表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
JCの修学旅行 ~遠い日の約束Ⅱ~  作者: Red/春日玲音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/14

一日目 美音子の悩み

……はぁ、疲れた。


美音子は、胸の奥から重たい息を吐き出した。

二班との交渉は、正直、想像していた以上に骨が折れた。


というのも、近藤さんをはじめとする女子三人は、揃いも揃ってサブカル好き――要するに、筋金入りのオタクだったのだ。

そして浅野くんたち男子二人も同類で、結果として「オタクが集結した班」が二班、という構図になっていた。


話を聞くうちに分かったことだが、秋葉原という場所は、彼、彼女たちにとって特別な意味を持つ“聖地”らしい。

そのため、班別研修で秋葉原に行くこと自体は、かなり早い段階で決まっていたのだという。


だが、直前になって、近藤さんたち女子が「池袋――乙女ロードに行きたい」と言い出した。

一方、男子は「秋葉原のメイド街に行きたい」と譲らない。


結果、話はこじれにこじれ、美音子たちが合流した時点でも、感情的な言い合いが続いていて、まったく収拾がついていなかった。


結局、美音子が間に入り、全員の話を順番に聞き、利害を整理し、現実的な移動時間と条件を突き合わせて――


取り合えず秋葉原まで一緒に行動する。

そこで、一度班を再編成し、男子は「男子だけで行きたい場所」へ移動。

その後、時間が来たら、裕也とエイジは、そのまま駅前に残り、二班の男子は神保町へ移動。


女子は、上野公園と動物園を見学したあと、美音子たちは秋葉原へ戻り、二班の女子は池袋へと向かう。その後、時間を合わせて、神保町で男子と合流し、出版社見学へ……という形で、なんとか話をまとめた。


正確に言えば、「まとめた」というより、「まとめてしまった」のだが。


(……九十九くんたちは、早々に逃げ出したし)


美音子は内心でそう付け加えながら、忘れないから、と小さく恨み言を並べる。


とにかく今は、早くベッドに倒れ込みたかった。


そう思いながら、部屋の前に立ち、ドアノブを回す。


ガチャ。


「……え?」


もう一度。


ガチャ、ガチャ。


鍵がかかっている。

ノックしても、呼び鈴を押しても反応はない。


(……寝てる、わね)


おそらく、翠とまどかは、すでにぐっすり夢の中なのだろう。


「……マジ? あのおバカ……」


呆れと疲労が入り混じった呟きが、自然とこぼれる。


(……こういう時、どうするんだっけ)


頭が回らない。

疲れ切っている自覚はあったが、思考がここまで鈍っているとは思わなかった。


確か、こういう時は――


「あれ?美音子ちゃん?」


背後から声をかけられ、美音子はびくりと肩を震わせる。


「ライトさん……」


振り返ると、そこにいたのはライトだった。


「どうしたの? ……ひょっとして、締め出された?」


「……どうやら、そのようです」


「オートロックだから、よくあるんだよ。先生には連絡した?」


「あ……そうか、先生に……」


どうしてそんな簡単なことに気づかなかったのだろう。

やはり、自分が思っている以上に疲れているらしい。


「……清文には連絡しておいたよ。来るまで、こっちの部屋で休んでるといい。立ってるのも辛いだろ?」


「あ……はい……えっと、それって……いいんですか?」


「構わないよ。俺の部屋だし」


「……えっ」


「はいはい、大声出さない」


そう言って、ライトは何でもないことのようにドアを開け、招き入れてくれる。


――男性の部屋。


思いがけない状況に、胸が小さく跳ねる。

同時に、「そういう対象としては見られていないんだろうな」と、どこか冷静に理解してしまう自分もいて、美音子は胸の奥が少しだけ、ちくりとした。


「なにか飲む? ……と言っても、お茶か水しかないけど」


「あ、私が淹れます」


手持ち無沙汰だった美音子は、反射的にそう言って、ポットを受け取る。


「じゃあ、頼むよ」


ライトはそう言って机に向かい、ノートパソコンを開き、カメラを取り出して作業を始めた。


湧いたお湯を茶葉に注ぎ、少し蒸らしてからカップに注ぐ。

その一連の動作が、妙に心を落ち着かせた。


落ち着くと、急にライトの事が気になってくる。


「……何してるんですか?」


「データのコピーと、カメラのメンテ。まあ、レンズを拭いて、バッテリーを充電するだけだけどね」


「……そんな簡単でいいんですか?」


「いいんだよ。今日はちゃんと動いてた。だったら、余計なことをして調子を崩すより、現状を維持したほうがいい」


その言葉が、不意に胸に刺さった。

まるで、自分の将来について言われているような気がして。


気づけば、美音子は口を開いていた。


「……ライトさんは。私が高校に行かず、モデルを続けるの、反対ですか?」


「……難しいことを聞くね」


「難しい……ですか?」


「難しいよ。例えばさ。ここで俺が『反対だ』って言ったら、美音子ちゃんは、モデルを諦める?」


「それは……」


言葉が詰まる。


本当は、誰かに「大丈夫だよ」と言ってほしかっただけなのかもしれない。

不安が大きすぎて、自分で決断するのが怖かった。


もし反対されたら――

それを理由に、逃げてしまえる気がした。


でも、そんな理由で諦めたら、きっと一生後悔する。


分かっているのに、不安でいっぱいで。


「……ライトさん、意地悪です」


精一杯の、すねた声だった。


「あはは、ごめんよ」


ライトは苦笑してから、少し真剣な声で続ける。


「もし、美音子ちゃんの親が生きていたら…………例えば俺が保護者だったら、多分反対する。モデルの世界は、不安定で厳しいからね。安定した、ささやかな幸せを選んでほしいと思う。それが、親の心情なんだろう……多分。」


少し自信なさげにそう言った後、一度言葉を切り、言葉を紡ぐ。


「でも現実には、美音子ちゃんに頼る親はいない。俺には資格も責任もない。……だから俺にできるのは、助言と応援することだけだ」


「……応援、ですか」


「応援だよ。美音子ちゃんの親がいないことは、これはどう取り繕ったとしても事実だからね。それはもうどうしようもないことだよ。でも、それがそのまま放置するという事にはならない。近くにいる大人が、ほんの少し背中を押すくらいはしてもいい。……たとえ資格がなくてもね」


その言葉で、美音子は悟ってしまった。

今回の件で、ライトが裏で動いてくれていたことを。


でなければ、こんな特別扱いが許されるはずがない。


「……ありがとうございます。それだけで、私、……すごく恵まれていると思います」


「色々動いたのは清文だよ。あいつは教師として、当たり前のことをしただけさ」


「……くすっ。ライトさん、優しいですね。……聞いてもらえますか?」


美音子は、溜め込んでいた不安を、ひとつずつ言葉にしていった。


十六歳で施設を出なければならないこと。

高校には行けるけれど、奨学金という名の借金を背負うこと。

モデルという道があるなら、無理に進学する必要があるのかという迷い。

それでも、まどかや翠と同じ高校に通いたい気持ち。

そして、この先、本当にやっていけるのかという恐怖。


話すつもりのなかったことまで、次々と溢れ出す。


ライトは、何も言わず、ただ聞いてくれた。


「……まだ十五歳だ。美音子ちゃんは、十分すぎるほど頑張ってるよ」


そう言って、頭を撫でられた瞬間、張り詰めていた糸が切れた。

瞳から涙があふれる。

それを見られたくなくて、美音子はライトにしがみつくように抱き着く。


そんな美音子の頭を、ライトは優しく撫でる。


「俺たちに、正解を与えることはできない。何が正解かなんて、俺たちにだってわからないんだ。できるのは、先を歩いてきたものとして、自分が分かる範囲で道を示すことと、ささやかな支えだけだ。最後に決めて、背負うのは、自分自身でしかない。」



その言葉を聞きながら、美音子は、疲れと、安心から、いつの間にか、静かに眠りに落ちていた。

美音子が寝てしまったことを知ると、ライトは美音子を抱え上げるとベッドの上に寝かす。

その寝顔を見下ろしながら、ライトは小さく息を吐く。


自分でもできないことを、なにを偉そうに語っているんだ俺は……。

自嘲めいた笑みをこぼしながら、ライトはおもう。

もし、神様とかがいるのであれば……


――どうか、この子が、自分で選んだ道を、後悔せずに歩けますように。


静かな部屋に、そんな祈りだけが、そっと残っていた。

ご意見、ご感想等お待ちしております。

良ければブクマ、評価などしていただければ、モチベに繋がりますのでぜひお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ