二日目 合流
秋葉原の駅に降り立った瞬間、二人は言葉を失った。
「……人、多すぎだろ」
「いや、想像はしてたけど、ここまでとはな……」
裕也とエイジ、その少し後ろを歩いていた二班の男子たちも、同じようにきょろきょろと辺りを見回している。
看板、ネオン、ポスター、音楽、呼び込みの声。
どこを見ても情報量が多すぎて、頭が追いつかない。
「で、でさ……目的地は?」
「……メイドカフェ」
その一言に、全員が一瞬だけ黙る。
――男の夢だろ。
――一度くらいは、だよな。
――“萌え萌えきゅん”って、都市伝説じゃないよな?
そんなことを、さっきまでは妙にテンション高く語り合っていたはずなのに。
通りの先、ひらひらとしたスカートのメイドさんが、笑顔でチラシを配っているのが見えた瞬間。
「……あ」
「……あれか」
足が、止まった。
頭の中では、
入るだけだ
別に悪いことじゃない
観光だ、観光
と何度も言い聞かせているのに、体がまったく言うことを聞かない。
「……声、かける?」
「……いや、その……今じゃなくても……」
チラシを配っているメイドさんは、明るく、丁寧に、通行人に声をかけている。
それだけだ。
それだけなのに。
――目が合ったらどうしよう。
――何か言われたら、どう返せばいいんだ?
――そもそも、俺たち、入っていいのか?
未知の世界を前にした好奇心と、
踏み込んだ瞬間に何かが壊れそうな恐怖心が、胸の中でせめぎ合う。
「……なぁ、エイジ」
「……ん?」
「これ、思ってたよりハードル高くね?」
「……正直、な」
そのときだった。
「じゃ、俺ら、ちょっと別のとこ見てくるわ」
「あ、あぁ、女子と合流しないとな!」
二班の男子たちは、目を逸らしながら、そそくさと人混みの中へ消えていった。
「……」
「……」
取り残されたのは、裕也とエイジの二人だけ。
人数が減ったことで、逆に逃げ場がなくなった気がして、さらに足がすくむ。
それから――
動かないまま、時間だけが過ぎていった。
スマホを確認して、ため息。
通りを行き交う人を眺めて、ため息。
チラシを配るメイドさんが何人も入れ替わったのを見て、ため息。
気づけば、もう一時間近く経っていた。
「……なぁ」
「……そろそろ、行くか」
「だよな……少し早いけど、待ち合わせ場所行こうぜ」
そう言って、ようやく一歩踏み出そうとした、その瞬間。
「キミ達……確か、佐藤君と九十九君だっけ?」
背後から、聞き覚えのある声がかかる。
二人は、ぎこちなく振り返った。
◇
「さて、どうするか……」
ライトは足を止め、通りの向こうを眺めながら小さく呟いた。
別の場所に行くには時間が足りない。
かといって、待ち合わせにはまだ早い。
そんな、どうにも落ち着かない“微妙な時間”。
そのとき、視界の端に、見覚えのある制服が入り込んだ。
――杏南中の……。
通り沿いのベンチに、力なく腰を落としている二人の男子中学生。
その顔を見て、ライトは記憶を辿る。
「キミ達……確か、佐藤君と九十九君だっけ?」
「えっ……あっ……ライトさん……って……あぁぁぁっ!!」
突然声をかけられ、ビクッと肩を跳ねさせた二人は、相手が知っている大人だと分かって安堵の息をついた――のも束の間。
ライトの隣に立つ女性に気づいた瞬間、今度は別の意味で固まる。
「しっ! 騒ぐのはナシな」
ライトは慌てて二人の口元を押さえ、低い声で釘を刺す。
Yukiは、世間一般では“大人気”とまではいかない。
だが、サブカルチャー界隈では話は別だ。
とくに、セイがVチューブ配信を始めてからは、楽曲配信やコラボ配信、ライブ歌唱などで存在感を増し、コアなファンを着実に掴んでいる。
そして、そういう“濃い”ファンの多くが生息している場所こそ――秋葉原なのだ。
「あ、あぁ……す、すみません……」
「……で? 他の連中は一緒じゃないのか?」
確か、この二人はまどか達と同じ班だったはずだ。
「あっ、いや……俺達は……」
しどろもどろになりながら、裕也とエイジは事情を説明する。
他班の男子と一緒に、“メイドカフェでランチ”をしようと意気込んでいたこと。
夢見ていたのは、「萌え萌えきゅん」。
しかし、いざ現地に来てみると、店の前で足が止まり、声をかける勇気も出ず、ただ周囲をうろつくだけで時間だけが過ぎていったこと。
そして、気づけば、一緒に来た他の班の男子は先に離脱し、今ここに残っているのは二人だけだということ。
「……」
話を聞き終えたライトは、なんとも言えない表情で二人を見る。
一方で。
「クスクス……」
雪乃は、こらえきれないといった様子で笑い出した。
「メイド喫茶は敷居が高いかぁ。ガンバレ、男のコ♪」
そう言って、エイジと裕也の背中を、ぱんぱんっと軽く叩く。
その仕草には、からかいと、ほんの少しの優しさが混じっていた。
そして、雪乃はそのままスマホを取り出し、どこかへ連絡を入れる。
通話を終えた彼女の表情は、どこか楽しそうだった。
「じゃ、行こっか?」
「……え?」
「行くって……どこへ?」
「企業研修だよ。そのために来たんデショ♪」
雪乃は、振り返りもせずに歩き出す。
軽やかで、迷いのない足取り。
ライトは無言のまま、二人の肩をぽん、ぽんと叩いた。
――世の中にはな。
――説明されるより、黙って従った方がいい場面ってのもあるんだ。
そんな想いを込めながら。
勇気が出せずに立ち尽くしていた男子中学生二人は、状況に流されるまま、その背中を追うのだった。
「おかえりなさいませ~。……って、あら、ゆっきぃ? どうしたの?」
「一応お客様なんだけどなぁ。中学生ナンパしてきた」
「うっそ、マジでぇ?」
「冗談だよぉ。一応、仕事ね」
キャストと軽口を叩き合う雪乃の様子を、エイジと裕也は目を丸くして見ていた。
あまりにも自然で、あまりにも場慣れしていて――ついさっきまで、同じ“外”にいた人とは思えない。
雪乃が連れてきた場所は、つい先ほど出たばかりの店。
正確にはメイドカフェ……いや、コンセプトカフェ、いわゆる“コンカフェ”だ。
コンセプトカフェとは、特定の世界観や設定を前面に押し出したカフェのこと。
メイドカフェもその一種で、制服や接客スタイルといった「非日常」を売りにしている。
そんな説明を頭では理解しつつも――。
「……」
「……」
雪乃が出迎えのキャストと話しながらバックヤードへ消えていくと、残されたライト、エイジ、裕也の三人は、完全に置き去りにされた形になった。
別のメイドに案内され、席に着く。
店内はブースごとに区切られていて、どうやら先ほど雪乃といた場所は、流行りのアニメとのコラボブースだったらしい。
今いるのは、いわば“基本形”のメイドカフェブース。
――俺達のために、連れてきてくれた?
エイジと裕也は、そう思いつつも口には出せない。
とりあえず三人でドリンクを注文し、それから――沈黙。
誰も何を話していいかわからず、視線だけが宙を泳ぐ。
「……あ、えっと……その……」
沈黙に耐えきれなくなった裕也が、メニュー表に視線を落としたまま、ぽつりと呟く。
「……高い……ですね……」
ドリンク欄には、はっきりと書かれている。
『ブレンドコーヒー ¥800』
――コーヒー一杯、800円。
思わず「どこの高級ホテルだよ」と突っ込みたくなる値段だ。
しかも、これとは別に入場料が500円かかる。
つまり、コーヒー一杯で1300円。
雪乃いわく「まだ良心的」らしいが、食事でも頼めば軽く3000円は超えるだろう。
中学生の小遣い事情を考えれば、ランチで出す金額としては完全にオーバーだ。
実際、エイジも裕也も、顔がひきつっている。
「……まぁ、ここは気にするな」
ライトがさらりと言うと、
「やべぇ……ライトさん、かっこえぇ……」
とエイジが小声で呟き、裕也もこくこくと頷いた。
――とはいえ、内心では「後で雪乃に借りよう……」などと、情けないことを考えていたりする。
そんなとき、視界の端に、トレイを持ったメイドの姿が映った。
「お、お待たせ……しま……した」
どこか緊張した、少し裏返った声。
ドリンクをテーブルに置くその手つきも、どこかぎこちない。
「……美音子ちゃん?」
ライトがそう声をかけると、裕也とエイジが弾かれたようにメイドを見る。
すらりとした背丈。
胸元を強調するコスチュームに押し上げられた体のライン。
黙っていれば、とても同年代の中学生には見えない。
白い肌が、恥ずかしさのせいか、ほんのりと赤く染まっていた。
――初めてのメイドカフェ。
――初めて見る、知り合いの“非日常の姿”。
エイジと裕也は、言葉を失ったまま、ただその場に固まるしかなかった。
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