5 理科準備室
そうこうしてるうちに目的地に着いてしまった。
秋斗君がドアを開けて中に入る。その後ろに隠れるようにして私もそおっと足を進めた。
「・・失礼します。浅井先生、一年の高木です。ノート持って来ました」
「ああ、ありがとうございます。瀬川さん、高木君」
先生は三つ並んでいる机の一番奥で軽く手を上げた。
この部屋は相変わらず実験室と同じような薬品の匂いがする。
秋斗君は先生の机の上にノートを置いた。先生の机は書類で一杯だから隣の机に。
他にも二人理科の生物専門の先生がいるんだけど、先生達は主に職員室にいて、浅井先生だけがずうっとこの理科準備室にいる。
ほぼ先生の個室状態。だからよけいにこの空間は怖いんだよね。
「次は、軽い実験をしますから、実験室の方に入ってください」
「はい」
「第一実験室です」
「はい。それじゃ、失礼します」
秋斗君が全部受け答えをしてくれた。
用が済めば早く立ち去るに越したことはない。秋斗君の声に合わせて軽くお辞儀をして行こうとすると、先生がガタっと席を立った。思わずビクッと肩が飛び上がる。
「あの、瀬川さん」
な、なに?
さっきの話を聞いた後だから、名前を呼ばれただけでコワイって感じる。
後ずさると、秋斗君が私を隠すように一歩前に出た。
「なんですか? 先生。まだ何か用が?」
「あ、いえ。・・実験の結果をまとめるのに赤のペンを持って来るように連絡してください」
「は、はい」
ドアを閉めると、私達はどちらからともなく二人で走って教室に戻った。
「こ、こわかった・・。何を言われるのかと思ったよ」
「やっぱりあいつ、変だよ。持ち物なんて、後から付け足したみたいだったし。
赤ペンなんて皆持ってるに決まってんじゃん。
さくらちゃん、気をつけた方がいい。係の用事で呼び出されても一人で行っちゃだめだよ。おれか、女子のグループで行くようにして」
「うん・・」
なんとも気味の悪い、嫌な感じ。
*****
でもそれからみんなが、先生を呼び止めたり質問したり、ノートを持って行くのを代わってくれたり、浅井先生が私に近づいて来るのを阻止してくれるようになった。ホント怖かったから、みんなの気遣いに感謝の気持ちでいっぱい。
秋斗君と私が付き合ってるってことも、いつの間にかクラス中に知れ渡っていた。
でもあからさまにからかってくる子はあまりいない。
美穂から聞いたんだけど、秋斗君が男子みんなにお願いしてくれたらしい。
「すごいのよ、アキト。
おれはいいけど、さくらちゃんのことからかうのは止めてって。それが原因でふられちゃったらマジ恨むからなーって。あんな堂々と爽やかに言われちゃうと憎めないわよね。
いやー、あんたのカレシ、すごいわー」
美穂は秋斗君が言ったらしいセリフまで再現してくれた。
私は照れくさいよりも、すごいな、と感心してしまった。
ホントすごいなあ、秋斗君。