているはずだ!
それでこのビルの一帯を飛んで移動するんだよ!」
「んな馬鹿な!ゲームじゃないんだぞ!」
「今飛ばないと崩れて死ぬぞ?急げ急げッ!」
「まさか本当はここ来なくても良かったな!
無理矢理これで飛んで移動する為の…!」
「地上から投げて移動しろって言っても、
お前じゃやらなそうだと分かって言ったんだ!」
そう言い合っているだけでも揺れている。
今強風が吹けばビルが崩れて落ちて死んでしまう。
使った事もないこの頼りない紐に命を懸けて、
他のビルも崩れる危険性があるはずなのに、
それに引っ掛けて移動するのをにとりは躊躇う。
それは誰にとっても同じ反応をするだろう。
しかし、既に時間は迫って来ている。
半ばヤケクソで、彼女はそのビルから身を投げた。
「こっ…こんのぉ……ゲス野郎ーッ!!」
「馬っ鹿!飛ぶ前に掛け声を言えーッ!!」
踏みつけた屋上は飛んだと同時に崩れ、
やがて土煙を舞い上げながら姿を消していった。
両手に持った義手を持ち上げアンカーを撃ち放ち、
初めてとは言えないほど綺麗に操作して動き、
ビルに引っ掛けては移動し、それを繰り返す。
その引っ掛けた後のビルは全て崩れ落ち、
二人が見えている全ての地上が隠されるほど、
その崩れたビルの風圧で土煙が舞った。
「見えたッ!颯花あれか!?」
「…」
最後はそれらのビルよりも低い信号機に引っ掛け、
高度から落ちたまま地面に直撃するのを回避した。
土煙が舞っているせいで周囲の状況が分からず、
付近に傀儡が居るのかさえも分からなかった。
両手に持った義手を鞄にしまって休もうとした。
しかし、そんな場合じゃないと颯花は急がせる。
「待ってくれ…これ結構体力使う……!」
「後ろを見れば分かると思うが?」
「なっ…!」
土煙が舞っている地上ではない、もっと上空。
そこだけが視界に入ったもの、それはビルだった。
そのビルは徐々に背丈を縮めているのが見えた後、
足元に瓦礫が飛んできた事でやっと状況を理解した。
にとりは頭を両手で守りながら必死に走った。
それで再び颯花は彼女に捨てられそうになり、
またスカートに噛み付き、しがみついた。
それににとりは怒った表情を彼女に見せるも、
とにかく今は目の前の神社へと駆け寄った。
「目の前に人だかり…生き残りか!?」
「むむ…むむむむ!」
「えっ…なんて?ちゃんと喋れよッ!」
「…」
その人だかりは言うまでもなく傀儡の群れだった。
土煙で視界が悪く良く見えず、生存者だと誤解し、
にとりはそのすぐ近くまで近寄ってしまった。
それらはカメラや機材を持ち、動きが遅かった。
その為にすぐに逃げることが出来たものの、
後ろは瓦礫が落ちてきて危なく、逃げようがない。
「お前がここ来いって言ったろ?何とかしろ」
「…」
スカートに噛み付いている為にまだ喋れず、
お前は私の今の状態で何かやれると思うのか?
そう言おうとしているものの話せない。
八方塞がりのその時、何故か人の声がした。
それに二人は聞こえたかと聞くように見つめ、
互いが聞こえたと言うように頷いた。
「こっちだ!来るんだ!」
「生存者…一体何故…?」
「いいから早くっ!」
その声のするすぐ近くの茂みの中に飛び込んだ。
するとそこには地面が無く、真下に落ちた。
尻餅をついたそこには土はなく、鉄板があった。
その場所は裏道のような薄暗い地下の中に、
2人が入ったものと思われる頭上にある扉、
そこから少しだけ差し込む弱々しい光しかなかった。
やがてその扉は誰かによって勢いよく締められ、
辺りは真っ暗になった。扉が外から叩かれる。
「あんたは…?」
「静かに」
「こっちだ、声だけを頼りにしろ」
「お…おう……」