エピローグ そしてこれから……
Yukiのファンが起こした立てこもり事件。
その報道から約1週間が過ぎたころ、今まで、何の表明もしていなかったYukiが公式見解としてネット上で一通の伝言を流したのだ。
その声明が投稿された瞬間、止まりかけていたネットの時間が、また一斉に動き出した。
最初に広がったのは、静かな驚きだった。
派手な言い訳も、被害者ぶった言葉もなく、ただ淡々とした謝罪と、「これ以上は語らない」という線引き。そして、犯人への過度な攻撃を望まないという一文。
今回の事は許せることではない。
ただ、みんな心の奥底では似たような心情に心当たりがあるのではないか?
それをうまくコントロールできればいいが、一歩間違えば、だれもが間違った行動を起こすのかも?
人の心の弱さに触れ、その弱さを責めるのではなく、それを受け入れ、許し、だれもが間違えないように、みんなで助け合おうよ、そのためにも、Yukiはこれからも歌い続ける、という様な意味のメッセージが添えられていた。
タイムラインには、スクショと共に短い感想が流れ始める。
「Yukiらしいな…」
「このタイミングでそれ言えるのすごい」
「正直、綺麗事すぎて無理」
称賛も、違和感も、どちらも同じ速さで拡散していった。
“優しさ”と“甘さ”の境界線を巡って、議論は静かに、しかし確実に熱を帯びていく。
それでもまだ、この話題は「考え方の違い」で済む範囲だった。
空気が完全に変わったのは、その次の段落を読んだ人たちが、ほぼ同時に言葉を失ったあたりからだ。
――恋愛宣言。
一瞬、ネタ投稿かと思われた。
だが公式アカウント。削除も訂正もない。
「は?」
「今それ言う???」
「待って情報量多すぎ」
動揺は、共感でも反発でもなく、まず“処理落ち”として現れた。
やがて内容が咀嚼され始める。
・高校時代から好きな人がいる
・ライバルが複数いる
・譲る気はない
・いつか振り向かせる
それはスキャンダルでも流出でもなく、本人による真正面からの宣言。
しかも、アイドル的な“匂わせ”ではない。完全な戦線布告だった。
そして、ファンのみんなへの伝言。
「突然の告白で、驚いたと思う。ある人は「裏切られた」なんて言う人もいるかもしれないね。でも、私は私。Yukiは偶像じゃない。ミナと同じ、この世界に生きる人間なんだよ。だから当然恋だってする。それを受け入れられないって人は、あの事件の人みたいなことをするんじゃなくて、直接言ってね。その声が大きいなら、私は責任を取って歌うのをやめます。皆の前から消えます。私はこの恋にそれだけの覚悟をかけてるよ。」
ネットは一気に二極化する。
応援・肯定派の反応は、おおむね次のような感じだった。
「Yukiが人間で安心した」
「恋してるYukiも好きだよ」
「本気で生きてる感じがして逆に推せる」
彼女の言葉を“覚悟”として受け取る人たち。
偶像ではなく、一人の若者として見ようとする層が、静かに、しかし強い熱量で支え始める。
それに対し、 反発・拒絶派の反応はやや過激だった。過剰反応と言っていいかもしれない。
「ファンに向かって引退チラつかせるのは違うだろ」
「実質脅しじゃん」
「事件の直後にやることか?」
問題視されたのは恋そのものより、“受け入れられないなら歌うのをやめる”という一文だった。
それは誠実さか、開き直りか、あるいは感情的な賭けか。
議論スレは加速度的に伸び、考察動画、長文note、スペース配信が乱立する。
「Yukiは正直すぎただけ」
「アイドルの自覚なさすぎ」
「むしろ今まで偶像押し付けてたのファン側では?」
誰もが自分の“Yuki像”を語り始める。
清楚な歌姫。
心の支え。
ただの同年代の女の子。
プロの表現者。
同じ名前なのに、語られている存在は少しずつ違っていた。
一方で、当のYukiのアカウントはそれ以上何も投稿しない。
釈明も、補足も、言い訳もない。
最後に残ったのは、あの一文だけ。
「私は私。Yukiは偶像じゃない。」
ネットは燃えているのに、発信源だけが静かだった。
その沈黙がまた、新しい憶測を呼ぶ。
騒動は収束どころか、形を変えて長期戦の様相を見せ始めていた。
これはもう、恋愛スキャンダルでも炎上でもない。
いつしか、論争は「アイドルとは何か」「ファンとは何か」をめぐる、価値観の衝突へと変わっていく。
そしてその中心にいるYukiは、歌い手である前に――
不器用なくらい真っ直ぐな、ひとりの人間として立っていた。
◇ ◇ ◇
光も影も輪郭を持たない、白とも黒ともつかない空間に、ライトはひとり立っていた。
地面の感触も、空気の重さもない。ただ“いる”という感覚だけが、ぼんやりと続いている。
遠くで、鈴の音みたいにかすかな声がした。
「……レイちゃん」
懐かしさが胸を締めつける。
忘れたことなんて一度もないのに、思い出すたびに痛む名前。
「……まどか?」
姿は見えない。ただ、声だけが確かにそこにあった。
八年前、もう二度と聞けなくなったはずの声。
「また会えてうれしい」
責めるでもなく、悲しむでもなく、あの頃と同じ柔らかな響き。
ライトの喉が、うまく音を作れなくなる。
「……ごめん……オレ……」
言葉にならない謝罪を飲み込むライトに、まどかは小さく笑った気配を見せた。
「ううん。今日はね、お礼を言いにきたの」
「……お礼?」
「“まどか”を助けてくれて、ありがとう」
意味がすぐにはつながらない。
けれど、心の奥がざわめく。最近出会った、もう一人の“まどか”の姿が、脳裏をよぎる。
「まどかはね、もう一人の私だから」
その言葉は不思議とすんなり胸に落ちた。理屈じゃなく、感覚で理解してしまう。
「だからね――想いはちゃんと、ごまかさないで受け止めてあげて。ううん、まどかだけじゃない。みんなレイちゃんの事が好きなんだよ。だからね、ちゃんと自分の心と向き合ってほしいな。」
優しいのに、少しだけ背中を押すような声。
ライトは思わず前に踏み出す。
「待てよ、まどか! まだ、オレ――」
手を伸ばす。
けれど距離は縮まらない。むしろ、まどかの気配が遠ざかっていく。
「レイちゃんは、優しいけど不器用だから……」
最後の声は、どこか楽しそうで、少しだけ誇らしげだった。
「……ちゃんと、今を生きてね……私の分まで……ね?」
「まどか!!」
叫びと同時に、世界がほどける。
白も黒も、声も温度も、すべてが崩れて闇に溶けた。
次に感じたのは、重たい体の感覚だった。
まぶたの裏に差し込む光。鼻をくすぐる消毒液の匂い。規則正しい機械音。
ゆっくり目を開けると、見知らぬ天井が視界いっぱいに広がっていた。
「……ここ……」
かすれた声が漏れる。
すぐ横で、はっと息をのむ音がした。
視線を向けると、そこには雪乃がいた。
目は赤く腫れ、頬には乾ききらない涙の跡。ずっと泣いていたのが一目でわかる顔で、必死にライトを覗き込んでいる。
「ライト……? ライト……っ」
今にもまた泣き出しそうな声。
その顔を見た瞬間、胸の奥に残っていた夢の余韻が、じんわりと現実に溶けていく。
まどかの最後の言葉が、静かに胸の中で響いた。
――想いはちゃんと、ごまかさずに受け止めてあげて。
ライトはゆっくりと、震える手を持ち上げる。
指先がかすかに雪乃の袖に触れた。
「雪乃……」
まだうまく力が入らない。声も弱い。
それでも、伝えなきゃいけないことだけははっきりしていた。
「泣くなよ……」
ぎこちない笑みを浮かべる。
「お前を……泣かせたくないんだ……」
その言葉に、雪乃の目から新しい涙があふれ落ちた。
けれどそれは、さっきまでの絶望の涙じゃない。
震える声で、何度もライトの名前を呼びながら、彼女はその手を両手でぎゅっと握りしめた。
現実の温もりが、確かにそこにあった。
夢は終わった。
――でも、託された想いは、これから始まる。
◇ ◇ ◇
白いカーテン越しの午後の光が、静かな病室をやわらかく照らしていた。
消毒液の匂いにも、機械の電子音にも、ライトはもうだいぶ慣れている。
目を覚ましてから三日。
背中の傷は思ったより軽く、医者いわく「運がよかったですね」とのことだった。傷跡は少し残るらしいが、抜糸すれば治療は終わり。ただ、四日間も意識が戻らなかった影響で、念のための入院延長。
「退屈だなあ……」
ベッドの上で上半身を少し起こし、ライトはスマホを眺めながらぼやいた。
画面には例の騒動のまとめ記事。コメント欄は相変わらず賑やかだ。
パイプ椅子に座っていた雪乃が、呆れ半分の視線を向ける。
「退屈できるくらい元気になったなら良かったじゃない」
「まあな。でもさ――」
ライトは苦笑しながらスマホをひらひら振った。
「何ファン脅してるんだよ、お前。」
雪乃は一瞬きょとんとして、それから吹き出した。
「ふふっ……言い方」
「だってそうだろ?『認めないなら歌やめます』って。爆弾投げてるじゃん」
「でも、あれYukiらしくない?」
雪乃は頬杖をつきながら、少しだけ優しい目になる。
「Yukiは、不器用なくらい正直っていうか。本気だから、ああいう言い方しかできなかったんじゃない?」
ライトは画面を見つめたまま、小さく肩をすくめた。
「他人事みたいに……お前の事だろうが。」
少し間が空く。
病室の外をカートの音が通り過ぎていく。
ふと、視線が合った。
雪乃は、前みたいに泣きそうな顔はしていない。けれど、どこかまだ心配が残っているような、そんな表情でライトを見ていた。
「……なんだよ……。」
ライトが照れ隠しみたいに言うと、雪乃は小さく首を振る。
「別に。ただ、ほんとに目、覚ましてくれてよかったなって思って」
その言葉は軽いのに、重みがあった。
ライトは一瞬視線を逸らして、それからゆっくり笑う。
「大げさだって。ちょっと寝すぎただけだろ」
「四日間は“ちょっと”じゃないの……本気で心配したんだからね。」
「……悪かったって」
「本当に……いなくなるかと思って……だから……二度と失いたくないって……その覚悟だよ、あの告白は。」
小さな沈黙。
雪乃の手が、ベッドの端に置かれているのにライトは気づく。
少し迷ってから、そっと自分の指先を伸ばした。
触れるか触れないかの距離で止まる。
雪乃が気づいて、指先をほんの少し近づけた。
指と指が、かすかに触れる。
それだけなのに、なぜか胸が落ち着く。
「もぅ、無茶しないで……。私の前から消えないでよ……。」
雪乃が小さな声で言う。
ライトは照れくさそうに笑った。
「あ~、約束は出来かねるけど、……善処はするよ……雪乃が泣くからな……ってか泣きすぎ」
「だ、誰のせいよ」
「そりゃぁ、悪いのは犯人だろ?」
「ライトのせいだよっ……ばかぁ」
言い合いなのに、声はどこまでもやわらかい。
窓の外では冬の薄い空が広がっている。
騒がしいネットの世界とは別みたいに、病室の時間はゆっくり流れていた。
ライトはもう一度スマホを見て、それから電源を落とす。
「……ま、見知らぬネット民の反応なんかどうでもいいか」
「うん」
「今は」
ライトは、触れたままの指先に少しだけ力を込めた。
「雪乃の顔、見てる方がいいし」
雪乃の頬が、ふわっと赤くなる。
「……ばか」
でも、その声は少しだけ嬉しそうだった。
退院したら、色々やることは多い。
帰ったら真理やみやびにも謝り倒す羽目になるだろう。
でも……今は……
この大切な元クラスメイトのために時間を使おう。
ライトはそう思うのだった。
とりあえず、ここで終わりです。
ひょっとしたら後日談みたいなのを書くかもしれません。
そして……ライトは雪乃とくっついたわけではないです。←ここ大事
まだ、みやびにも、まどかにも、そして翠や美音子にもチャンスは残っているのです。
続編として文化祭編の構想がありますので、いつか機会があればお目に賭けることが出来れば……と。
まぁ、いつになるのかのお約束はできませんが(^^;
ネタをばらすと、この修学旅行編を書き始めたのは3年前だったりします。
3年前の、ある中学校の修学旅行に同行した時に書き始めて、完結までに、その中学校の修学旅行にさらに2回同行したのですよ。
つまり、書き始めた当時のその中学に在籍していた生徒全員の修学旅行に同行したわけで……
……まぁ、その話は置いといて……今後とも応援よろしくお願いしますね。
具体的には、ブクマ押して星押して、いいねして……………
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