4 科学の浅井先生
「ねね、今日も科学の浅井センセイ、ブツブツ独り言、言っちゃってたねー」
「あー、ネクラ先生ね」
「ホント。あたし一番前の席だから、黙々と板書してる時のドス黒いオーラがめっちゃ怖かったあ」
「どうにかなんないのかなあ、あのどんよりした性格は」
「なんであんな変質者が教員採用試験とか通るのかフシギ過ぎ」
「あー、でも、性格は破綻してても頭脳はイイんじゃん? 声は聞こえないけど授業分かりやすいし、テストもまあまあ」
「あー、たまに授業から脱線して雑学を話してくれるのはオモシロイよな」
「確かに。あんなに授業はマトモなのに、なんで本人あんなに気持ち悪いオーラでてるんだろ?」
「髪形じゃない? あのボサボサ長髪にメガネはありえねー」
「目がギンギンに充血してるとこも怖いよな」
「顔立ちはブ男でもない感じなのにねえ」
大笑いでみんなにボロクソに言われてるのは、ただ今授業が終わった理科の、浅井先生についての酷評。
理科室ではどこから本人が現れるか分からないので、教室に戻ったとたんにみんな次々と毒を吐いてる。
私はこういう陰口は好きじゃないから、いつもなんとなーく聞く専門なんだけど、いくつかうんうんと頷ける点がある。
だってホント、怖いんだもん、あの先生。
特にあのメガネの奥の血走った目が。
あの目で見られると背筋がゾゾゾーッと寒くなる。
中学校はそれぞれの教科に専門の先生がつく。だから浅井先生の授業も毎日ではない。それがせめてもの救い、かな。
もしも小学校の時にあの人が担任だったら、朝からずうっと一日中あの暗い顔をみることになるんだから大変だ。中学でよかった。
そんなことを考えていると香奈がポンポンと私の肩を叩いた。
「・・ね、あたし前から思ってたけど、浅井、さくらちゃんのこと、みょーーに狙ってない?」
「あ! それ、私もそう思った! 今日もじーっと見てた。浅井」
「ってか、さくら、ほぼ毎回当てられてない?」
「嫌な視線、感じない? さくら」
「え? え? ええええええー!?」
これっぽっちも思いもしなかった指摘を受けて、私は思わず立ち上がった。
「いやだ、やめてよ。気のせいだよ!」
「でも絶対そうだって」
「うん。危ないよ、あの目は」
「気を付けた方がいいって。マジで」
その場にいた女子全員一致の意見で、浅井先生が私を狙ってる説が確定された。
近くにいる男子も「なになに?」とか言って騒ぎに交じってくる。
「あー、わかるわかる」「オレも思ってた」なんて声も。
ちょ、ちょっと、ちょっと!
うそでしょ? みんなの気のせいだって。
・・・そんなのイヤ。考えただけでも寒気がする。
「もう、やめてよぉ。
わ、私、後で浅井先生のとこ、行かなきゃなんないのに。ヤダぁ」
私は学級委員だからクラスの提出物を集めて、次の予定とかを聞きに行かなくちゃならないのに。今日に限ってもう一人の学級委員の子はお休みだし。
「もう、じゃああたし達が一緒に・・」
「おれが一緒に行くよ。相手が浅井なら、こういう時は男のがいいでしょ。ね? さくらちゃん」
美穂達を遮ってすっと前に出て来たのは、秋斗君だった。
「あ、ありがとう。お願いします」
「おおー!」
「きゃあ! アキト、さっすがー」
「ひゅーひゅー」
なんて冷やかしも飛んだけど、私は素直にほっとしていた。
秋斗君と一緒なら大丈夫。 そう思ったから。
*****
放課後。秋斗君はノートも持ってくれて、二人で浅井先生のいる理科準備室に行った。
「実は、おれも結構前から思ってたんだ。さくらちゃん怖がると思って、はっきりとは言わなかったけど。ちょっと警戒してた」
「全然気づかなかった・・・」
そういえば、今日授業で当たって板書する時、「先生しつもーん」って後ろで秋斗君の声がしてた。私が黒板にいる時に先生が接近してくるの嫌だったんだ。
あれ、ワザとやってくれてたんだ。
ネクラで皆にボロクソに言われてても別に関わらないから害はないと思ってたのに、中学生の生徒をそんな目で見る変態教師だったなんて。コワ過ぎる。