護る彼女は誰の為に
「私の護るは…戦うことと同じだから…
少し待ってて…すぐ戻ってくるから…)」
倒れ込む霊夢達の側にチルノは歩み寄り、
彼女を託すように優しく橙を降ろす。
霊夢達はそれを拒否することは無かったが、
まさか1人だけで戦うのかと問い質すが、
それに一度頷き、彼女達に背を見せた。
「チルノ…本当に大丈夫なの…?」
「…あたいは勝つよ。今は休んでて」
「…」
そして、周囲に隙間を展開したままの紫の元へ、
彼女は真っ直ぐ、1歩ずつ歩み寄っていく。
まるで無数の目が睨みつけるような光景でも、
チルノは後ずさりも怯む事もなかった。
「…勝つ?あなた程度な存在が…?
この私に?その自信はどこから湧いてくるの?」
「勝つったら勝つのよ…少なくとも…
あんたみたいな外道には負ける気がしない…!」
「…ふふふ…生意気…そして無謀…
死んでから後悔しても…遅いというのに…」
その隙間から後方にいる霊夢達にも何も思わず、
慈悲なく一斉に標識棒の雨を降り注いだ。
それに押されることもなく氷の剣で弾きつつ、
歩み寄っていくリズムは狂う事なく突き進む。
後ろにいる霊夢は標識棒から仲間を守る為に、
力が出ない身体に無理をさせつつ、
手を前に掲げ生成した結界で防御している。
「へぇ…そこそこなら戦えるじゃない…」
「…あたいには…戦う理由が増えた…
そして…理由が生まれる度に強くなる……!」
「なら…この私を越えてみなさい…妖精ッ!」
チルノの上空に複数の通常よりも大きな隙間が、
展開された直後に廃車のような古びた自動車が、
彼女の姿を潰すとまでに何台も降り注ぐ。
しかし、チルノはそれを確認もせず、
一回だけ、脚を強く大地に踏み込んだ。
そして、チルノの周囲の地面から大きな氷柱が、
自動車を押し返すように刺さり込んでいく。
相変わらずそのゆっくりな足音は止まらない。
「…とことん生意気ね…実力だけは褒めてあげる」
「…あんたに褒められても…嬉しくもない…」
チルノが紫へ歩み寄っていくにつれて、
だんだん放たれる標識棒の数が減っている事を、
ようやく紫は気付き、原因を確かめに振り向いた。
すると、そこの隙間はほとんど凍っていた。
包まれた氷を無理矢理割って標識棒が飛び出すも、
隙間の中で少しずつ詰まっている。
それを確認した後、隙間を閉じようとするも、
凍ったせいで思うように動かせず、
攻撃もろくにできない状況へ変化していった。
「…もう終わり?…それで長寿命の妖怪なの?」
「ッ…!?」
紫はその声の近さに驚き前を振り向くも、
直後に慈悲もなくチルノは剣を振り払った。
振り払った剣は寸前で避けた紫の髪を切り落とした。
その落ちた髪を見つつ、彼女は冷や汗をかいた。
「…まさか、これだけ好きにやってて…
今更…死ぬのが怖いって…嘘だよね?」
「ちょっ…調子に乗らないで……!
私の隙間の数は…これだけじゃない……!」
「ふうん…まだ戦えるの?その脚で?」
自分よりも格下な相手にこれ程までコケにされ、
更には追い詰められている状況に、
めまいすら容易いほど頭の中が混乱していた。
脚は初めて体験したことに小刻みに震え、
彼女が相手から退く事すら許さない。
そしてその脚を少しチルノが蹴っただけで、
紫は尻をついて倒れてしまった。
彼女の喉元に氷の剣が指し向けられる。
「…あたいは…あんたみたいな外道じゃない。
…もう二度とこんな事をしないと言えば…
……片腕だけで許してあげても…いいよ」
「なっ…勝った気…私相手に……あなたが!」
「あなたは負けたの。それは事実」
それを言っているチルノに紫はいつもよりも、
馬鹿にされたような思いを感じ、
歯ぎしりを相手に聞こえるように鳴らす。
「…言わないなら…このまま…みんなの為に…!」
「…」
チルノは剣を高く掲げ上げて勢い良く振り下ろす。
紫へと迷いなく一筋に振り下ろされる寸前に、
背後から誰かが肩に手を乗せて何かを呟いた。
その声に妙に懐かしさを感じ振り向いてしまった。
そして心の中に蘇った思い出のある顔が、
その振り向いた目の前に存在していた。
「…なっ……なんで……!」
「……ふ…ふふふ……」
「だっ……大ちゃん……ッ!?」
そこには確かに大妖精が立っていた。
しかし、彼女は確かに既に死亡している。
とうぜん有り得ない状況なので躊躇いなく、
それを断ち切るのは容易なはずだった。
しかしそんな事を出来ないほど彼女は優し過ぎた。
生きているような目をしていなくとも、
チルノは蘇ったと錯覚してしまった。
「チ……ルノ……ちゃん……?」
「なんで……こんなの有り得ないのに……!
私は目の前の幻影を断ち切る事が…出来ない…!」
しかし、振り向いてしまったその大きな隙を、
紫は見逃すほど甘い人物では無かった。
その無防備で氷の翼が生える小さな背中へ、
一直線に隙間から標識棒が放たれる。
それに大妖精は気付くも、当然体が動かない。
「チルノちゃん後ろ!!避けてッ!!」
「なッ……しまった……!! 」
しかし、その標識棒は命中せずに弾かれた。
チルノの前に立ちそれを弾き防いだ彼女は、
先ほど蜂の巣となっていた颯花だった。
「…相変わらず…外道だね…あなたは」
「チッ…邪魔が入ったか…!」
最初チルノが見た時は血だらけ以外、
なにも変わった場所がなかったものの、
突然彼女は口から血を滝のように吐き出した。
再び彼女を紅く染め上げていくそれを見て、
思わずチルノは吐き気に襲われるが、
すぐに気を取り戻し心配の声をかける。
「ヴォエ……ゲホッ……チッ…つらいわ…」
「…そんな血の量吐いて…!無理は駄目…!」
「心配ないよ…もう無理はできそうにないから…」
「人間に戻ってあれほど撃ち抜かれて…なるほど。
…あなたが吸血鬼だったころの能力を、
あなた自身が自らを模倣したって事ね…。
そのおかげで全身の傷口は塞がっていって……
無くした身体も再生しつつあるという事ね…。
けれど相変わらず、再生は遅いわね…」
颯花の義足の必要だった脚の断面部分から、
少しずつ脚が再生しつつあるのが確認出来た。
喋る度にまだまだ血が吹き出てくる為、
貧血症状等のせいで颯花は倒れ込んでしまった。
しかし、一度は倒れてしまったものの、
右手に持つ曲がった刺剣をギュッと握り締め、
再び生まれた小ヤギのように立ち上がる。
「そうよ…内部はまだまだ穴だらけ…それと、
…チルノに押されていたのも演技でしょ…
こんな事をする為の…あなたの1人芝居劇」
「その勘の良さは褒めてあげる。
それと、そこの妖精の実力と優しさも」
「…この子はまだ怒りと優しさしか…
持ち合わせていないから…その人形を殺すのは…
ほぼ……無理に近い…だから無理をしてまで来た」
その弱々しい彼女に慈悲もなく隙間が睨みつけ、
紫の周囲に堂々と陣取っている。
相変わらず複数が凍っているものの、
全く問題ないと断言出来るほどの余裕な態度だ。
「ふーん…その偽善で…次はどうするの…?」
「私は…その偽善で…そしてこの子に…
本当の…理不尽さを教えなきゃならない…!」
「なっ……大ちゃんに何をっ!?」
「(これが…今の世界の答えだよ。…ごめん)」
即座に振り向きチルノの肩の大妖精の手を、
上から押さえつけて離させないようにさせ、
チルノを踏み台にしつつ高く飛び上がった。
そして、大妖精の真上から刺剣で串刺しにした。
その後僅かに大妖精に苦痛の表情をするも、
即座に理解した大妖精はそれを受け入れ、
最後にはいつもの笑顔を見せて消えていった。
しかし、その笑顔をチルノは見ることは無かった。
「なっ…大ちゃん…大ちゃああああああッ!!!」
再び会えた友人を再び失った事によって取り乱し、
彼女の中に絶望と復讐心だけが渦を巻いた。
その対象は、当たり前のように颯花へ向いた。