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【《阿呆》】

作者: 梳倉 馨
掲載日:2026/10/05

 よく考えてみれば、それは気づくはずもない事象だった。

 しかし、周りと自分の状態との【乖離】が、その存在を否応なく暗示していた。


        ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


 初めて違和感を覚えたのは高校二年生の秋のことだった。

 

 仲睦まじく談笑する二人の友人が帰り道を先行くのを発見し、私はぱっと顔を明るくして──きっと外から見たらそう見えたはずだ。私自身には私自身の顔を客観的に観察する術はない──彼女らの間に『やっほ』と顔を出した。

 彼女らは少し驚いて、刹那、可憐な笑顔を頬に浮かべて私を迎え入れてくれた。

 

『《八代先生》、《えも先》に告ったらしいよ。三年片思いだって。』

『え、あの真面目な? まあでもわかるかも。《えも先》可愛いもんね。教員同士での結婚とかまあまあ聞くし。《八代》なんて告ったの? 』

『普通だったらしい』

『は? ふざけんな。そこは “あなたを思わないことなどできようか?いやできない。” だろ! 普段授業でやってるやつ! 面白くなー! で? 《えも先》どう返したの? 』

『なんかおしゃれなイギリスの詩を引用(quote)したらしいよ。私の心を隠したって、日食の時間がすぐに終わってしまうように、きっとすぐさまあらわになってしまうのでしょうね、みたいな。』

『え!? まじ!? OKだったんだ!? アツ。ていうかquoteて。エモすぎ。さすが《えも先》、『エモい《江本先生》』だわー。《八代》には勿体無いじゃん。ほんと英語好きだよね、《えも先》。』

『もはや英語と《八代先生》のどっちが好きなんだよってね。』

『いやウケる。』

 

 彼女達の話ぶりは、話題に上げられた人物が私を含め、並び歩く全員の共通した知人であることを前提としているもののように感じられた。

 

『……しず? 話しかけてきた割に静かじゃん。どしたん? 話聞こか? 』

 

 自身の名前が脳裏に共鳴して、はっと私は我に帰った。

 咄嗟に友人に向けて即席の笑顔を縫い合わせようとしたが、綻びが目立って却って惨めな姿を晒してしまった。

 

 私の頭には、《八代先生》という人物と、《えも先》という人物が確かに存在していた。

 しかし、思い出そうとすればするほど、彼女達の話していたその人物とはどうも似ても似つかない人物が私の頭に描かれていたのであった。

 

 私にとって《八代先生》とは、柔和で老齢な地理教師であった。彼の優しい声音が生徒の睡魔を呼び起こし、『《八代》あれば安眠を案ずること無し』とはよく言ったものである。

 しかしながら、彼女らの話から推察される《八代先生》は、まだ結婚もしていないような若い人物であり、反語を用いなかったことに対して友人が憤っていたことから、国語教師であると思われた。

 

 私にとって《えも先》とは、《江本奈緒子》という元気溌剌な体育教師の略称を指すものだった。

 彼女は本を読む時間があれば走っていたいというような人で、以前電車内で彼女が自己啓発本を手にしていたという噂が流れた時は、それはそれは大騒ぎになったのであった(実際、それは《えも先》ではなく、《えも先》の姉であったことが後々本人から明らかにされたのであるが)。

 しかしながら、彼女らの話の前提とされていた《えも先》は、イギリスの詩を告白の返しとして引用してくるような文化的な人物だという。

 

『いやっ……あーあの、《八代先生》といえば、明日までの課題があったなーって思ったら絶望に頬が固まっちゃって……』

『は? あれ先週からの課題だったじゃん。まだやってないの? 』

『私はやりました。』

『え、嘘、忘れてたの私だけ? 』


 もはや信用のならない記憶が的を射ることにかけ、身近な話題を振ってみれば、見事に彼女達の記憶と合致させることができた。私は安堵した。


『え、意味わかんな。なんでほっとしてるの? 』

『ほんと、しずって《阿呆》だよね〜』


 ケラケラと笑う彼女達を横目に、私はただぎこちなく笑うことしかできなかった。

 

 翌日、実際に授業に参加してみれば、《八代先生》は若く細身の男性国語教師で、《えも先》は長く艶のある髪を巻いた麗人であり、その事実を私は何の違和感もなく受け入れていた。

 課題を乗り切ることができたか否かは、この場で触れる必要がないので触れないでおこうと思う。


        ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


 後から思い返してみれば、よくも十七年という長い間、その異常性に気が付かずのうのうと生きていられたものだと、自身の《阿呆》らしさに苦笑せずにはいられない。

 自分が《阿呆》なのは事実だ。『《天然》だよね』『《ドジ》だよね』と言葉を変えれば多少は聞こえが良いのかもしれないが、その実態は『お前は物事を事細かに観察し吟味して行動に移すおつむが足りていない』ことを暗に示す表現である。

 当時の自分はそんなことさらさら考えてもいなかったのであるが。

 

 しかし、この事象に関していえば、自身の《阿呆》が原因究明の遅れを招いた大きな要因でないことは弁明しておきたいのである。

 自身の体裁を保つためなどといった世俗的な理由ではない。

 これは構造上、どんな英才にでも抗えぬであろう特徴が付随しているのだ。

 被験者が私しかいないので確固たる事実として提示することはできないが、それでも『俊才ならば稚児の状態で気がつけたであろう“これ”を、お前は十七にもなって初めて……』と言われる筋合いはないと、私の直感がそう告げている。

 

 それは【抹消】だった。


 違和感の【抹消】。

 現状と【乖離】した記憶の【抹消】。


 現実に用意された状況と自身の記憶を天秤にかけ、私の頭は迷わず現実を汲み取っているようであった。

 本当のことかもわからない自身の記憶に縋り付いて世界から遊離していく方が悍ましいので、そうではないだけまだましなのかもしれない。

 ただ、自身の状態を後から客観視する術が封じられているということは、筆舌に尽くしがたいようなもどかしさ、胸の奥で虫が這うような心境を起こさせたのもまた事実である。

 

 いや、大事なことであるので今一度ここに提示するが、この心境を味わう術を本来私は持たぬはずであった。

 しかし、私に【抹消】を促す何らかの仕組みは、私の一人分の人生を抱えて全て面倒を見るには、いささか容量が足りなかったらしい。

 その【抹消】の構造は、時折エラーを起こす。

 私が今この瞬間にもあの十七歳の時の【乖離】の違和感を覚えているのを一例に、私の人生の中で違和感がうまく【抹消】されなかった記憶がぽつりぽつりと存在しているのだ。


        ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


 高校三年生の初め、私は担任と二者面談を行った。

 大学受験に向けて、志望校の設定と現状の勉強状況の確認を名目に行われた面談は、今までの面談と異なり、ピリッとした堅い空気に包まれていた。

 

 私は元来担任との面談を嫌う類の人間ではない。

 教師になることを志す人物はそれ相応の思想と経験を含有していることが多い。

 そもそも“大人”というステータスを当時の私は持っていなかったがために、『隣の家の芝は青い』と言うように、教師の人生や思想を垣間見ることのできる対話の場が合法的に用意された面談の場は、私にとってむしろ快いものであった。


 あの面談の後も何度か面談は行ったが、あの面談だけは私に痛切な傷を残した。

 

『土本、オープンキャンパスとか行った? 志望校決まってる? 』

『あ、去年行きました。《◯◯大学》が結構面白そうかなって思って。私、《民俗学》の方興味あるんですけど、その大学の《民俗学》関連の授業受けて、もっとここで勉強したいって思ったんです。』

『ほーん。いいじゃん。まあ土本に関しては勉強もうちょっとやんないとだけどな。頑張れ頑張れ……』


 担任が額にかかる前髪を無造作にかきあげてパソコンの画面を開き、何かを素早く打ち込む音を面談室に響かせる。

 数秒間、部屋に沈黙が落ちる。

 私は前述した堅い空気に肩をこわばらせ、ただ担任の眼と眼の間を見つめていた。眼と眼の間が不意に盛り上がり、担任の口が開かれた。

 

『お前それ、別の学校の話してない? 』


 そんなはずはなかった。

 自分が感動した授業を提供してくれた大学の名を間違えるなんて、それこそ自分の《阿呆》らしさに、もはや笑いさえ忘れてしまう。

 しかし、教師の指し示す《〇〇学校》のシラバスに、《民俗学》の文字はなかった。

 

 私は面白いことを手帳に書き残す習慣があった。

 確かあの授業の内容も手帳にメモをとったはずで──と手帳をぱらっとめくってみると、そこに記されていたのは《〇〇大学》の名と、《言語論》に関しての授業内容であった。


『あ、先生間違えました。《民俗学》じゃなくて、《言語論》でした。』

『いやお前、どういう間違え方してんだよ。』

 

 担任教師はふっと吹き出して訝しげな表情をかき消したが、私の心の中には違和感が鉤爪となって食い込んだままであった。

 

 《民俗学》の講義の内容を覚えている。

 どんな伝承が伝わり、この地で何が起こったことを示し、それが人間の本質を掴むことにどう繋がるかといった話を、覚えている。

 逆に、手帳に記された《言語論》の内容は、全く身に覚えがない。初出の情報ばかりで読んでいて面白いくらいだった。

 記された筆跡は特徴的な私の字そのものであったから、私がこのメモをとったことに変わりはないのだろう。

 ただ、記憶が合致しないと言う点だけが、あの時は不可解であった。

 

 しかしまた、その日のうちにメモの内容を今一度読み返してみると、どうも自分が受けた授業はやはりこれで、そして自分は《民俗学》ではなく《言語論》に興味があると納得がいくのである。

 私は浅くため息をつくと、手帳をぱたりと閉じて物思いに耽った。


        ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


 その後、私は勉学に励み、見事《〇〇大学》の門下をくぐることに成功した。

 不本意なことではあったが、私は大学でも持ち前の《阿呆》を晒し続け、そのおかげでほどほどの人数の友人を獲得するに至った。

 

 人間という生き物は、あまりにも完成された神のような人物よりも、むしろどこかしらの欠損のある人物に同情の念を抱く。

 共感か、自己より下を見ることへの安心か。判断材料は無数に存在するが、わざわざそれを確定しようと意気込むほど研究者気質でもない。

 それに、その種の“悪い方”の答えが存在する問いを、平々凡々ながらにも解決しようと克己奮励するのは自分の立場を弁えぬナンセンスな行為であると、私はそう思うのである。

 

 大学でも幾度か事象と記憶の【乖離】が起こった。

 その度に私は足りない頭を必死に動かしてその場を切り抜け、そこでも《阿呆》のレッテルは活躍してくれた。

 故に周囲からの私の印象──こちらも私という色眼鏡を通して観察した故に打ち立てた仮想にすぎないが──は、ただ抜けたところのある普通の暮らしをしている人間、自分という人生の映画の背景に映り込み、ちょっと目立つ行動をして観客を笑わせる程度のサブキャラクターくらいであったのだろうと思う。

 

 しかし、その人自身にとってその人の人生は視点の変わらぬ壮大な映画であるように、私にとっても私の人生は私の視点で展開される壮大な映画なのだ。

 

 それも、【乖離】と【抹消】という気味の悪い現象を伴った、ある種異質で不条理な映画である。


        ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


 大学一年生も終わりの頃のある日、深い眠りからの覚醒が、私に驚愕をもたらした日があった。

 

 瞳にかかる瞼を持ち上げると、眼前に広がる天井は知らないもので、下方に目を見向けてみればそれは《自分》の体でなく、寝台の横に繋がれた携帯の黒い画面に《自分》の顔を映してみても、《自分であるはずの人物》に全く覚えがなかったのである。

 かといって、今までの《自分》がどうであったかも曖昧で、しかし内在する断片的な記憶に自身のそれが一片たりとも含まれていないことも事実で、ただ混乱と不安に身を縮こませることしかできなかった。

 数秒、数分、数十分が経ってくると、ようやく身体の震えがおさまり、やっとその場から立ち上がることができるようになった。

 

 部屋の隅に化粧台が置いてあることに気がつくと、それを前に据え置き《自分》の顔をまじまじと見つめた。

 見れば見るほどそれが誰なのかわからなくて、このままどう生きていけばいいのだろうと、ただただ首を捻るばかりであった。

 

 目を閉じ、息を吸って、ふーっと吐く。

 《自分》の心から不快な蟠りが糸となり、口をつたってするりと逃げていくように感じた。

 

 目を開いた。覚悟の決まった顔をした、《知らない人物》がそこにいるはずだった。

 

 鏡を介して向こう側にいたのは、見知った部屋の隅で鏡に向かい、意志の据わった顔をした、何の変哲もない、いつも通りの《自分自身》だった。

 

 先ほどから状況が転換された訳ではない。顔も、部屋も変わっていない。

 

 変わったのは明確に《認識》の方だった。

 

 それがまた却って気色悪かった。先ほどまで感じていた違和感はなんだったのか。なぜ感じたのか。


 

 そもそも、あれは私だったのか。


 

 一度治ってくれた肩の震えが再度発現し、私はふらふらと寝台に向かうと、どさりと体をそこに沈めた。


        ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


 あの時感じた違和感は、考えれば考えるほど、《自分》の感覚ではないように思う。

 

 あの人格が《自分》のものでなくて、例えば、誰かの魂か何かが滑り込んできたのだとそう仮定すれば(私は心霊現象などまっぴらごめんという類の人間なのだが)あの現象にも少しは合点がいく。そうでなければ合点がいかない。

 いや、合点がどうとなどという話ではない。むしろ、あれが私であると、認めてしまうことの恐ろしさに、身の毛がよだつ。


 ただ、この事件をきっかけに、私は私に起こる現象を『個性的な諸事情』などと適当に片付けることをやめ、真剣に向き合う覚悟を抱くことができたのだから、皮肉なものである。

 

 端的に言ってしまえば、日記をつけることにした。

 

 《自分》がどんなことを、なぜ【乖離】させているのか、【抹消】されてからでは思い出すことができない。

 【抹消】が起こる前の記憶があれば照合することができる。頭に残らないなら、紙に残してしまえという魂胆である。

 【乖離】と【抹消】が何に対して、どれくらいの頻度で行われるかという点に関しても皆目見当がつかない。

 より深く推察し、うまく対処を施すためにも、まず何が起こっているのかを正確に把握する必要があった。

 

 言ってみれば、自身を実験台とした手探りの研究である。

 なに、古来の科学者も皆手探りで仮説を立て実験し、論証を重ねて現代科学を確立させてきたのだから、実験環境に恵まれていないという訳でもないであろう。

 

 最初は、どんな些細なことでも見逃すまいと一日の内容を思い出せる限りに記していた。

 私は先述した手帳の記録の経験も相まって、短時間で相当量の文章を書くことができた。

 それでも一日に起こる事件や感情の揺れ動き、記憶の詳細の情報量は膨大で、気がつけば二時間の時がすぎていたということがざらにあった。

 

 私は研究を生業としている訳ではない。

 大学に通い、《阿呆》によって抱えた友達との人間関係も継続しなければならない。

 二時間も文字を書くことだけに費やしていられないのである。

 後に【乖離】し、【抹消】されてしまう情報が抜けないよう見当をつけながら、私は情報量を減らす努力を重ねた。

 どんなに頭の弱い私でさえも、《自分》の実生活に支障をきたさない程度の時間で、効率よく自分の記憶を文字に残す方法が確立するには、数ヶ月もあれば十分である。

 

 最終的に辿り着いた方法は、所謂“日記”を書かない、というものだった。

 一日のうちで新しく認識したものの“名称”と《認識》を箇条書きに書き連ねるのだ。

 それで事足りる理由、それは大事なのは“出来事”ではなく《認識》だからである。

 “出来事”が《認識》に影響を与えていくのはまさしくその通りではあるが、最終的な終着点が同じであれば、過程の部分はすっ飛ばしてしまった方が効率が良い。

 

 とはいえ、その境地に辿り着くまでは、ごく普通の日記に如何に情報を詰め込むかということに着眼点をおいてまとめあげていたがため、そちらの技術の成長は著しく感じられた。

 二十四時間考え続け経験した記憶を、数分ばかりで読み返せるように要約する技術は、現代社会において求められる能力と一致する。

 そういう点で言えば私はこれらの現象に恩恵を感じてもいいのかもしれないが、生憎現象が現象なので感謝の念を抱く気は全く起こらない。能力を失ってこの現象を解決できるならそちらの方がどれだけマシなことかとさえ思う。

 

 もちろん、書くだけでは何の意味もない。

 照合して初めて、自身の記憶と現実の現象の【乖離】に気がつき、胸中に違和感が存在しないことから、『ここで【抹消】がおこった』とデータを得ることができる。

 では、どのように照合するか。

 後述の方法で記録した“名称”と《認識》を一つ一つ確認するに限る。極めて面倒臭い作業である。


 【乖離】と【抹消】への対策効率を最大化した最新の日記には、毎日《認識》したものの“名称”とそのものについての“説明”が膨大な数記されている。

 日を変える毎にその“名称”に付記された《認識》の内容が変わっていれば、そこで【乖離】が起きていた、ということが発覚する。


 最初は、もとの《認識》と【乖離】された《認識》のどちらも日記に残すことに対して、微かな不安が胸中に渦巻いていた。

 この一連の流れは、【抹消】の仕組みの理を歪める行為であることに他ならないからである。

 それまでのエラーの経験から、『日記に残す』という作業は《認識》を“現実の事象”とする方法の一つであることが推察された。【乖離】した《認識》までもが“現実の事象”となり、【抹消】が起こらなくなれば、実生活に支障が出るかもしれない。

 しかし、理を歪めなければ正確な【乖離】と【抹消】の実態を掴むことは不可能であることもまた事実であり、その点において私はリスクを負う必要があった。

 仕方なく、私は現実と【乖離】した《記憶》の齟齬が戻らない可能性を受け入れた。

 ただ、記録を続けるにつれ、その心配は杞憂で、私の《認識》は【乖離】する前のものを受け入れていることが後分かった。


 【乖離】と【抹消】はセットで起こる。【乖離】だけが起こること、【抹消】だけが起こることは、現時点で確認できていない。

 いや、【抹消】の発動条件から考えて、《認識》の【乖離】はすでに起こっているが、それに気が付かせる現実の“矛盾”が未だ起きていないがために、【抹消】が起こっていない例も存在する、という可能性は残っている。

 その存在を確かめることは、【抹消】を引き起こすトリガーとなる(と私は現在考えている)ため、不可能なことなのだろうと感じてはいるが。

 

 【乖離】と【抹消】の記録は、積み重なれば重なるほど、その輪郭をつぶさに示した。

 例えば、【乖離】は些細なことから重大なことまで、多岐にわたる記憶に適用され、例外となるものはないこと。

 【乖離】が起こる際は、“外側の記憶”──名称など──には【乖離】前の記憶が引き継がれ、“内側の記憶”──物事の性質や含有する情報など──は別のものに置き換わるということ。要するに、【乖離】の実態は《すり替え》であるということ。

 【抹消】は【乖離】した記憶と現実に矛盾が生じたことをきっかけに、静かに執り行われるということ。

 他人から《認識》についての齟齬が知らされる二次体験──その《認識》について話を聞く、説明を読むなど──で【乖離】を《認識》しても、【抹消】は起こらないこと。

 【抹消】が働かない“エラー”は、一年に一度か二度、不定期に訪れること。そのきっかけは未だによく分からないが。


 また、日記をつけると同時に、現象以外についても理解が深まったものがあった。

 他ならぬ、私自身についてである。

 

 私の大きな特徴《阿呆》についてである。

 

 そもそも、私が《自分》のことを《阿呆》と捉え始めた事には契機がある。

 私は幼い頃から、物事を忘れたり、大雑把に物事を扱いすぎたり、一度言われた些細な──いや、全くもって些細とは言えぬようなことまで頭からすっと抜けてしまうことがよくあった。

 親から叱られ、私と同じく幼き友人らに、歳不相応の苦笑を興させることも珍しいことではなかった。

 日頃から考えあぐねていた割に、何を考えているのかと問われてみれば『忘れちゃったー』などと腑抜けたことを抜かして周りを困惑させ、自身はえへへとはにかんで笑うような、そんな少女だった。

 

 物事を捉える力が足りていない。細かなことまで注力する能力を持たない。どこか抜けている。いや、どこもかしこも抜けている。

 それを的確に指し示す言葉が《阿呆》や《天然》であったのである。

 幾度となく《阿呆》《ドジ》《天然》と言われれば、初めはそう《認識》していなくとも、次第に『そうなのかもしれない』と腑に落ちてしまうものである。

 いつ頃からかだったかは忘れてしまったが、ある時から私は自己紹介に『空前絶後の《あほ》です。よろしくね。』と記載するようになった。間違いなく、あの時既に私は私自身を『《阿呆》である』と《認識》していた。


 しかし、これは【乖離】と【抹消】を記録することに特化させる前の記録から気がついたことなのだが、私は私が思う以上に色々なことを日々小難しく考えているのである。

 何の偶然か必然か、【抹消】によって違和感はかき消されてしまうのだから、【乖離】と【抹消】の一連の流れは私の人生にそう大きな実害を及ぼすわけではない。確かに人生に深く関与する事象ではあるものの、真の《阿呆》ならばここまでがめつく日記をつけ、探究するに至らないだろう。

 

 《阿呆》は自己評価ではない。他者評価を飲み込む形で私の身体の表面に次第に顕現していった、いわば“社会に染められた”部分である。

 私は真に《阿呆》でなく、他者から《阿呆に見えた》だけなのではないかと、私自身を観察して思うのである。


 では、なぜ《阿呆に見えた》のか。


 【抹消】されたからではないか。

 または、《認識》だけに留まらず、思考にさえ【乖離】が手を伸ばしているのではないか。


 以上の仮説は私が今までに見当をつけた【乖離】と【抹消】に新たな一面を──しかも、今まで以上にたちの悪い一面を付与するものである。

 《認識》の中身が変わるだけでなく、そもそもの私の思考や人格にさえ、【乖離】や【抹消】が手を出しているとしたら?


 私は、何をもって【私】を定義すればよい?


 その人を確固たるその人として確立するのは、外見でも環境でもない。

 《経験》だ。


 【私】は、【私】でありつづけることをヒテイされている?


「ガタッ」


 眼前にノートと日記を広げた状態で、【私】は椅子から急に立ち上がった。


 震え、止まれ。おさまれ。違う、違う、落ち着け。


 まだ《仮説》だ。まだ《事実》じゃない。

 

 そもそも誰が《ヒテイ》するのだ。何人だって《自分》の好きに生きる権利は持ち合わせているはずで、それが保障されているはずで、


「その情報はどこからきた? 」


 【私】の口が勝手に動く。

 気づいてはいけない。そう思ってはいけない。


「それさえも、都合のいいように【乖離】して、都合の悪い事が【抹消】されただけの可能性は? 」


 そんなことはない。

 だから、そもそも、誰が、好き好んで、そんなことを、


「【乖離】を発見したノートを読んで、違和感があった。」


 違和感があって当然だ。そもそも実態のわからない現象なのだから。


「【乖離】は《すり替え》だと分かった。《すり替え》られたその内容は、どこに起因している? 」


 【私】は、何が、言いたい?


「作り物を《すり替え》ていたとしたならば、妙に現実味を帯びすぎていた。」


 【私】は、【誰か】と?


「それとも、【世界】と」


 混じり合って


「溶け合って」


 【私】という

 【土本 淪(しず)】という《個》は


「【世界】に存在する全ての《個》が」


 その境界を無くし


 

「マジリアウ」

 


 【私】は、【私】でありたい

 【私】は、【世界】と認識を違えていたい

 【混じり合い】たくない

 【混じり合い】たくない

 【混じり合い】たくない

 【混じり合い】たくない

 【混じり合い】たくない

 【混じり合い】たくない

 【混じり合い】たくない

 【混じり合い】たくない

 【混じり合い】たくない

 【混じり合い】たくない

 【混じり合い】たくない

 【混じり合い】たくない

 【混じり合い】たくない

 【混じり合い】たくない

 【混じり合い】たくない

 【混じり合い】たくない

 【混じり合い】たくない

 【混じり合い】たくない

 【混じり合い】たくない

 【混じり合い】たくない


 あ、今、【私】の《認識》が、一般論と、【乖離】して──



 

「ぷつん」


         ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


 私は、【《阿呆》】な人間だ。

 なぜここに来たのか、何をしに来たのか、また忘れてしまった。

 この世界には《若年性認知症》とやらが存在するらしいが、その可能性を疑ってみてもいいかもしれない。


 【《阿呆》】は厄介であり、これは中々大声で人に伝えることはできないが、【《阿呆》】だから許されることも多分にある。

 【《阿呆》】によって得られる恩恵が無いわけではないから、複雑な心境である。

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