宛のない復讐:2
「私はね…あなたが欲しいの…」
彼女はまず、言葉でそれを求めた。
それを分かっているかのように、
颯花は求められているそれを言い放つ。
「…私の…模倣能力を…だろ?」
「あなたのその力で…何でも出来るのよ?
どうして有効活用しないのかしら?」
「…何でも出来るほど…大事な事が出来ない。
お前みたいな空っぽの頭にはさぞかし便利だろう」
「…私を敵に回して…勝てるの?」
「…私は前みたいに弱くない…
立ちはだかった壁は…壊さなければ進めない」
「…」
その月の輝きが照らす屋上で、
殺気を放ったまま目を逸らさない。
薄く照らされる2人の表情は不気味さを放ち、
冬になり枯れた観葉植物や、
無人のように静まったビルと相まって、
見る角度を変えれば廃屋のような雰囲気がある。
その静かな世界は、朝を迎えるまで続く。
そして、時間の経過と共に住人を増やした。
「…霊夢…か」
「…」
相変わらずの赤と白の巫女の服の彼女は、
屋上の床に脚を踏み込み着地する。
足元に土煙が舞い上がる中、
彼女はゆっくりと体勢を立て直した。
そして彼女の視界は紫を映し、
その方向へと1歩ずつ歩み寄っていく。
「紫…あんた…今まで1人で抱え込んで…!
私は…あんたにとって…どんな存在なのよ…!
ただの駒だったって事なの…!?
使い捨てるだけの存在だったっていうの…!?」
「…違う…それは…」
「私は知りたい…何でもいいから…
…あんたの答えを言いなさいよ…!」
「…あなたが思う以上に…
私の心の闇は…深いってことよ…
あなたよりも…絶望を知っている…!」
「っ…!」
紫の右側に、ひとつの隙間が展開された。
その隙間は、霊夢の方角へ真っ直ぐと、
一筋の標識棒を撃ち込んだ。
隙間から放たれたそれは霊夢の足元に刺さり、
紫は霊夢の接近を強く拒んだ。
あと1歩歩んでいたら直撃していたという場所に、
ほぼ正確に、ただ真っ直ぐへ撃ち込んでいた。
霊夢を見つめる紫は視線を変え、
そして彼女の視線は颯花へと移った。
彼女は相手を求めるように手を伸ばした。
表情からは何か強い意志が感じられ、
求める手からは憎しみを纏ったような、
強く悲しげな力で求めていた。
「来なさい…来れば…願いは叶うわよ…」
「…」
「駄目よ…今の紫は復讐心の塊…
利用されて…使い捨てられるだけ…!」
「霊夢…今だってそんなものだ。
さとりや…この世界の妹紅達に…
既に利用されている立場なんだ…私達は」
「そんなの…分からないじゃない…!
…だから…相手を信じるしかないのよ…!」
「…例え…全てを裏切られたとしても?」
「ええ…疑うだけじゃ…進まないから…!」
「…霊夢…それではお前が…!」
行く手を阻むそれを霊夢は思い切り踏みつけ、
そして脚に力を込め、一気に蹴り飛んだ。
空に映る大きな月を背に、大きく飛び上がった。
彼女はそして、颯花に手を伸ばした。
その必死で求める手は、力強さと同時に、
彼女の心の中の優しさをも感じることが出来た。
その相手へと、真っ直ぐ、力強く手が伸びていく。
自然と颯花は反応するかのように手を伸ばしていた。
自分が無意識に優しさに惹かれ、
安らぎを求めている事さえ気付くことは無かった。
ただ、この手を掴まなければ、
2度と手を取り合う事は出来ないと、
未来を知らないにも関わらず、
彼女は何故かそう思ってしまっていた。
「…決まりね。さようなら…霊夢」
「ッ……!?」
「…何を…やめろ…八雲紫…!」
瞬間、紫は前方に大きな隙間を展開した。
そこから、古い雰囲気を放つ電車が姿を現した。
その電車は止まることなく前進を続け、
そして、颯花の視界から霊夢を消し去った。
目の前の状態に唖然とする彼女の手をすれすれに、
そして視界いっぱいに電車が横切った。
そして棒立ちのまま最後尾が通り過ぎ、
辺りには月が妖しく照らす静けさが戻った。
「…」
「…そんな簡単に、霊夢は死なない」
「でも…求める手は…私だけよ」
「…違う…」
「…?」
「私は…救いを求めちゃいけないんだ…
崖からただ落ちていく私が…
救うために伸ばすその手を掴んでしまったら…
私の代わりに崖のそこへ落ちてしまうから…
結局救われないのなら…私が落ちるべきなんだ…」
「…」
霊夢の手を求めた手は、
何も掴めなかった哀れな雰囲気と、
向ける方向が分からない怒りを力に変え、
相手を殺す為だけの武器を構えていた。
「知っているか…?殺す為だったら…
斬る剣よりも…突き刺す刺剣の方がいいらしい」
そしてもう片方の腕は、紫へ伸びていた。
その腕は、先程のように求めはせず、
ただ腕と同じく人差し指を真っ直ぐ向けている。
相手を一直線に指すその指と重なるように、
様々な感情を感じ取れる表情をしながら、
紫を、ただ見つめ続けた。
「壁は避けるものでも…飛び越えるものでもない…
壁は…ただぶち壊す為の…障害物だ…!」