3 あせらずゆっくり
しばらくして私の息が落ち着くと秋斗君はにっこり笑った。
「さて、そろそろ帰ろっか」
「うん」
もしかして、私の呼吸が整うの、待っててくれたの?
・・こうゆうところ、本当に優しいなあ。
男の子と二人で並んで歩くのなんて初めてで、どのくらいの歩幅で歩いたらいいのか、どこを見て歩いたらいいのか、そんなどうでもいいことばっかり考えてしまう。
えっと、いつもは私、どうやって歩いてたんだっけ?
ダメだ私、めっちゃパニクってる。落ち着け、落ち着け・・・。
「こんな風に女の子と一緒に帰るのなんて初めてだな。なんかいいね、どきどき」
秋斗君はぺろっと舌を出してイタズラっぽく笑う。
あ、かわいい顔。
「さくらちゃん、朝、女子達におれとのこと聞かれてたね。見ちゃった」
「あ・・うん。ごめんね、その・・」
見てたって事は、私がそんなことないって言って逃げたのも見られてたってことよね。
「別に否定しなくてもよかったのに」
秋斗君はちょっと立ち止まった。
「へ?」
言ってる意味が分からず私はまぬけな声を出してしまう。
「おれはさくらちゃんとのこと、聞かれたらそうだよって言っちゃうなあ。
と言うか、違うよーとは言いたくないかも。・・駄目かな?
さくらちゃんはみんなには隠しておきたい? おれと付き合ってること」
「そ、そんなことない!」 私はブンブン頭を振った。
秋斗君がそんなふうに考えてくれてることがうれしかった。
自分の行動が情けなく思える。
「あの、あのね、詩織達にはいきなり聞かれてパニクっちゃったのと、あの・・恥ずかしくて、ああ言っちゃっただけで、別に、隠したいとか、そういうわけじゃないの」
「そう、よかったー」
秋斗君はこれでもかってくらい、にっこり笑ってくれた。
それだけでまた私の心臓はどきんっと大きく鳴った。
「・・ただ、同じクラスだから、みんなにあれこれからかわれちゃうと、恥ずかしい・・かな」
視線を落として、正直に言った。
「さくらちゃんは、恥ずかしがり屋さんだもんね」
そう言われて顔を上げるとバチっと目が合う。
顔が熱い。きっと赤い顔をしているんだろう。
「あと、予想外の展開に弱いよね。今も結構パニクってる?」
う。もう見抜かれてる。こくんと頷く。
まあ、私と学校外でちょっと一緒にいればすぐにわかるか。
「普段きちっとしてる分、間違えた時とか失敗した時に、わたわた慌てふためくとこ、すごい可愛い」
「え、えええ?」
「あと、照れた顔も可愛い」
「なっ・・・!」
「それそれ、そういうところ」
秋斗君は目を細めて、楽しそうに笑う。
「も、もう。秋斗君! からかわないでっ!」
「あはは。ホントのことだよ」
かわいい、なんて何度も言わないでー! うれしいけど、うれしいけど!
*****
ようやく家まで後わずかのところまでやって来た。
今日の教室でのこととか、秋斗君は色々話しかけてきてくれたし、私も結構普通に話せたような気もするけど、やっぱり緊張しっぱなし。
見慣れた我が家が見えてほっとしてしまった。
家の前に来ると、秋斗君は足を止めた。
「じゃあ、おれはここで」
「え? 上がって行かないの? せっかくここまで来てくれたのに。
はるにいも、もう帰ってくるだろうし」
秋斗君ははるにいとゲーム仲間。よく私なんかそっちのけで二人でゲームで盛り上がってる。外で会えば二人でサッカーしだすし、ホント仲良し。
「いやいや。それはまた今度にするよ。今日はなんてったって、彼氏として初めて送って来たわけだし。
さくらちゃんすっごい緊張してたでしょ?」
「う、うん。・・そう、かも」
かもじゃなくて、その通りです。やっぱりお見通しだ。
「おれもだよ。はは」
照れたように頭を掻いて、秋斗君は笑う。私もつられて笑った。
向かい合った私達は、お互いに手を伸ばせば届く距離。一歩前に進めばぶつかる距離。
けど、全身カチコチに固まっちゃってるから、この距離が縮まらない。
私・・こんなんでちゃんと付き合って行けるのかなあ。
今日も失敗ばかりしちゃった気がする。
どこを見ていいか分からずに自分の靴を眺めてしまう。
「さくらちゃん。おれたち、まだつき合ったばっかなんだしさ。
あせらずゆっくりいこうよ。ね?」
秋斗君の言葉にハッとして、私は俯いてしまってた顔を上げた。
「一緒にいるうちに慣れるよ。心配しないで。
ずうっと後になれば、付き合い始めはカチコチに緊張してたよねーって笑い話になっちゃうよ。だから大丈夫」
「・・うん。ありがとう」
強張った身体からすうっと力が抜けていく感じがして、自然と笑顔がこぼれた。
もちろん秋斗君もにっこり笑ってくれる。
また明日って手を振って帰って行った。
うれしいな。
秋斗君は、私の抱えてる不安をどんどん見つけて消してってくれる。
私もいつまでも照れてばっかじゃ駄目よね。
早く慣れて、イイ彼女にならなくっちゃ。