友達の為に/罪を背負った死神
相変わらず身体が動かない早苗の目の前で、
その傀儡は食事をするように大きく口を開けた。
逃げられず、拒むことも出来ず喰われる。
恐怖だけが彼女の頭の中を埋め尽くし、
死にたくない、けれど1人では何も出来なかった。
そして傀儡は早苗を喰らうように、
更に口を大きく開け、一気に噛みかかった。
「いやあああああああああああっ!!!!!」
早苗はそれでやっと声が出せた。
しかし、今出せてももう手遅れだろう。
彼女が目をつぶり下を向き、それを待った。
だが、目の前の傀儡はいつまでも噛みつかない。
けれど早苗は自分の頭から血が流れている。
恐る恐る、彼女は頭を上げて目の前を見た。
「りっ……りえっ……りえっ!!」
「早…苗……うっ…」
早苗の頭から血が流れていたのは、
目の前の桐柄が噛まれた血が付着したもので、
彼女の噛まれている右肩から大量に出血している。
桐柄は手に持った瓦礫を傀儡の頭に叩きつけ、
傀儡を一時的だが、動きを止めることが出来た。
その傀儡が倒れて痙攣したのを確認した後、
桐柄が座り込み、噛まれた肩を押さえた。
頭の中に駆け巡る後悔を感じ、早苗は近寄る。
「りえ…ごめんなさい…許して……」
「来ないで……来ないでッ!」
「っ…。ごめん…」
早苗は桐柄に大声で怒鳴られた。
自分が怯えたせいで彼女がこうなってしまい、
そして彼女も死にたくないのは当然のこと、
そうなった原因の私を許すはずもないだろう。
私は代われるのなら代わっていただろう。
けれどそれは幻影であり出来るはずもなく、
私は死ぬまで彼女に許されるはずもないだろう。
「ごめん…ごめん、私のせいで…」
「違うの…早苗。どうせもう助からないわ…。
だから私を置いて…逃げるの…ほら早く…」
彼女は私を怒ってなどいなかった。
確かに死にたくないと思っているはずなのに、
涙すら流さずこちらを見て優しく微笑んでいる。
心配させまいと彼女は耐えているんだろう。
私のこの罪は一生背負わなければならない。
「なっ…そんな事できるわけないじゃない…!
噛まれただけなら間に合うかも…!
もしかしたら平気かもしれないし……!」
「…じきに分かるよ…出来るのなら見ないで…。
あなたを…早苗を悲しませたくないから…」
彼女はそう言った。そして少し表情が暗くなった。
それを知って欲しくないのだろうか、
見ないでと言う様に頭を下げ首を左右に振っている。
そしてその太ももに水が滴り落ちている。
雨など当然降るような天候じゃない。
早苗はどうすることも出来ず彼女を見つめていた。
しばらくすると、全身から根っこのようなものが、
徐々に生え成長し、傀儡と同様の姿になった。
彼女は全身を震えさせたまま優しく告げる。
「ほら…今の内に……逃げるの…」
「でも…でも……!」
「…もうあの頃には戻れない…。
けど…罪を背負う思いはしなくていい…。
あなたは悪くない…私の運がなかっただけよ」
「…」
徐々に彼女が人で無くなっている事が伝わってくる。
普段歯ぎしりなどしない彼女が歯ぎしりをして、
全身が痒いのか腫れるほどに掻き毟っている。
それでも彼女はぎこちないものの、
心配させまいと気力を振り絞り笑顔を見せる。
「も……無理…ギギ…あなたを喰いたくない…。
せめて私に殺されないように…ギ…逃げて…」
「そんな…りえを見捨てるなんて…私には…」
「…こんな私を…拾ってくれたのは…ギ……。
とても感謝してる…だからこれは恩返し…」
「恩なんか返さなくていいっ!
最後まで…一緒に…あなたと居たいのっ!」
早苗は1歩桐柄に近寄った。
しかし、その瞬間桐柄は瓦礫を足元に投げ、
それ以上進ませまいと早苗を睨みつける。
その顔はとても悲しい表情をしていた。
「馬鹿ッ!アホッ!卑怯者ッ!
あんたなんか…ギギ…殺される価値ないわ…!
このまま卑怯者らしく…ギ…生き延びなさいッ!」
彼女は初めて早苗に暴言を言い放った。
彼女のその必死さが尋常ではなかった。
もう手遅れな状態を早苗が何か出来るはずがない。
今は桐柄の為にその場を離れるしかない。
しかしそれでも諦められず、決断を戸惑っている。
優しさと罪深さが諦めきれない。
「じゃあ…ギ…君が私を…殺してよ…!」
「なっ…そんな事もっと出来るはずが…!」
「私と一緒に居たいなら…覚悟がないと無理よ。
…ギギ…でも早苗は覚悟なんか持たなくていい…。
あなたが人を殺すような……ギギ…そんな…
そんな心のない人に…なって欲しくないの…」
「…りえ…。」
私には彼女を殺せる覚悟はない。
でも、それでも彼女の為に出来ることはひとつ。
彼女の為にその場を離れてあげる、ただそれだけ。
とても悲しいけれど、彼女の方が悲しいだろう。
私は彼女に悲しい顔を見せない為に背を向け、
泣いてないと言わんばかりに空を見上げる。
「最後くらい願いを聞いて欲しいの…。
願いはね、…次は…天国で会おう…ね……ギ…」
「……うん、…今までありがとう…」
早苗は空を飛び上がった。雲などない青空へ。
それが見えなくなるまで桐柄は見つめていた。
もう桐柄に悔いはない。彼女は瓦礫の上で横になる。
だんだん意識が遠のく。やがて目をつぶった。
「……悲鳴………誰の声だ…ん…」
ミサイルの落ちた付近のビルの屋上、
正確には吹き飛ばなかった階の中での最上階、
そこで仰向けで颯花は気絶していた。
誰かの悲鳴で目を覚まし、ゆっくり身体を起こす。
全身を打ったように鈍い痛みが響いているが、
それよりも状況を整理しなければならないと、
彼女はその痛みを耐えつつ立ち上がった。
「…(脚が戻っている…どういうつもりだ…奴は)」
八雲 紫に切断された脚が元通りになっている。
殺すよりも苦しむ方が好きだと言っていたのを、
颯花は思い出し、それを適当ながら結論にした。
次は光を浴びても傀儡化していない。
これは気絶する寸前に見た記憶で曖昧だが、
僅かな瞬間に結界で私を紫が囲んでいた。
どうやら直接浴びなければ問題ないらしい。
「…」
颯花は見渡す。周囲は瓦礫の街と化している。
私が無意味な事を考えなければこうならなかった。
私は人ではない。それ故に何かを生み出す力はない。
『世界を直すのは人間でなければ出来ない。
私みたいな化け物や鬼には直せない。
それが、自分のせいだとしてもね』
壊す為に生まれたものは壊すことしか出来ない。
かなり前に言った自分の言葉がそのまま当てはまる。
責任はいつか必ず負うつもりだ。例え偽善でも。
もう私は霊夢達の場所へは帰れない。
こんな私を霊夢は、魔理沙は、そして咲夜は、
いつまでも許すはずはない。私は後には戻れない。
霊夢達は私を信じた。だが私は彼女達を裏切った。
裏切ったのは私だ、文字通り自業自得だ。
でも、それでも何か成せるなら、人を救えるのなら、
例え許されなくても、これ以上後悔はしたくない。
今は偽善でも、その悲鳴を上げた場所へ向かう。
「…死神……か。相変わらず…私ってクズだな…」