吸血鬼は人であるのか
「いたぞ!」
「ん?」
食堂のような場所で平然と座り、
買った大きなペロペロキャンディを口いっぱいに頬張り、
フグのような顔をしている颯花がいた。
「こりゃ駄目だな。
吸血鬼は人間の食事は受けつかないのか。
キャンディがまるでプラスチックみたいだ」
「待て撃つな!民間人に当たる!」
「私は構わないよ、殺す奴は殺すが、
殺すと思わない奴らは絶対に殺さない。
どうだ?撃ってみろ。もちろん誰も殺させない。
出来ると思うならやりなよ…人間…!」
「調子にのるな化け物っ!」
「やめろ撃つな!」
その一人の兵士は引き金を引いたはずだった。
しかし、その手にはペロペロキャンディが握られていた。
何気なく舐めた。
「うん、うまい。普通のアメだな」
「舐めとる場合かーッ!」
その兵士の手のアメを奪い取った。
銃は何故か彼女が持ち、細かく分解していた。
「銃ってこんな構造してるのか…なるほど」
「貴様一体何をした!」
その兵士は持っていたキャンディを投げつけ、
見事颯花の頭にポコッと当たった。
「やめろ不用意に怒らすな!」
「威勢だけで動くのは迷惑だと、
小学校の先生に教わらなかったの?」
「なっ…!?」
その複数の兵士は食堂に居たはずだった。
しかし、先ほどの彼女の言葉を聞き終わった直後、
視界はこの建造物の入口へ切り替わった。
「意外に着込んでるね…結構重かったよ」
「一体何がどうなって…!」
「何をしているのだ!ここの国の兵はノロマか!
さっさと撃ち殺せッ!」
「あれはA国の…お下がりください!
あれは……化け物以上の…吸血鬼です…!」
「吸血鬼は吸血鬼だろ…?」
その言葉を言った瞬間、颯花の背後から、
ひとつの大きな閃光が襲いかかった。
しかし、彼女は避ける事もしなかった。
そして、その閃光を被弾し彼女は吹き飛ぶ。
「…」
「…あんたは確かあの時のうさ耳学生…。
それにしてもあの時のレミィみたいに身体が妙に
頑丈になったな…痛くもなんともない…。
なんとなく身体の変化が実感できたな…」
「あなたは…可哀想な人、だけど死ぬ事で救われる」
彼女が出てくると同時に、周囲の人間は、
即座に退避していった。もちろん兵士もだった。
この軍の中の彼女の実力は広まっている証拠だった。
「可哀想…?そんな事、思わなくていい」
「…」
「私だけが可哀想な世界じゃない。あんたもだ。
私には人の目を見るだけで、
人の思う事がある程度分かる特技があるみたい」
「 単に勘がいいだけでしょう?」
「 なんで私の勘の良さを知ってるのか?」
「 幻想郷の中を、外からずっと見ていたのよ。
ただそれだけのこと。気味悪いかな?」
「 いいや…見ているだけなら問題はないよ」
「 …」
「 ひとつ、あんたに質問がある。
私のただの私論だけど、
人間は弱いから人間じゃなく、
人としての心があるからこそ本物の人間だと、
そう思える平和な日々は、
こんな世の中で感じれると思うか?」
「無理ね、力無くして平和は訪れないわ。
戦う、という事は人の心を薄まらせるもの。
人と人が殺しあって出来る言葉なのよ」
「確かに、戦いという言葉にその意味は当てはまる。
だけど、人が人の為に殺すのは、
それは善意を持っていても許されないのか?」
「他人で殺すのは傲慢。自分の為に殺すのは自己中。
他人の為に人を殺すのは偽善。つまり、
殺すとしても、偽善でも、それでも『善』よ」
壁にめり込んだままの状態の颯花の額に、
鈴仙は人差し指を向ける。
颯花は抵抗も何もせず、ただ忠告した。
「やめとけ、私にあんたを殺させるな」
「随分余裕な態度ね。でもあなたが死ぬか、
私が死ぬか、どちらかしかないのよ」
「ひとつ教えてあげよう。私はすでに死んでいる。
死ぬということは、人間じゃなくなる時だ。
私はもう人間じゃない」
「そうね、あなたは吸血鬼で、人間じゃない。
でもね、確かに吸血鬼は人間じゃない。
けど、それでも人なのよ」
「その言い方、
何か過去に吸血鬼に恨みでもあるのか?」
「…」
鈴仙は沈黙を始めた。
それはとても短くも、長くもない時間だった。
周囲には風の音だけが響き、
2人以外の人気すら感じないほどである。
窓ガラスから差し込む太陽の光が、
直接颯花に当たり、少し痒みを感じさせている。
目の前にいる相手は、重い口を開いた。
そして、ゆっくりと語り始める。
「3年前のね、大量虐殺のとき。
私の友達とも言える存在の、てゐって子がね、
その犯人に…殺されたのよ」
「…」
「助けに向かった時には、
もう彼女の身体は冷たかった。
血で染まった街の大地に、寝転ぶように…!
ゴミみたいに捨てられていたのよ…みんな…!」
「…」
「A国がああなった原因の今の代表の家族も、
彼を残して全員殺されていたのよ。
見せしめるように…目の前で殺して…!
私はそれでも彼には同情できないわ。
怒りに任せて力で動く今の彼は、
それこそ彼自身が…鬼…!
私は…あいつみたいには…ならない…!」
「…。まるで終わりのない群像劇だ…。
君にも憎む相手がいて、憎まれた者も憎む者がいる。
この世の中、無いほうが良かったかもな」
「…」
彼女は颯花の額を撃ち抜いた。
反動で壁に更にめり込む程の威力だった。
しかし、それで死ぬ颯花では無かった。
まるでゾンビのようにゆっくり立ち上がる。
「こんなんじゃ…こんな程度じゃ…死ねないんだ」
「あなたの不死身が不完全なのは知ってます。
外装が修復されるだけで中は別。
例え中も修復出来ても、それには時間がかかる」
「腕を切り落とされようとも繋げば動く。
額を打ち抜かれようとも、傷は塞がり、
じきに内部も再構築されていく。
修理するのが手っ取り早いが、
しなくても直るようになるのは好きじゃない」
そのまま彼女は相手に背を向け、外に出ようとする。
ゆっくり歩み出す彼女の背中を見て、
ただ一言だけ鈴仙は問いかけた。
彼女はただ相手の生きる理由が知りたかった。
「絶望しかない世界で、
それでも生きようと思えるの?」
「生きるんじゃない、戦うんだ。
未来じゃなく、死んでいった仲間の為に、
過去を取り戻す為に…それが今を生きる言い訳」
「 …あなたは他の人にはないものがある。
だけど…そのせいで人にあるべきものがない。
人と違うものを持っているのはいい事だけど、
そんなものを持っていればいつか自分が滅びる。
人と人が分かり合えることを望んでいても、
あなた自身が心の奥底で拒んでいる。
自分には…そんなことは許されないと考えて…」
「 世界を直すのは人間でなければできない。
私みたいな化け物や鬼には直せない。
それが、自分のせいだとしてもね」