5:白い猫①
「あなたが、笹原君のいとこ?」
澄は涙は止まったがいまだに濡れた目をしている少女に問いかけながら、名前を聞いていなかったことに気がついた。なんと呼べばよいのか解らず困惑する。
「・・・・賀茂紗依李です」
「なんで、天使だなんて思ったの?」
澄の問に紗依李が困ったように顔を顰めた。何かを考え込むかのように目を瞬いている。
「・・・・あなたの空気がとても綺麗だったから」
紗依李の言葉に澄は軽く眉をひそめた。澄の予想通り何かしらの力があるのは紗依李のほうだったらしい。澄自身は自分を取り巻く空気を見たことが無いから なんともいえないが少なくともこの学校のよどんだ空気を見ている紗依李の目にはそう映ったのだろう。
「私は天使なんかじゃない。・・・・しいて言うならば駄天使。悪魔でもいいけれど」
「そんなことない!?」
きっぱりと言い切った紗依李に澄は少しだけ笑みを見せる。
「あなたの目には何が映るの?」
「・・・・・・・黒い空気。皆を押しつぶしている。それに纏われていない人間はほとんどいない」
「ほとんど?」
という事は少しはいるという事なのだろうか。その負けていない人物にも興味があるし、もし紗依李の目にそれらを完全に見抜くだけの力があるのならば、最も黒い人・・・ひずみに近い人間のことも解るかもしれない。
「うん。私を含めて4人かな。黒くないの」
「1人は笹原君でしょう?残りの2人は?」
「2年生と3年生の姉妹・・・。何で源・・・。」
「私にもそういう力あるから。・・・・私はこの学校を元に戻しにきたの。協力してくれない?」
目をまん丸に見開いた紗依李は次の瞬間本当に嬉しそうに笑った。
「何をすればいいの?」
「まず、その2人を紹介して。あと、最も黒いものを背負っている人間、わかる?」
コックリと頷いた紗依李からはさっきまでの弱々しい雰囲気が完全に消えていた。
「3年生の水原香織・・・ね。何故そう思うの?」
「うん・・・なんていうのかな・・・他の人は黒い空気がまとわりついているっていうかんじだけど、あの人のはまるで、噴出している・・・とかそういう風に見えたから」
紗依李の言葉に澄が軽く目をしばたたく。
澄は香織を知らないが、他の人間には黒いものがまとわりついているという風に見えるのは事実だ。それだけを考えれば紗依李の言っていることには信憑性があるが澄のようにそうあるべくして存在しているわけではない紗依李にそこまで感じることが出来るというのが信じられない。
「あなた・・・いったい・・・」
澄の口から零れ落ちた疑問は側で上がったニャーという泣き声にかき消された。
「え?」
澄と紗依李が同時に足元を見ると、真っ白な猫が紗依李の足元に擦り寄っていた。首輪をしていないことからも野良猫のように見える。
「かわいーー!?」
目がハートになりそうなほどの笑顔でしゃがみ込んで白猫を抱えた紗依李に猫は甘えるように擦り寄った。その様子がはじめて会った頃のオーディと重なって、澄は思わず一歩後ろに下がった。
「澄?猫苦手なの?・・・猫飼っているのに」
信じられないというように言葉にした紗依李は猫の顔を覗き込んで笑い声を上げた。
「紗依李・・・?どうしたの?」
「見て、澄。この子額に月のようなアザがある。決めた。“ルナ”にする。よろしくね、ルナ」
「か・・・飼うの・・・。」
今の紗依李の様子から、これ以上何を言っても無駄な事はわかりきっていたが、澄は恐る恐る尋ねた。何かとてつもなく嫌な予感がする。今その猫を拾う事が澄にとっても紗依李にとってもいいことにならないのでは無いかという気さえする。
「もちろん」
本当に綺麗な、キラキラしたその笑顔に澄は頬を引きつらせた。




