護る想い
「ふふふ……!」
「何不気味に笑ってんだ紫って野郎!
奴の攻撃に弱点なんか無いってのかっ!」
「そこにいる目の飾りを付けた子が、
0からしっかり教えてくれるわ…ふふ…!」
「…さとり!一体なんだ!」
「距離が遠過ぎて分かりませんよっ!」
彼女の相手の心を読み取る力は、
仲間全員にとってとても心強いものだったが、
読み取るには、応に距離を縮めなければならない。
近づけば細かく心を読み取れるものの、
距離が遠ければやがて読み取る事は不可能となる。
その弱点を仲間に誰1人教えていなかった。
「お前っ大事な時になんつー弱点隠してた!」
「敵を欺くには味方からってことですよ!」
「全然欺けていないじゃないか!クソッ!」
紫は依然として隙間を無数に展開している。
霊夢達はただひたすら雨のように流れる標識棒を、
防ぐことで精一杯であり、徐々に押されている。
そして、全員がある程度近寄った時、
紫は妙に霊夢達に優しく話しかける。
「ねぇ…霊夢。さっきの閉じ込めてた子…
颯花って名前よね…でしょう?」
「知ってるのに…相手に聞くのね……!」
しかし、霊夢は必死な状況であった為に、
言った言葉は紫に冷たく接したような言葉であった。
しかし、そんな事は紫は気にせず、
その質問をした理由を言い放った。
「その颯花って子と同じ目に遭わせてあげる…!」
「なっ……何をする気だ…まずいッ!」
直後に、見覚えのある結界が出現し、
多少広がっているが彼女達全員を包み込んだ。
そして、それらはあの時と同じように、
その中にいる全員の気力を奪っていった。
気力が無くなった彼女達は次々に倒れ込んだ。
霊夢は先ほどの颯花を見ていたが、
ほかの全員と同じくはぼ初見だった。
「くっ…これは颯花を閉じ込めてた奴ね……」
「駄目だ…力が入らない…やばいぜ… 」
「まだ…八雲 紫にこんな手が……」
「…私の人形すら…動かせないなんて……」
そして同じように余分なスペースを減らし、
どんどん四角い結界は狭くなっていった。
その哀れな彼女達に再び紫は嘲笑った。
「ふふふふ…これで…これで詰みね…!」
「くっ…くそ…殴っても壊せないぜ…」
「当たり前でしょ?私ですら無理、
ましてや…魔法使いの落ちこぼれなんかに」
「…この…馬鹿にしやがって…」
いくら足掻こうとしても、力も入ることなく、
全ての行動が無駄足となっている。
地にひれ伏す状況でも、それでも足掻くが、
普通の人間であれば発狂してしまうほど、
彼女達の状況は絶望的だった。
「誰か…誰か外に…外に誰か居ないの……?」
霊夢はそう言いつつ外を見回すが、
そこには誰も頼れる人物は居なかった。
颯花はピクリとも動かず重傷を負っていて、
とても動けそうな状態ではなかった。
文は相変わらず遠くで写真を撮っているのだろう、
辺りには姿すらないものの、気配はあった。
この絶望的な状況のせいで殺意すら湧いている。
にとりはとにかく病院には行けない為に、
近くの隠れ家へと急いで桐柄を運んでいる。
今の霊夢達の状況を変えられるほど、
彼女にも余裕などなかった。
「ふふ…時間は掛けさせないわ…今すぐ殺す…」
「魔力すら抜けてミニ八卦炉すら使えない……
何か…状況を覆せるほどの手は無いのか……」
一度は標識棒の発射を止めた隙間であったが、
先端が顔を覗かせ今にも放たれかけている。
ひとつだけ隙間から出しているのを見て、
霊夢から順番に殺そうとしていた。
そして紫は不敵そうで不気味な笑顔を見せた。
「どうやら……私の意志が勝ったのね…!
人間らしく……絶望して死んでいきなさい…!」
「っ……駄目……避けられない……」
しかし、放たれた標識棒は明後日の方向へ飛んだ。
思わず紫を含め全員が不思議そうな顔をした。
そして直後に紫は腹部に激しい痛みを感じ、
そして霊夢達はその原因を視認した。
「ッ……!?」
「…ぁ…藍様の……仇………」
いつの間にか紫の真後ろにいた人物が、
背後から彼女を刃物で一刺しした。
紫から溢れ出る紅を見つつ、そして浴びていて、
その状況に満足そうな笑みをする彼女は、
先ほどまで隠れ家に居たはずの橙だった。
しかし、それだけでは彼女は終わらせず、
一度強く引き抜き、そして再び深く突き刺した。
2度目の痛みで我を取り戻し、橙を突き放す。
そして紫が感じた痛みで形成した結界が崩れ、
徐々に霊夢達に気力が戻っていく。
「……橙……なんで…ここに……!」
「私ですよ、霊夢さん」
声を聞き振り向いたそこには平然と立ちつつ、
その光景をただカメラに映している文だった。
何食わぬ顔で、とにかく平然としている。
霊夢はそれを見て、狂気すら感じていた。
「……文…あんた…あんな子に…なんて事を…!」
「これでまた記事のネタが増えました。
私にも霊夢さん達も、お互いに得しましたね」
「…それ……本当に思ってるの?…ねぇ!!」
「私には、これが正しいと思いますよ」
「あんた……!」
そのまだ幼い子に人殺しを覚えさせて、
それを正しいとまで言っている文に対し、
霊夢は身体中から怒りが込み上げている。
そのまだ力が入らないはずの身体でも、
しっかり脚で大地を踏み込み、睨みつける。
分かり合おうとした相手を殺しかけた事や、
そしてそれが紫であった事も原因だったが、
そんな人物と今まで一緒に居た自分が怖かった。
それを怒りで相手のせいにして、ただ憎んでいる。
「まさか…身近な存在にも…こんな奴が……!」
「結果的には、誰も苦しんでいないんですよ?
苦しむべき八雲 紫さんを除いて、ですけど」
「…だからって…橙にさせなくても……!
あの子にさせなくても良かったじゃない!」
「…。憎しみが達成されることで…
生まれる幸せも…あるって事ですよ。
あのままだったら…あの子は壊れていましたよ。
あなたの知らない所で…隠すように…
いつまでも相手のことを…恨んでいました。
きっと、あれでは…あんな状態じゃあ…
霊夢さんの良い所である優しさでも救えませんよ」
「っ……そんなの分からないじゃない…!」
「壊れかけた事も知らない霊夢さんに…
彼女の何を救えるというんですか…。
もっと、……あなたは周りを知るべきです」
そういった直後に文は姿を消した。
その最後の僅かな時間に見せた悲しい顔が、
本当の文の気持ちを連想させていた。
また1人、分かり合えない相手が増えて、
人と人は分かり合えないのが当たり前だと、
そう彼女はここの底から思えてしまう度に、
彼女の心の闇は広がり、黒く染め上げていく。
そんな彼女を出来るだけ気を楽にさせようと、
魔理沙はとにかく声を掛けた。
「…」
「…。私が言うことは、ちゃんと考えろ。
今は戦闘中なんだ…今のは…後ででいい」
霊夢達が紫の方向へ振り向くと、
紫は投げ飛ばされた橙を見下ろしていた。
刃物は刺さったままの状態で、
傷口を手で抑えるも出血が止まっていない。
「…この…よくも……私を……ッ!」
「…そのまま…そのまま死んじゃえ……!
あはは…!血が止まってないですよ?紫様…♪」
「ッ…!!」
直後に紫は橙の腹部を強く蹴り上げた。
その小さな彼女の身体は軽く宙を舞い、
そして重力に引かれて地面へ落下した。
「…」
「……何よ…あんなの…もう紫じゃないわ…!」
再び紫は地面に転がる橙へ歩み寄り、
今度は蹴り飛ばす事なく連続で蹴りつけている。
助けに行こうとするも、まだ霊夢達は動けない。
「死ねっ…過去なんか要らない…!
このまま蹴り殺す…痛みで苦しみさせながら…!」
「ッ… 」
「ふふっ…ん?どうしたのかしら?
さっきまであんなにいきがっていたのに?」
ただひたすら容赦なく蹴り続け、
弱々しい橙の骨が折れてしまいそうだった。
時々口から吐かれる血が悲惨さを物語っている。
助けたくとも助けられない事は、
霊夢達にとってとても辛いことだった。
「やめて…やめて…もうそれ以上……!
自分自身を…八雲 紫を見失わないで…お願い……」
「ふふふふふ…脆い…脆いわッ!
もう意識が朦朧としてるの?なっさけないわ…!」
「あの野郎…絶対許さねぇ………クッ…!」
そして橙の抵抗が弱くなっていて、
彼女は本当に死にかけている状態だった。
それにトドメを刺すとのように、
勢い良く衰弱している小さな身体を蹴り上げた。
彼女の身体は再び宙を高く舞い上がった。
まるで人形のように、軽く宙を舞った。
紫の中に、満足感と後悔が駆け巡ったが、
満足感ですぐさま後悔は消え失せ、
今まで以上の壊れた不気味な笑顔を見せた。
「そのまま…冷たい地に這い蹲ってなさい…!」
しかし、その時とある人物が駆け寄った。
彼女は遠くから全速力で橙の元へ向かい、
上空に舞った彼女を真横から近づき、
その宙を舞った彼女を優しく受け止めた。
ただ必死に強く抱き締めていた。
「……チルノ……!!」
「…確か氷の妖精の……
……妖精の分際で…あなたみたいな分際で、
出しゃばって何が出来るというのかしら…!?」
その自分の思い通りにならない事に腹を立て、
先ほどの笑顔は彼女から消え失せた。
そして彼女はそっと大地に舞い降り、
彼女をこんな目に遭わせた相手を睨みつける。
「…あたいは悩んでた…当たり前のことを。
この子をどう苦しみから助けてあげるのか…。
でも…この子を助けてあげるんじゃないんだ…
あたいがこの子を護らなきゃいけないんだ…!」
その瀕死な状態の彼女を護ると言っている事に、
どうせ出来ないという無力さと、
力不足な彼女への惨めさを相手から感じつつ、
弱い者が弱い者を護ることを無駄だと感じるも、
あえて残っている僅かな紫の良心が、
そんな無謀なことを止めるよう促した。
「護る?にしては遅過ぎたわね……
そんな状態じゃあ…もう死んだ方が楽よ?」
「それは違うッ!」
「違う…?ふふふ…それが違うのよ…
どこまで私を…笑わせてくれるのかしら?」
「死んだ方が楽な人間なんていない…!
この子には大切な人を失うのは早過ぎた…けど、
そんな思い…あたいは二度とさせない……
その為に…あたいがこの子の全てを…
いつまでもずっと…全部護ってみせるんだッ!!」