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『面白いけど不採用。——穴を掘る男の最終面接』(昼行灯電波監視官スピンオフ)

作者: 越路 秋葉
掲載日:2026/02/27

 ――長野市朝日町。

 庁舎の窓から見える冬空は、いかにも公務員的な色をしている。

 つまり、曇天だ。

 総務省長野総合通信局――の三階、第一会議室前。

 三条弘美。

 総務部総務課人事係長。三十七歳。

 今日の彼女は、面接担当の裏方である。

 会議室の扉の前に、就活生が一人、背筋を伸ばして座っている。

 内野俊一。

 長野県内某私立大学薬学部卒業見込み。

(薬学部……?)

 三条は受付で履歴書を確認したときから、ずっとその一文字に引っかかっていた。

(うち、薬作ってたっけ? 電波、ですよ?)

 無線局の免許、電波監視、電気通信事業法、放送法。

 錠剤もカプセルも出てこない。

 しかし、国家公務員一般職(大卒程度・技術系)という枠は広い。

 理系なら受験可能だ。

「内野さん、どうぞ」

 三条が声をかけると、青年は静かに立ち上がった。

「失礼します」

 声は低く、落ち着いている。

 顔は真面目。黒縁メガネ。姿勢も悪くない。

(見た目は普通。むしろ好青年)

 扉を開けると、奥には三名の部長。

 総務部長・摂田屋。

 無線通信部長・柏崎。

 情報通信部長・小木。

 この三人が、本日の面接官である。

 摂田屋は書類を軽くめくりながら頷き、柏崎は腕を組み、小木はメモを構えている。

 いずれも、感情の起伏が極端に少ない三人だ。

(淡々トリオ)

 三条は内野を中へ通し、静かに扉を閉めた。

 ――本来なら、ここで人事係は退室してもよい。

 しかし今日は議事録補助という名目で、扉の外の控室に待機している。

 ドア一枚隔てただけ。声はよく聞こえる。

(さて……薬学部の彼は、どんな志望動機を語るのかしら)

 面接が始まった。

「志望動機をお願いします」

 摂田屋の声は、いつも通り低く平板。

「はい。社会の基盤を支える仕事に携わりたいと考え、志望いたしました」

(優等生テンプレ)

「具体的には?」

 柏崎。

「電波は目に見えませんが、生活の隅々まで行き渡っています。その見えない部分を支える点に魅力を感じました」

(……悪くない)

 三条は思わず頷きかけた。

 続く質問も無難だった。

 研究内容。

 チームでの役割。

 困難をどう乗り越えたか。

 内野はすべて、感情の波をほとんど出さず、静かに答える。

(声のトーン一定。心拍数一定。まるで心電図が一直線)

 だが問題は、その後だった。

「休日はどのように過ごしていますか」

 小木が尋ねる。

 一瞬の沈黙。

「穴を掘っています」

 会議室の空気が、ほんのわずかに揺れた。

(は?)

 三条は控室で固まった。

 摂田屋が一拍置く。

「……穴、とは?」

「地面に穴を掘っています」

 静かだ。

 真顔だ。

(いやいやいやいや)

 柏崎が淡々と続ける。

「どういった目的で?」

「特に目的はありません」

(目的ないの!?)

「掘った後はどうしますか」

 摂田屋。

「危ないので、埋めます」

 沈黙。

(そりゃそうだ)

「……なぜ掘るのですか」

「掘りたくなるからです」

(衝動!?)

 三条は思わず壁にもたれた。

(ちょっと待って。これ、録音残るのよ? 公文書よ?)

 だが面接官たちは、動じない。

 柏崎がメモを取りながら言う。

「掘る際に、計画は立てますか」

「はい。周囲に人がいないことを確認します」

(そこはちゃんとしてる!)

「深さはどの程度ですか」

「その日の気分によります」

(気分で地形変えるな)

「最大でどのくらい掘りましたか」

「胸の高さほどですから…1m40cmくらいです」

(結構深いな!?)

 三条の脳内ツッコミが追いつかない。

「穴を掘る行為から、何を学びましたか」

 小木の声は、依然として穏やか。

(そこ、掘り下げるの!?)

「掘ると必ず崩れる、ということです」

「……ほう」

「側面は常に崩落の危険があります。慎重に掘らなければなりません」

(急に教訓)

「埋め戻す際は?」

「掘るより時間がかかります」

(人生論?)

「一度掘ったものを本当に元に戻すのは、想像以上に労力が必要です」

 会議室に、わずかな沈黙。

 三条は天井を見上げた。

(なんかそれっぽいこと言い出した)

 摂田屋が言う。

「失敗したことはありますか」

「あります」

「どのような?」

「途中で雨が降りました」

(天候リスク管理!)

「どう対処しましたか」

「翌日、様子を見てから埋めました」

(自然に委ねるタイプ!)

 面接はなぜか続く。

「なぜ薬学部から総合通信局を?」

 柏崎。

「物質と電波は異なりますが、どちらも見えにくい存在を扱う点で共通していると考えました」

(今うまいこと言ったつもりだな)

「薬学の知識はどう活かせますか」

「穴を掘るときの体力維持に役立ちました」

(そこに帰るな!)

 だが小木が真顔で頷く。

「健康管理は重要です」

(真面目か!)

 さらに質疑は進む。

「チームワークについて」

「基本は一人で掘ります」

(協調性ゼロ宣言)

「誰かと掘ったことは?」

「一度だけあります」

(いるの!?)

「意見が対立しました」

「どのような?」

「深さについて」

(掘りたい派と浅め派!?)

「どう解決しましたか」

「別々に掘りました」

(分裂解決!)

 三条は内心で叫んだ。

(お願いだから誰か笑って! 空気を戻して!)

 しかし面接官三名、微動だにしない。

 摂田屋が静かに言う。

「あなたにとって、穴とは何ですか」

(哲学始まった)

「可能性です」

 即答だった。

(え)

「掘る前は何もありません。しかし掘ることで空間が生まれます」

 会議室の空気が、ほんのわずかに変わる。

「埋めれば、元通りです。しかし掘ったという事実は残ります」

(なんか深いこと言ってる風)

「公務員として、どのような穴を掘りたいですか」

 柏崎。

(やめてその比喩広げるの)

「制度の隙間を見つけ、問題点を明らかにしたいと考えます」

(……あれ?)

「そして危険であれば、埋めます」

(まとめた!?)

 沈黙。

 時計の秒針が聞こえる。

「最後に、自己PRを」

 摂田屋。

「継続力です。掘り始めた穴は、必ず埋めます」

(そこ大事なの!?)

「途中で投げ出したことはありません」

(評価ポイントそこ!?)

 やがて。

「本日の面接は以上です」

 摂田屋の声。

「ありがとうございました」

 内野は一礼し、退出した。

 三条は扉を開け、彼を廊下へ案内する。

「お疲れさまでした」

「ありがとうございました」

 彼は深々と頭を下げ、静かに去っていった。

(……本当に掘るのかな、今日も)

 エレベーターの扉が閉まる。

 三条はゆっくり会議室へ戻った。

 三名の部長が、書類を見ている。

 沈黙。

 最初に口を開いたのは柏崎だった。

「面白い」

 小木が頷く。

「着眼点は独特です」

 摂田屋が腕を組む。

「継続力はある」

 三条は内心で身構える。

(まさか……採る気?)

 柏崎。

「現場に配属したら、空き地が減るかもしれない」

(ダメだろ)

 小木。

「危険箇所を埋める姿勢は評価できる」

(比喩に引っ張られてる!)

 摂田屋は、ゆっくりとペンを置いた。

 そして。

「……面白いけど」

 一拍。

「三条さん…不採用通知出しといて」

 三条は一瞬、目を閉じた。

(ですよね)

「総務課で手続き頼む」

「承知しました」

 声は冷静。

 心は全力で頷いている。

 会議室を出ながら、三条は思った。

(穴は埋められる。でも採用枠は埋まらない)

 廊下の窓から、曇り空が見える。

(あの子、どこかで元気に掘っててね)

 デスクに戻り、パソコンを立ち上げる。

 テンプレートを開く。

 件名:採用試験結果について。

 カーソルが点滅する。

 三条はキーボードを打ちながら、小さくつぶやいた。

「……可能性、か」

 画面に表示された文面は、いつも通り事務的で、感情のかけらもない。

 しかし彼女の頭の中には、妙に真剣な顔でスコップを握る青年の姿が浮かんでいた。

(次は、ちゃんと目的ある穴を掘りなさいよ)

 送信。

 それで終わりだ。

 総務省の一日は、何事もなかったかのように過ぎていく。

 そして長野のどこかで、

 今日もまた一つ、穴が掘られ、そして静かに埋められているのかもしれない。

 ――危ないから。

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