エピローグ:新たな世界
ピンポーン、けたたましいチャイムの音に紗依李がパンを喉に詰まらせ、軽くむせた。その背中を源が軽く叩いてやる。
「大丈夫か?」
「もっちろん。・・・・早く行こ!?」
パッと笑みを浮かべると小走りに玄間に向かう。それを源はほっとしたような表情で眺めた。あの時はもう、二度とこんな日が来ないかと思っていたのに。再び紗依李の笑顔を見ることが出来た。それに・・・・。
「源~~~!?早く~~~。澄と香織先輩が待ってるよ!?」
「今行く」
小走りで玄間に向かった源に澄が呆れたような表情を浮かべた。
「また、こっちに居たの?何かあなた達、本当に夫婦みたい」
「いっそもう籍入れちゃえば?」
にこりと笑う香織は、本当に暖かな笑みを浮かべていて、本当に綺麗だった。あの“水原香織”にこんな表情が出来るとは思ってはいなかった。
「まだ無理でしょう?源は18歳になっていないし」
クスクスと笑う澄の顔の横で真っ黒な髪の毛がサラサラと揺れた。
「冗談よ、冗談。澄って本当に冗談が通じないわよね」
「私に普通の人間を求めないで。」
軽く息をついた澄は、ふと口をつぐんだ。もうじき交差点に指しかかろうとした時、信号待ちをしていた学生服の男がふりむいた。見覚えのある顔が、そこにいた。
「オーディ・・・・・・・」
「久しぶり」
軽く口角を上げるようにして笑った彼は、澄がよく知るオーディこと、ゼウスそのものだった。
「オーディ!?」
飛びつくように抱きついた澄をオーディが抱きとめる。その様子を彼らは楽しそうに眺めた。
「よかった、澄のあんな顔久しぶりに見たよ。」
紗依李の言葉はそこに居るすべての人間の想いを代弁している。
「最後の最後で、やってくれたわね」
水鏡から下界を見下ろしていたアテーナーがどこか嬉しげに微笑んだ。タンタロスは最後にすべての魔力を開放した時に三つのとんでもないことをしてくれた。
一つ目は、オーディが覚悟していた“咎”を無にする事。いや恐らくはタンタロスが肩代わりしたのだろう。そして、二つ目は澄とオーディに人間としての生を与える事。その代償は決して安くは無いが、それでも、今笑っていられる事は幸せだと思える。そして、最期にすべてのひずみを消してしまう事。
アテーナー達はそこまでのことを期待していたわけではない。これが終われば澄とオーディは再び終わり無い旅をするはずだった。その全てをタンタロスが命を賭けて終わらせた。
「ゼウス、これでよかったの?」
「・・・・・・・仕方がないだろ。タンタロスの抜けた穴は埋めなければならない。あの三人は三人揃って漸く一人前の力が使えるんだからな。」
そう、その代償は・・・・・・・・・澄、紗依李、香織の三人の人としての生を終えた後の永遠の時。その大きな代償を払うに値するだけの幸せな時を過ごしてほしいと、アテーナーもゼウスも心から願う。
「「澄、紗依李、香織。どうか幸せに」」
ゼウスとアテーナーの声は彼らには届かない。
完結です。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。多分この話しはもう書かないと思います(何年も前に書いたもので、既に設定とか頭に残ってないので・・・)
少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。




