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Dark Town  作者: 白雪
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9:闇の力

 源は気がつくと見覚えのある場所に立っていた。小学校の屋上。体はまるで重力を持たないかのようにフワフワと浮いていて、これが夢なのか現実なのか判断する材料を今の源は持たない。


 屋上には数人の子供達が居て、校庭からは歓声や楽しげな笑い声が響いてくる。だが、そこにいる誰もが源の存在に気がついてはいない。


 カチャッと扉の開く音がして一人の少女が屋上に顔を出した。そのとたんあたりに響いていた歓声も笑い声も消えた。まるで何も、誰も居ないかのように静まり返っている。だが、そこから人が消えたわけではなく、全員が息をつめてその扉に立つ少女へと目を向けている。


 その少女の顔を見た源は掌が汗ばみ、服でぬぐう。それでも、緊張の汗は次から次へと溢れてきた。


 そこに立っていたのは紗依李だった。あの頃の紗依李が、あの頃と同じように何の感情も写さないガラス玉の瞳で彼らを見ていた。


 これは夢だ。あの時の・・・記憶の彼方に消し去ってしまいたいあの時の夢だ。現実であるはずがない。


「紗依李!?駄目だ!?入っちゃ駄目だ!?帰れ・・・・帰れーーー!?」


 源は出せる限りの大声を紗依李に吐き出した。だが、源の声は届かない。掴もうと伸ばした手も、紗依李にふれる事は出来なかった。


 黙っていた一団から1人の少年が前に出てきた。自分が間違っていないと、自分は正しいのだと信じていたあの頃の幼く愚かだった自分が、紗依李に冷たい目を向けている。


「なぁ、お前、化け物なんだろ?母さんも叔母さんも言ってるじゃん。・・・・ここから飛べよ。化け物なら大丈夫だろ?」


 残酷な言葉をとめたくて、過去の自分に手を伸ばすがやはりふれる事は出来ない。源はそれ以上見ていることも聞いている事も出来ずに目を閉じ、耳を塞いだ。これから何が起こるかわかっている。忘れた事なんてただの一度もない。


「いいよ」


 目も耳も塞いでいるのに、映像は源の頭の中に溢れてきて、声が耳の奥から聞こえた。


 紗依李が屋上に足を踏み入れると全員が道を開けた。あの時の源は紗依李が化け物とは思っていても、屋上から飛び降りて無事で居るはずが無いこともわかっていた。そして、飛ぶわけが無いと高をくくっていたのだ。飛ぶのをやめた時に罵りの言葉を吐くつもりで待ち構えていた源は、何の感情も写さないその目で源を見たまま、屋上から下へと飛び降りた紗依李に恐怖を感じた。いつもの嫌なものではなく、そしてとても自分勝手な恐怖を。


「俺・・・人殺しになっちゃったのかな・・・」


 あの時心の中で呟いた声が、今の源に聞こえてきた。まるで攻め立てるようなその言葉に源はグッと息を呑んだ。


 よけいに目と耳を塞ぐと、急速にあたりの音が消えていった。











「ねぇ、苦しいでしょう?忘れたいでしょう?・・・この手を取りなさいよ。そしたら、全てを忘れさせてあげる」


 源の耳に鈴のようにリンと響く女の声が聞こえた。あざ笑うかのように語りかけてくる。目を開けた源は何も無い真っ暗の空間にいた。上も下も何も見えないのに、不思議と自分の体だけは見ることが出来た。


 目の前に居る女もまた目に入った。長い髪の毛の彼女に覚えがある。2学年上の先輩、水原香織だ。学校にいる時のような恐ろしい表情ではなく笑みを浮かべている。だが、その笑みは綺麗なものとは違い、背筋が凍るような恐ろしさをはらんだものだった。


「・・・さあ、何も知らなかった。幸せだった時に戻りなさい」


 香織はそっと手を差し出すと源の手を握った。まるで氷のようにつめたいその手の力は驚くほど強く、振りほどく事が出来ない。


「さあ、幸せだった時に」


 同じ事を繰り返す香織の言葉が源の中に響いた。


 幸せでそして、愚かだったあの時の感情が、想いが源の中に溢れてくる。








「あそこから落ちてもまだ生きているなんて・・・・」


「何てあつかましいの」


「本当にあの化け物はおぞましい」


 母と叔母の言葉が源の耳に入ってくる。娘が死ななかったその事実にショックを受けている叔母や母の姿に吐き気がした。母は自分の子供である源が死に掛けても同じ言葉を投げかけるのだろうか。絶対に言ってはいけない言葉を彼らが口にしている事は幼い源にもわかった。


 だけど、源はそれを咎める事は出来なかった。何も映らないその瞳で源を見据えたまま、足を離した紗依李の姿が頭から離れない。紗依李にとっては源も、母も叔母も同じ。紗依李の心を殺し、傷つけてきたのは源なのだ。


 グッと息を吸い込んだ源は、またあの瞳で見つめられる事を覚悟して扉を開けた。許されないかも知れないけれど、謝って、もう二度としないと誓うつもりだった。


「あなた、だぁれ?」


 そんな決意を・・・自分勝手な決意を固めた源を待っていたのは予想外の言葉だった。紗依李の目には色がある。人形の様だった紗依李が人の子のように微笑んでいる。紗依李の笑顔を見たのは初めてだった。


「・・・私のお友達なの?」


 源の目から涙が溢れてきた。紗依李は辛かったときを、過去を忘れてしまった。それは紗依李にとってはいいことだったのかもしれないが、それでも、源は自分の罪を・・・決して許されない罪を意識した。紗依李は自分自身をこんな目に合わせた張本人を前にして、笑みを浮かべている。


「どうして、泣いているの?誰かにいじめられたの?」


 源はよけいに涙をこぼした。


「・・・・・めん・・・・。ごめん・・・紗依李。・・・俺、守るよ。もう絶対に酷い事はしない。紗依李を守る」


「?ありがとう」


 一瞬きょとんとした紗依李はまるで太陽のような笑顔で源に笑いかけた。その時、源は誓った。二度と紗依李を裏切らない。絶対に紗依李を守る。











「俺は・・・・誓ったんだ。紗依李を守るって誓ったんだ!?」


 源は響く香織の声を振り払うかのように大声で叫んだ。


 その声に反応して、大きく風が流れ・・・息苦しいほどの闇が遠退いていくのがわかった。


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