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Dark Town  作者: 白雪
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3:堕天使①

「澄。そろそろ学校に遅れる」


 高い位置から聞こえた声に、澄は小さく頷いた。水に濡れた髪の毛に光が反射してキラキラと光っている。


 無言でタオルで髪の毛を拭いていた澄の真横に真っ黒い猫が降り立つ。その猫は鼻の辺りにしわをよせ、人ならば呆れたような表情とも取れる表情を浮かべて、澄を見上げた。


「また、水浴びかよ・・・。シャワー浴びればいいのに」


 呆れたような言葉は黒猫から聞こえたが、澄はその事実には一切関心を示さない。この黒猫のオーディが人の言葉を話すのは当たり前の事だった。どうなっているのかは知らないが、とにかく出会った頃から彼は巧みに人の言葉を操る。


「シャワーは高いから。池ならただでしょう?」


 澄の肌は冷たい水の中にいたせいか、赤くなっていて、どこか痛々しい様子をかもし出している。


「あっそ。で?そろそろ行かないとまずいだろう?」


「風に送ってもらうから平気」


 澄は身支度を整えながら答える。澄が軽く指を鳴らすと生暖かい風が澄の体を包み込み、ぐっしょりと濡れていた髪の毛の水分が一切無くなった。


「見られないように気をつけろよ」


「解っているよ」


 小さく笑みを浮かべた澄に置いて行かれないように、オーディは慌てて澄の肩に飛び乗る。


 オーディが飛び乗るのと、澄とオーディがその場から姿を消すのはほぼ同時だった。あと、その場に残されたのは何も話さぬ木々のみである。








 ぼんやりとかすんでいるようにさえ見える学校と生徒たちに澄は思わず顔を顰めた。あまりの様子に目をしばたたく。この街全体があまりいい雰囲気を持っていないが、それにしてもこの学校はひどすぎる。もう学校中が飲まれているような気がする。


 この様子にさすがのオーディも肩の上で体を強張らせた。澄は大きく深呼吸をして学校に足を踏み入れる。心情としては敵地に足を踏み入れる武将のような感じだ。


 澄はしばし考え、パチンと指を鳴らす。体の周りに目には見えない綺麗な空気が渦巻くのを感じてから、案内図を頼りに職員室を探す。


 ここ、青葉学園の職員室は5階にあった。エレベーターが無いため階段を上がりきったころには軽く息を乱していた。


「はぁはぁ・・・・。すみません、今日から転入してきた愛染澄といいます」


 職員室で一声かけると、無数の好奇の視線が澄を指した。その視線には好意的な様子は一切無い。


「私が担任の野々宮杏里」


 杏里の周りにはかなり濃い色があふれている。全体的に見てもすごいが、一人ずつはよけいにすごい。この学校の中でもしもひずみに飲まれていない人間がいるとすればそれは軌跡以外の何者でもない。


 杏里が、澄を一瞥すると、それ以上何も言わずに職員室を出て行ったので、澄も慌ててそれを追いかけた。


 杏里の様子を・・・澄の銀色の髪の毛にも、肩に乗っている黒猫にも気がついたようすのない。


「もう・・・手遅れなのかな?」


 小さな声は杏里には聞こえず、真横の相棒はニャーと一度声高に鳴いただけだった。それでも、もう手遅れなのではないかという思いが澄の頭を支配していく。






「あなた、いつまでそこに突っ立っているつもり?早く席に着きなさい」


 教室に入るなりいきなり言われた言葉に澄は一瞬戸惑ったように杏里を見た。紹介も、座る場所の説明も何もなしに、この空気の中に転入生を放り出すなど本来ありえない。それをやる彼女に文句を言ってしまいたいような気がするが、それが無駄な事を澄はよく知っている。それに、あまり係わり合いにならない方がやりやすい。


 生徒のほうへ目を転じた澄は思わず叫び声を上げそうになった。黒いものに包まれた生徒の中に、正常な気を発している男がいた。この空気の中で正気を保てる人間を澄は始めてみた。


「ここ、いい?」


 その少年の周りには四方八方すべての机が開いている。その理由は簡単に思い至る。その状況に一瞬吐き気を覚えた。


 澄の声に反応をした少年は驚いたように澄の髪の毛を見つめた彼は、やがてコクリと頷いた。


「・・・・転入生だよな」


「そう。自己紹介できなかったけど、愛染澄。よろしく」


「笹原源。よろしくな。・・・ここはこういうところだから、まともな扱いは諦めた方が・・・・」


 カツンという音と共に源の机でチョークがはじけた。杏里が物凄い形相で睨みつけてきていた。


「授業を受ける気が無いのなら、出て行きなさい」


「・・・どうもすみません」


 澄はすぐに返事をしたが、その声が硬くなってしまうのは仕方が無いだろう。この闇に簡単に負け、それ以外の人間を迫害する権利などありえないのに。


「愛染、俺の従妹に会ってくれない?」


「え?」

 突然、源に言われた言葉に澄は驚いたが、彼の真剣な表情をながめ、軽く頷いた。


「わかった。・・・・明日、放課後に教室に連れて行く」


 一方的に取り付けられたその日時を澄はすぐに受け入れた。真剣な顔、そんな彼を見ていると、何か重要な事実を知っているのではないかという、気がする。


 ガッ


 鋭い音と共に目の前の源が倒れこんだ。痛みで呻いている源と辞書を投げたであろう杏里を交互に眺める。


「笹原君。大丈夫?保健室行ったほうが・・・・」


「あなたたちは、授業を聞く気が無いわけ?」


 冷たい声が澄の言葉を遮る。澄は軽く溜息を吐き、彼女に目を向けた。その表情からは彼女が何を考えているのかうかがい知る事が出来ない。


「笹原君が怪我をしたので保健室に連れて行きたいのですが」


「駄目よ。授業が終わってからにしなさい。・・・自業自得でしょう?」


 普通は授業中に辞書など飛んでこないのだから、自業自得とはいえないような気がする。腰が浮いた澄の体を源が押し留める。


「俺は大丈夫だから」


 源を暫く眺めていた澄は漸く、頷いて席に腰を下ろした。大丈夫だとは思えないが、本人がいいという以上はどうしようもない。

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