手書きのノート/廃墟の街:1
いつもの風景の市街地の上空を見下ろすように、
下にいる人間に見つからない高度で飛んでいる。
高度故に寒く、桐柄の体温が下がらないようにと、
にとりから桐柄を預かり前方に結界を張った。
そして再び目的地へ急いだ。
「霊夢…あれか?」
「…ええ」
霊夢はもともと教えられていた隠れ家の目印、
双子の赤青ビルの中間、その上空に着いた。
そこから見下ろして四角く白い建物があれば、
そこに最も近い隠れ家があるはずである。
そして後々遅れて着いた早苗を無視するように、
そのままそこへ霊夢達は向かって行く。
「ちょ……ちょっと待って…ぇ……」
無理に霊夢達に速度を合わせて急いだ為に、
相当の疲労と息切れで動けなくなった早苗は、
しばらく上空で降りれるようになるまで休息した。
霊夢達は四角い建物の入口へ着いた。
しかし、そこはどう見てもレストランだった。
妖精等が平然と存在する幻想郷のような雰囲気は、
そのレストランからは全く感じられなかった。
どう見てもおかしいとすぐに思った霊夢は、
そのレストランをとりあえず1周してみる事にした。
そして案の定、その隣の細道の影にひっそりと、
地下へ続く長い階段が見つかった。
そこへ躊躇うことなく霊夢達は降りていく。
「…ここね」
霊夢はドアを2回大きくノックした。
しかし、しばらく待っても返事も何もなく、
先ほどからの静けさがいつまでも続いている。
「おい!誰かいないか!医療関係の出来るヤツは?
人が死にそうなんだ!急いでくれ!」
扉の前でにとりは大声で叫び、助けを求めた。
しかし、しばらく響いた声が扉から帰ってくるが、
扉の向こう側の物音は一切聞こえなかった。
霊夢はやむを得なくその扉の取手に手をかけ、
万が一の為にゆっくりと扉を開けた。
「何よこれ…台風でも過ぎ去ったの…?」
「…どうするんだ…近くの病院に連れて行っても、
流石にそこまで面倒見てくれないぞ…!」
まるでその内部は台風が過ぎ去ったように荒れ、
廊下は皿の破片などが埋め尽くすほど散乱していて、
ひとつひとつの個室はほとんど叩き壊されていた。
とりあえず誰かいないか奥へ進んでいった。
「おいおい…時間の無駄かもしれないだろ…」
「大丈夫…信じて」
破片を踏み潰し、前へ前へ進んでいく。
確かに相当に荒れているがまだ生活感が残り、
ホコリもそこまで溜まっていなかった。
正面を真っ直ぐ進む目の前に、ひとつ扉がある。
とりあえずそこだけ扉がが残っていたので、
崩れるか心配になりつつもゆっくり開けた。
「…さっきまで人が居たのね。
自販機で売ってるコーヒーがまだぬるいわ」
「…でも、人の気配はないな…どうする」
「…。にとり、これを見て」
霊夢が奥の方向を見て、とある物を指さした。
するとそこには医療機器が何故か揃えてあり、
簡易的な手術も可能なほど充実していた。
更には台の上に手書きのノートまで置いてあった。
そのノートには手術の方法や処置が書かれていて、
その他にも何か日記のようなものもあった。
「(……これは…)」
その台に桐柄を降ろし、ノートを開いた霊夢は、
そのノートに一瞬苦い顔をするも、
すぐににとりに見せ、自分達で成そうとしていた。
霊夢のその行動ににとりは少し冷や汗をかいた。
「…まさか…だよな?」
「頼る場所を探すならどう見ても時間がない、
だから私達がやるのよ、それ以外無理だわ。
あんたもちゃんと手伝いなさいよ」
「これ通りにやればいいのか…やるしかないか」
一旦周囲の足元の破片を掃除して清潔にし、
ただ傷を塞いだり止血をすればいいのだが、
彼女達はそれを当然やったことも無かった。
しかしやり方なら書いてある為ミスは無さそうだが、
万が一目にホコリが入ってミスをするのを防ぐ為に、
彼女達はその部屋を掃除したのだった。
「……吐きそうだけど、やるわよ」
「…せっかく掃除したんだ、吐くなよ」
「分かってる。」
早苗はやっと体調が元に戻り、気が楽になった。
かなりの時間の間動かずその場で浮いていたが、
下にいる人間に見つかり騒がれる事はなかった。
しかし、どう見ても地上は妙に騒がしかった。
軍隊が民間人を誘導していて、残念に思いつつも、
その状況はとにかく緊迫感が凄まじかった。
その逃げている反対側を早苗は必然と振り返った。
「なっ……えっ……嘘っ!?」
早苗の僅か前方の、自身よりも少し上空を、
巨大な筒状の白い物体が高速で落下していた。
それで太陽を隠されていたにもかかわらず、
早苗は少しもその存在に気付く事は無かった。
すぐさま霊夢達に知らせようと急いで向かった。
扉を開け、目の前の廃墟に違和感を感じるも、
様々な破片を踏み越え、真っ直ぐ進もうとした。
しかし、扉を閉めたちょうどその時だった。
「地震…じゃない!?…もう落ちたの!?」
凄まじい揺れを感じ、すぐさま原因を理解した。
すぐに霊夢達と合流しようとしたが、
彼女は急に閃き、閉めた扉が開かないように、
強く内側から両手を使って押さえつけた。
すると、当然のように彼女の読みは当たり、
反対側から凄まじい突風が扉に押し寄せた。
見た目によらずとても頑丈な扉は壊れる事なく、
いつまでもずっと耐えた。
「これなら…大丈夫…そう……!」
扉と地面の隙間から凄まじい風が吹いている。
それに足を取られそうになるも、
早苗は強くその場に踏ん張って凌いだ。
彼女の居るその廊下に突風が入っている事に、
再び彼女の勘は働き、凄まじい冷や汗をかいた。
そして、それも当然のように当たってしまった。
「まずっ……!」
彼女がすぐに振り向いたその廊下には、
吹き抜ける強風で散乱していた様々な鋭い破片が、
舞い上がって風に流され、辺りに飛び散り、
コンクリートで出来た壁に突き刺さっていた。
そして彼女は咄嗟に前へ振り向き目をつぶった。
やがて何かが刺さった痛みが彼女を襲った。
「なんだこの揺れ……!?」
「にとり!機材を押さえて!」
手術を不器用そうに進めている2人を、
邪魔するかのように大きな地震が襲った。
すぐに2人は被害が及ばないように機材を押さえた。
しばらく立てないほどの揺れは続き、
ここが崩れてこないか心配になったが、
時間が経つと揺れは収まり、2人は立ち上がる。
意外にも早く進んだ手術の残りを颯爽と済まし、
残りの作業を3分程度で済ませ、一気に外に出る。
扉を開けようとして霊夢が見た扉は、
その扉の反対側から鋭い破片が突き破っていた。
それを開けることすらままならず、蹴り破った。
周囲にホコリが舞い上がって2人は咳き込むも、
その場から急いで外に出ようとした。
「さっ……早苗っ!!」
外へ出られるひとつ扉の目の前に、
倒れ込んでいた早苗の元に2人は駆け寄った。
彼女は霊夢達が言った呼び掛けに反応し、
よほど怖かったのか弱々しく返事をした。
「肩に……破片が刺さっちゃって……」
「他は!他は大丈夫なの!?立てる!? 」
「私だって結界は張れますよ…なんとか」
肩から生えるように長く伸びる破片を、
邪魔にならない程度で霊夢は一旦叩き折った。
破片を抜き、とりあえず程度の止血を済ませ、
余った包帯を少し雑に巻いて急いで外に出た。
全員がそこから走って飛び出した直後、
そこを潰すように上のレストランが崩れていった。
「間一髪ね…」
「…霊夢、周りを見てみろ。まるで廃墟の街だ」
「…こんな…こんな事って……。
諏訪子様達は大丈夫でしょうか…」
辺り一面を高層ビルの廃墟がそびえ立つも、
道路は小さな建造物の残骸が覆うように転がり、
頑丈な建物以外は全て吹き飛んでいた。
気がつけばそこはよく通っていた大通りだった。
しかしその賑やかな雰囲気は完全に途絶え、
人類が絶滅したような脚が竦むほどの光景となり、
行った覚えのある建物や好きだった店が消え失せ、
早苗は先ほど人々の死を願ったのを後悔した。