突然の変化
「あなた、気付いてないの?」
「…何の事だ」
「今から分かるわ…」
紫の周囲に無数の隙間が出現した。
その隙間の向こう側は不気味な紫色の光を発し、
背景となる夜空と混ざり合い、妙に綺麗だった。
そして数秒後、標識棒が何本か放たれた。
迫り来る標識棒を刺剣で斬り払い、
徐々に距離を近付けていく。
「この程度なのか…あんたは…!」
「さあ…どうかしらね」
「調子に乗ると痛い目に遭うぞ…!」
颯花は模倣能力を咲夜へと変化させ、
至近距離で時を止めた。
四秒という僅かな時間でも、
距離が短ければ致命傷は容易だった。
そして残りを一気に駆け走り、
その勢いのまま前へ刺剣を突き刺した。
「…あなたは過去の私の能力の使い方…
忘れちゃったのかしら…?」
「っ…!?」
突き刺した刺剣は隙間へ入り込み、
目の前にいる紫の身体を突き刺す事は無かった。
そして背中にある隙間から手が伸びており、
颯花に触れる事で動く事を可能としていた。
「あら?まだそっちは健在なのね」
「…刺剣は2つあるぞ…!」
もう片方の腕にもうひとつの刺剣を手にし、
隙間のない方向から紫へと突き刺した。
しかし、その前に颯花の腹部へと、
隙間から標識棒が放たれた。
彼女の腹部に命中し、勢い良く吹き飛んだ。
あと少しの所で屋上から落下する目前で、
颯花は標識棒を斬り払い勢いを止めた。
「…腹から血が出ているわよ?」
「…この程度治る…問題ない」
「吸血鬼がその程度でダメージなんて、
どう見ても…おかしいわよね?」
「…。待て…まさか…そんなはずは…」
傷口周辺にかなりの痛みを感じ、
そして傷口から多量の血を流していた。
高度から落ちて衝突しても傷ひとつ無かったほど、
彼女は戦う直前は純粋な吸血鬼だった。
しかし、それではこの状況はとても有り得ない。
彼女は全身に冷や汗をかいた。
とてもまずい状況になったことと、
自分の身体の変化に奇妙さを感じている。
「…あなたの今の状況を教えてあげる…」
「…どうして…私は…!?」
「機械から…吸血鬼になり…そして人間となった」
「そんな事が…ある…有り得るのか…!?」
「…あなたの運がなかったって事よ」
「…ふざけるな…私はまだ戦える…!」
両方の模倣能力をレミリアとフランへと変え、
一気に接近し殴りかかった。
自身の吸血鬼の力も使おうとしていたが、
当たり前のように翼は生えなかった。
紫は接近を拒むように自身の前方の隙間から、
無数の標識棒を撃ち放ち、
圧倒的な物量で相手を押し離した。
殴って弾いても弾き切れず、
数本が颯花に命中し、元の位置へ戻された。
「…んな…馬鹿な…私が…人間…?」
「…人間とは…恐れ怖がるもの…
あなたは今…私に恐れ、恐怖を感じている」
「……これが…私が…人間だと…?」
混乱と恐怖で何も考えられず、
模倣能力は強制的に解除されてしまった。
迫り来る紫に異様に恐怖を感じ、
1歩歩まれる毎に彼女は1歩後ずさりをする。
彼女の恐怖は自身の人間になった事による、
自分の死が身近になったことだったが、
それを紫のせいだと思ってしまうほど、
意識を冷静に保てなかった。
「ばっ馬鹿な…来るな…近寄るんじゃない…!」
「やっぱり…死ぬのって怖いでしょう?」
「…やめて…来ないで…!」
どんどん後ろへ下がっていく。
そしてとうとうあと1歩で、
屋上の足場を踏み外し地上へ落下してしまう。
そんな状況にまで陥ってしまっている。
「まだ私を拒絶するの?」
「来ないで…やめて…!」
「男らしい喋り方が出来ないほど…
あなたの決意は…その程度なの…?」
「そんな…訳…ない…!」
「駄目ね…この程度でそれじゃ…
もう駒にも値しない。じゃあ…さよなら」
「……!」
紫は怯えた彼女を使い道のないゴミのように、
強く投げ捨てるように突き飛ばした。
完全に宙に浮いた状態の一瞬のその時の、
不気味に笑う紫の顔を彼女は忘れることは無かった。
そしてそのまま重力に引かれ、
ひたすら真下へ落ちていく。
先程までの月が照らすだけの周囲の静けさは、
落ちていく方向の周囲には微塵にも存在しなかった。
様々な色の街灯が照らすその街は、
依然として人通りが止むことを知らない。
「(やだ…このまま…死にたくない…
絶対生きる…死んだ人生はまだ終わってない…!)」
さきほどのビルの壁にふたつの刺剣を突き刺した。
それで少しでも落下を止めようとするも、
微塵も速度が落ちることは無かった。
そして握力が見た目通り貧弱になってしまい、
それらの刺剣は手元から離れてしまう。
「…しまっ…!」
模倣能力もアンカーも、翼も使えず、
真冬で凍るコンクリートに衝突した。
様々な色の街灯に、一際目立つ紅一点が、
彼女が倒れた周辺を染め上げた。
その人通りは人だかりとなり、
1点の真紅に染まる場所に群がっている。
「嘘っ飛び降り?まじ?」
「やっべ俺事故現場初だわ〜写メ写メ」
「こいつ例の奴じゃん!ほら、見ろよ見ろよ」
「そうだよ、そいつ絶対そうだぞ」
その民衆は誰も助けようとはしなかった。
何故なら彼女は脱走した直前から、
レミリアと同等の犯罪者として認識されていた。
普通の何も知らない人間から見れば、
単純に自業自得という言葉で収まってしまう。
しかし、その場所にはある人物がいた。
その彼女は非常に颯花に似て、
それでなお人生は真逆なものであった。
そんな彼女は颯花を知らない。
もちろん颯花も彼女を知らない。
「(…なんだろう…この人は…なんか…
全く違う人でも…どこか私達は似ている気がする)」
彼女はその相手を死なせるわけにはいかない、
心の奥底でどうしてかそう思ってしまっていた。
なぜ彼女がそう思ったのか、
自分が地味で特徴も何もなく、
全くの真人間である為に、非日常に憧れていた。
それも理由にはなっていたが、それよりも、
彼女はただ自分の体験した事のない非日常を、
ひたすら生きてきた彼女と話したかった。
ただ単純にそれだけが彼女を突き動かした。
そして、彼女は運命に巻き込まれたことで、
とある能力を手に入れる事になる。
その能力は、これから彼女に起こる事を、
予想するかのような能力だった。