背負う者と貫く者:1
彼女はただ前に進む。更に進んでいく。
とても悲しい気持ちになる。けど、
泣いているわけにはいかない。
私が私であるために、いけないんだ。
歩いた。先ほどと似たような玄関のその、
階段を進んだ先へ、十六夜咲夜がいる。
互いに見つめ合う。
「あなたなら、来ると思ってたわ。
悲しいけど、あなたはそんな人だもの」
「どいてくれ、お前が見ている少女達は、
全て幻想だ、そんなもの信じてはいけない…!」
彼女の顔は、先ほどの泣いた顔ではなく。
記憶を無くした時の顔でもなく。
信念を貫くような真っ直ぐな顔をしている。
「私は、お嬢様に従うだけ。
利用される存在でも構わない。
彼女は私の為にしていると言った。
私はただ、彼女に従うだけ。
もともとそういう存在だったのよ。私達はね」
「…」
彼女は完全に少女達に酔っている。
少女達が更に血に染まるのは嫌だ。
けど、唯一無二の友達に、
自分の様な機械人形になって欲しくはない。
人間らしく生きて欲しい、
それだけを思う颯花であった。
それを言っても、彼女には伝わらないだろう。
「例え、腕の一本取れてでも……!
…あなたを倒してみせる…私は…
私には…絶対に存在しないもの…
それを…人間らしさを…取り戻させる!」
「あなたは殺さない。頭部だけでも残っていれば、
今のあなたは生きていける。
首を切り取ってでも、お嬢様の邪魔はさせない」
ナイフを構えた咲夜、瞬間の出来事だった。
ザシュ。
「…!?」
颯花の右肩、左腕をナイフが掠った。
映像のコマを飛ばしたような、
いきなりナイフが刺さったのである。
元の記憶を取り戻した颯花は、
それを瞬時に把握した。
勘が鋭くなった彼女はすぐに分かった。
「相手の時間を停める能力か、
そのまま自分以外の時を止める能力って事だろ?」
「…洞察力は健在ね」
今度は構えずに10本ほどのナイフが飛んでくる。
颯花はそれを見てアンカーを取り出し、
振り回して全てを弾いた。
「(体を触れさえすれば…)」
颯花はアンカーを上へ投げた。
それは、上に吊るしてあったシャンデリアを、
引っ掛けて落下させた。
咲夜は動揺もせず、少し後ろへ下がり回避した。
シャンデリアの破片が飛び散る。
「…!?」
少し目を離した隙に、颯花の姿は消え失せた。
咲夜は周囲を注意深く探した。
「こっちだ…お返しするよ…!」
颯花は拾ったナイフを投げた。
瞬時に回避した咲夜と、
瞬時に出現したナイフが飛んでくる。
別の場所に掛けた天井のアンカーを抜き取り、
そのまま落下して移動し、回避した。
その落下先には階段があり、
上手く着地しないと転げ落ちてしまう。
「…そこっ…!」
「…チッ…回避は無理か…なら…!」
着地場所を狙いナイフが飛んでくる。
避けきれないと判断した颯花は、
わざと階段を踏み外す。
長々と続く階段を転げ落ち、下まで落ちた。
ゆっくり立ち上がるが、全身に痛みを感じている。
そして互いに距離が離れた。
「私に勝つのは無理よ。諦めて」
「さあ…どうかな…?」
その階段を駆け登り上がり接近する。
だが、かなり無理があった。
前方真上から多数のナイフが向かってくる。
颯花は咄嗟に腕の機械を出現させ、
機械から発生する風圧で押し切った。
しかし、咲夜はナイフが飛んでくる上に、
止まっている時に距離を更に離しているので、
颯花は当然追いつけなかった。
颯花は美鈴状態でグローブを撃ち飛ばした。
両手で飛ばしたそれは、咲夜を囲む形となり、
そのまま通り過ぎた。
「外したわ、防御手段を無くしたわね。
終わりよ、あなたの負け」
「終わるわけないだろ…!」
飛ばした腕が咲夜の後ろの壁に突き刺さった。
腕には、アンカーが繋いであり、
咲夜の左右を通せんぼする状態になっている。
「このおおおおおッ!」
アンカーを引き戻して生まれた勢いで、
真っ直ぐ高速で接近する。
颯花の飛び蹴りが入る直前に、
ワイヤーをくぐり抜け移動され、
その攻撃はギリギリ避けられた。
しかし、ほんの少し脚が服に触れた。
「集中しないと、時は止められない…だろ?」
「お見事だわ…でも、なんでそこまで自信が?」
「それは…私は咲夜に触れた事にある。
私の能力は…模倣」
「なっ……!」
お馴染みに全身が光り、変化した。
カチューシャの猫耳のような部分には、
左右対称に時計の針へと変化し、
服の色は咲夜と似た青色のまま、
ショートパンツは咲夜のスカート等の、
下半身の服装にそっくり変化した。
「まさか、スカートになるとは…
やっぱりナイフはスカートにあったんだな…
似た格好はした事あるが…どうにも恥ずかしいな…」
「くっ…そんな不気味な能力で…!」
咲夜は能力を発動した。
しかし、今回は距離を離さずに、
逆に近付き、至近距離でナイフを投げようとした。
「……いいのか?近寄って」
「…!?」
咲夜はそれに驚き、身体が硬直した。
止まっている時の中に颯花は訪問した。
その動かない世界には、2つの存在が動いた。
「二人で時を止めると、実感沸かないな…
なあ……お前もそう思うだろ…?」
「面倒なことを…!」
咲夜はそれに冷や汗をかきつつ再び距離を離す。
ちょうどその時だった。
「ん…体の動きが鈍くなった…?
いや……鈍くなったのは…違うな…
これは…うっ……動けん……」
「…?」
颯花の身体の動きが止まった。
しかし、しばらくすると動くようになった。
その間、颯花は全身にかなりの汗をかいていた。
「やはりな……動けたのは3秒、
あんたは6秒動けるって事だ…ろ?」
「劣化コピーでは、本物には勝てないわよ。
3秒では…何も出来ないわね」
同じ能力持ち同士は、
動けない時間があっても意識はあった。
その分、寸前で止まるナイフで怖さは、
意識がある時よりも倍増していた。
その意識が残った状態のまま、
颯花に向かって何度もナイフが投げられる。
シュッ。
しかし、勝たなければならない。
私の感じた正義感がそう言っている。
シュッ。
勝たなければ許さなれない。
負ければ再び悲劇は繰り返される。
シュッ。
私には決意はある。
そして時は動き出す。