『面白いけど不採用。——穴を掘る男の最終面接』(昼行灯電波監視官スピンオフ)
――長野市朝日町。
庁舎の窓から見える冬空は、いかにも公務員的な色をしている。
つまり、曇天だ。
総務省長野総合通信局――の三階、第一会議室前。
三条弘美。
総務部総務課人事係長。三十七歳。
今日の彼女は、面接担当の裏方である。
会議室の扉の前に、就活生が一人、背筋を伸ばして座っている。
内野俊一。
長野県内某私立大学薬学部卒業見込み。
(薬学部……?)
三条は受付で履歴書を確認したときから、ずっとその一文字に引っかかっていた。
(うち、薬作ってたっけ? 電波、ですよ?)
無線局の免許、電波監視、電気通信事業法、放送法。
錠剤もカプセルも出てこない。
しかし、国家公務員一般職(大卒程度・技術系)という枠は広い。
理系なら受験可能だ。
「内野さん、どうぞ」
三条が声をかけると、青年は静かに立ち上がった。
「失礼します」
声は低く、落ち着いている。
顔は真面目。黒縁メガネ。姿勢も悪くない。
(見た目は普通。むしろ好青年)
扉を開けると、奥には三名の部長。
総務部長・摂田屋。
無線通信部長・柏崎。
情報通信部長・小木。
この三人が、本日の面接官である。
摂田屋は書類を軽くめくりながら頷き、柏崎は腕を組み、小木はメモを構えている。
いずれも、感情の起伏が極端に少ない三人だ。
(淡々トリオ)
三条は内野を中へ通し、静かに扉を閉めた。
――本来なら、ここで人事係は退室してもよい。
しかし今日は議事録補助という名目で、扉の外の控室に待機している。
ドア一枚隔てただけ。声はよく聞こえる。
(さて……薬学部の彼は、どんな志望動機を語るのかしら)
面接が始まった。
「志望動機をお願いします」
摂田屋の声は、いつも通り低く平板。
「はい。社会の基盤を支える仕事に携わりたいと考え、志望いたしました」
(優等生テンプレ)
「具体的には?」
柏崎。
「電波は目に見えませんが、生活の隅々まで行き渡っています。その見えない部分を支える点に魅力を感じました」
(……悪くない)
三条は思わず頷きかけた。
続く質問も無難だった。
研究内容。
チームでの役割。
困難をどう乗り越えたか。
内野はすべて、感情の波をほとんど出さず、静かに答える。
(声のトーン一定。心拍数一定。まるで心電図が一直線)
だが問題は、その後だった。
「休日はどのように過ごしていますか」
小木が尋ねる。
一瞬の沈黙。
「穴を掘っています」
会議室の空気が、ほんのわずかに揺れた。
(は?)
三条は控室で固まった。
摂田屋が一拍置く。
「……穴、とは?」
「地面に穴を掘っています」
静かだ。
真顔だ。
(いやいやいやいや)
柏崎が淡々と続ける。
「どういった目的で?」
「特に目的はありません」
(目的ないの!?)
「掘った後はどうしますか」
摂田屋。
「危ないので、埋めます」
沈黙。
(そりゃそうだ)
「……なぜ掘るのですか」
「掘りたくなるからです」
(衝動!?)
三条は思わず壁にもたれた。
(ちょっと待って。これ、録音残るのよ? 公文書よ?)
だが面接官たちは、動じない。
柏崎がメモを取りながら言う。
「掘る際に、計画は立てますか」
「はい。周囲に人がいないことを確認します」
(そこはちゃんとしてる!)
「深さはどの程度ですか」
「その日の気分によります」
(気分で地形変えるな)
「最大でどのくらい掘りましたか」
「胸の高さほどですから…1m40cmくらいです」
(結構深いな!?)
三条の脳内ツッコミが追いつかない。
「穴を掘る行為から、何を学びましたか」
小木の声は、依然として穏やか。
(そこ、掘り下げるの!?)
「掘ると必ず崩れる、ということです」
「……ほう」
「側面は常に崩落の危険があります。慎重に掘らなければなりません」
(急に教訓)
「埋め戻す際は?」
「掘るより時間がかかります」
(人生論?)
「一度掘ったものを本当に元に戻すのは、想像以上に労力が必要です」
会議室に、わずかな沈黙。
三条は天井を見上げた。
(なんかそれっぽいこと言い出した)
摂田屋が言う。
「失敗したことはありますか」
「あります」
「どのような?」
「途中で雨が降りました」
(天候リスク管理!)
「どう対処しましたか」
「翌日、様子を見てから埋めました」
(自然に委ねるタイプ!)
面接はなぜか続く。
「なぜ薬学部から総合通信局を?」
柏崎。
「物質と電波は異なりますが、どちらも見えにくい存在を扱う点で共通していると考えました」
(今うまいこと言ったつもりだな)
「薬学の知識はどう活かせますか」
「穴を掘るときの体力維持に役立ちました」
(そこに帰るな!)
だが小木が真顔で頷く。
「健康管理は重要です」
(真面目か!)
さらに質疑は進む。
「チームワークについて」
「基本は一人で掘ります」
(協調性ゼロ宣言)
「誰かと掘ったことは?」
「一度だけあります」
(いるの!?)
「意見が対立しました」
「どのような?」
「深さについて」
(掘りたい派と浅め派!?)
「どう解決しましたか」
「別々に掘りました」
(分裂解決!)
三条は内心で叫んだ。
(お願いだから誰か笑って! 空気を戻して!)
しかし面接官三名、微動だにしない。
摂田屋が静かに言う。
「あなたにとって、穴とは何ですか」
(哲学始まった)
「可能性です」
即答だった。
(え)
「掘る前は何もありません。しかし掘ることで空間が生まれます」
会議室の空気が、ほんのわずかに変わる。
「埋めれば、元通りです。しかし掘ったという事実は残ります」
(なんか深いこと言ってる風)
「公務員として、どのような穴を掘りたいですか」
柏崎。
(やめてその比喩広げるの)
「制度の隙間を見つけ、問題点を明らかにしたいと考えます」
(……あれ?)
「そして危険であれば、埋めます」
(まとめた!?)
沈黙。
時計の秒針が聞こえる。
「最後に、自己PRを」
摂田屋。
「継続力です。掘り始めた穴は、必ず埋めます」
(そこ大事なの!?)
「途中で投げ出したことはありません」
(評価ポイントそこ!?)
やがて。
「本日の面接は以上です」
摂田屋の声。
「ありがとうございました」
内野は一礼し、退出した。
三条は扉を開け、彼を廊下へ案内する。
「お疲れさまでした」
「ありがとうございました」
彼は深々と頭を下げ、静かに去っていった。
(……本当に掘るのかな、今日も)
エレベーターの扉が閉まる。
三条はゆっくり会議室へ戻った。
三名の部長が、書類を見ている。
沈黙。
最初に口を開いたのは柏崎だった。
「面白い」
小木が頷く。
「着眼点は独特です」
摂田屋が腕を組む。
「継続力はある」
三条は内心で身構える。
(まさか……採る気?)
柏崎。
「現場に配属したら、空き地が減るかもしれない」
(ダメだろ)
小木。
「危険箇所を埋める姿勢は評価できる」
(比喩に引っ張られてる!)
摂田屋は、ゆっくりとペンを置いた。
そして。
「……面白いけど」
一拍。
「三条さん…不採用通知出しといて」
三条は一瞬、目を閉じた。
(ですよね)
「総務課で手続き頼む」
「承知しました」
声は冷静。
心は全力で頷いている。
会議室を出ながら、三条は思った。
(穴は埋められる。でも採用枠は埋まらない)
廊下の窓から、曇り空が見える。
(あの子、どこかで元気に掘っててね)
デスクに戻り、パソコンを立ち上げる。
テンプレートを開く。
件名:採用試験結果について。
カーソルが点滅する。
三条はキーボードを打ちながら、小さくつぶやいた。
「……可能性、か」
画面に表示された文面は、いつも通り事務的で、感情のかけらもない。
しかし彼女の頭の中には、妙に真剣な顔でスコップを握る青年の姿が浮かんでいた。
(次は、ちゃんと目的ある穴を掘りなさいよ)
送信。
それで終わりだ。
総務省の一日は、何事もなかったかのように過ぎていく。
そして長野のどこかで、
今日もまた一つ、穴が掘られ、そして静かに埋められているのかもしれない。
――危ないから。




