刻まれていく歴史(とき)の中で
颯花の全身が光に包まれ、変化していく。
颯花が履く咲夜と同じスカートの青色部分が、
あの時の少女ルーミアの黒いスカートの色へ、
そして服の色も青を混ぜた様な色へ、
カチューシャは片方はルーミアの髪飾りのまま、
右側の飾りが時計の針の形になる。
咲夜とルーミアの特徴を掛け合わせたような、
そのような見た目となった。
そして颯花は相手に手を向けた直後に、
視界を覆い隠した霧のようなものが出現した。
それは彼女を包み込み、視界を潰す。
「…どうやら成功したな。
能力を重ねて使用するのは可能らしい」
「…」
ルーミアの能力だと思われる力が、
咲夜の視界を暗黒へと導いた。
そのせいでなにも見えず分からないらしい。
彼女の反応が薄い所を見て颯花は思った。
「そういえば…ルーミアは輝弾を放てるな…」
独り言を言った直後、颯花は思った。
ルーミアの能力を模倣出来たのなら、
例の威力の高い光の球を飛ばせる様になる。
時を止めて近接で撃つわけではない為、
咲夜の能力とルーミアの能力は相性が悪かった。
「…コピーの組み合わせ間違えたとは…
何も考えず行動してしまうのはまるで
記憶のない時の私と同じじゃないか…全く…」
「そちらも相変わらず、ドジね」
「なっ…」
その通りであった為に、彼女は反論が出来ない。
しかし再びよく考えず彼女は能力を解いた。
彼女は片方だけを説こうとした筈だが、
何故か能力は両方とも解除された。
それに颯花は一瞬戸惑いの表情を浮かべた。
「私の能力であるはずなんだけど…
まるで飼い慣らされていない犬みたいに、
私の思った事に動いてくれない…面倒な…」
「どんなに万能な力だとしても、
それに相応したデメリットがあると…」
「…片方だけ解除は不可能とは…
扱いづらい身体にされたもんだ…」
「コピー出来る汎用性、その代償に劣化する。
何でも出来る力には、その代償は相応しいわ」
彼女は当たり前のように再び模倣能力を起動させる。
しかし、力は彼女に反応せず、沈黙を続ける。
何度も発動する方法を試すが、
何も起きず、彼女に変化はなかった。
その状況に、半ば混乱状態に陥っている。
「何が…何故発動されない……!?」
「…?」
何度も試すが相変わらず発動出来ない。
いままでは普通に連続で変化可能だったはずだが、
2つの能力を同時に使用した途端から、
以降能力の反応は皆無になっている。
「(落ち着け私…今までと違う所を探すんだ…。
何か発動出来ない理由がある筈なんだ…)」
彼女は周りの状況を何も考えず、
ただその場で立ち尽くし脳内をフル稼働している。
やがて、彼女はひとつの答えが見つかった。
ひとつの能力の発動では半減された力が、
能力に負荷を掛けず連続で使用出来る。
しかし、同時にふたつを模倣するためには、
彼女の模倣能力は最大限に稼働しなければならず、
その能力の相応の負荷で起動できなかった。
そして再稼働の為には積もった負荷を無くす為、
発動をしばらく制限していると、
そういう結論になった。
もちろん能力単体での模倣も発動出来ない。
能力のクールタイムは良ければ5分。
悪ければ彼女との戦闘が終わるまで発動出来ないと、
そう彼女は出来るだけ悪く仮定しておいた。
「どうやら…素の状態に戻ったわ……
私の身体能力全てが低いから…
頼れるこの模倣能力に頼っていたけれど、
今は素の状態でしか戦うしかないようだ…が、
お前を止めるという意志に変わりはない……」
「決心は硬いわね。けどね、
今のあなたに負けるような私じゃないわ。
この間に勝負をつけさせてもらう。そして、
お嬢様に勝利を捧げる。それだけを望んでいる」
再び互いは殺気を放つような目で見つめ合い、
どちらも後ろへ下がることは無かった。
この戦いは、依然彼女達の意志に変わりはない。
どちらかが負ければ敗者全てが終わる。
どちらかが勝てば勝者の信じる未来へ進める。
「私は……いい友人を持っていたようだ。
…そして、そんな友人の為になら…血を流せる」
「…」
互いに友人であったとしても、
傷を負わせてまで倒さなければならない。
戦いは非常、迷いがあった方が負ける。
それを嫌でも心に刻み付け、
傷付けてしまう悲しさを押さえ込む言い訳にする。
私達は、哀れだ。血は流さずとも分かり合える。
しかし、自分の信じる未来を無理に押し付けている。
「一気に…畳み掛ける……!」
「…どんな事にも耐えきってやる」
そして数本のナイフを取り出した咲夜。
そのまま相手へ駆け走りつつ能力を発動する。
時が止まっていた分、
颯花の視界の咲夜との距離が更に近づいていた。
駆け寄る咲夜との間からナイフが真正面に出現。
前方から襲いかかるそれらを寸前で回避する。
「…」
互いに悲しい顔を見せることもなく、
冷酷で慈悲のないような冷めた顔をしている。
颯花は落ちているシャンデリアの残骸から、
尖った細身の棘の装飾をへし折り手に取る。
「前の刺剣と重さとか、殆ど違うけど…
ある方がマシだろうな…刃物を弾くには充分」
「刺剣……そんなものを持っていた…?
私の記憶にはそんなもの無いわ…!」
「例の…ジーグに渡されたハート型のバッチが…
質量を無視して刺剣に変化するんだ。
あんな奴の道具…あまり使う気にはなれないけど…」
「そう…けど、そんなもので勝てるの…?」
「ああ…勝てるさ。ものは使いようさ」
颯花はアンカーを左腕から出現させる。
それを振り回し、ナイフを弾く盾代わりにした。
右手には武器である棘を持ち、突撃する。
それに応じ咲夜は時を止め、ナイフを投げつつ、
彼女も颯花へと躊躇いなく接近した。
離れて戦う彼女が接近する。それは、
これで決めに来ている事を容易に想像させた。
「これで最後…これで……決める………!」
止まった時が動き始め再び前方からナイフが襲う、
そのナイフを振り回したアンカーで弾く。
そしてアンカーを咲夜へと勢いに乗せ投げつける。
だが、それは容易に手に持つナイフで弾かれた。
「武器のリーチは同じ…だけど、
そっちはただの装飾品の破片…!」
「油断をしていると……痛い目に遭うぞ…!」
やがて咲夜のナイフと颯花の棘が鍔迫り合う。
しかし、すぐに咲夜は武器を押し離し、
颯花の持つ棘が大きく後方へ弾き飛ばされた。
「…チッ…棘が…!」
そのまま咲夜は再度能力を発動する。
相変わらず止まった時に意識は保てない。
やがて静止可能時間を超え、時は再び動き出す。
颯花は咲夜の姿を探すが、何処にも彼女の姿は無い。
「何処だ……何処からでも……来い!!」
颯花はそして天井を見上げた。
そこには、天井に敷き詰められたと思えるほどの、
そして重力に引かれ雨の如く振り注ごうとしている、
咲夜の大量のナイフが視界に入った。
避けれるほど少ない物量ではない。
守りに入ればその物量に押し潰される。
「(だけど今の私は弾くことしか出来ない…
なら…出来ることを全力でやり遂げる…!)」
颯花は降り注ぐナイフをそのまま何本かを、
両腕から伸びているアンカーで弾くが、
現実はそこまで甘くはなかった。
何本か弾ききれなかったナイフが颯花の身体を、
切り刻むようにいつまでも降り注ぐ。
「グッ……まだまだ……!」
やがて降り注ぐナイフは全て降り注いだ。
しかし、その床に数百本のナイフが刺さる中、
その中央で颯花は立ち尽くしている。
蜂の巣のように刺さったナイフを抜き取っていく。
腕。腹部。脚部。全てを抜き、傷穴から流れ出る。
出血に塗れた彼女の姿は、
咲夜にあの時の解体の姿を思い出させる。
「ちょっと…死なない……よね…?」
「こんな…所で…死ねるかよ…」
颯花はその場で肩膝をついた。
目の輝きを失い、両腕が小刻みに震えている。
顔が如何にも死亡寸前の顔になっていた。
すかさず咲夜がゆっくりと近づいていく。
とても彼女にとってまずい状況だということを、
咲夜の顔を見れば分かるほどだった。
「やめて…死んで欲しい訳じゃない……!
頭部には弾いても…当たらないように私は…!
頑張ったのよ…そのの身体で出血死なんて、
有り得ないわ……!傷が塞がっていくはず!」
だが、彼女の身体は自然に回復しなかった。
その人間じみた力は働き始めることはなく、
彼女の身体としてはいつも通りではなかった。
一向に全身から溢れる出血が止まらない。
「…」
ふらふらと倒れ込みそうな颯花を、
咲夜が駆け寄り、出血を押さえるように、
傷が塞いで欲しいとただ願いつつ抱いた。
彼女の顔は涙で濡れる。
「…………お前の優しさが…自分を殺す」
「……っ!?」
一瞬の刹那の如くのであった。
2人は暗い館内の部屋を異常なほどまでに、
照らすほど輝きを放った。
そして、咲夜が倒れ込んだ。
颯花がボロボロの状態で立ち上がる。
「良心に付け込む悪意、この言葉通りだ…
ごめんなさい……咲夜。今はこれしか…」
颯花がした事は、咲夜に身体の電力を送って、
そのショックで気絶させたのであった。
まるで人間スタンガン。雷光球、磁界の技を、
生み出した元々の本来の技である。
「…」
少しづつ旧館主に段々性格が似てきていると、
自分とその人物が同一人物と思ってきてしまう。
颯花は彼女を抱え上げ、おぼつかない足取りで、
彼女を安全な場所へ運んでいく。
そして彼女をそっと小部屋のベッドで寝かし、
颯花は止めるべき少女達の場所へ進む。
出血は止まっている。しかし、
依然として傷は治っていない。
身体が想定しているダメージを超えたせいで、
修復機能が停止してしまったのであろうか。
彼女は進む。自分のケジメをつけに行く為に。
もうこれ以上、誰も悲しませない。