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JCの修学旅行 ~遠い日の約束Ⅱ~  作者: Red/春日玲音


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15/21

三日目 事件勃発の前触れ

「はぁ、夢のような時間やったわ。」


満足げに笑う翠の言葉に、エイジたちも大きく頷いた。


「ライトさんは酷いですぅ。あんなふうに見つめられたら歌えないですよぉ」


まどかが頬を染めながら抗議する。

口では怒っているのに、表情はふにゃっと緩みきっていて、あの時間がどれだけ嬉しかったかを隠しきれていない。


「さて、そろそろ時間だよ。ここからネズミの国までは三十分くらいかかるからね」


ライトが声をかけ、中学生チームの移動を促す。

結局ここだけでかなりの時間を使ってしまい、観光らしい観光はできていない。

それでも彼女たちの顔があれだけ満足そうなら、まぁいいだろうとライトは思う。


「あれ? ライトさんは一緒に行かないんですか?」


雪乃と並んで見送るライトを見て、美音子が首を傾げた。


「あぁ、この後、雪乃に付き合う約束があってな。……パレードには間に合うと思うから、そんな顔するなって」


一緒に来ないと聞いてふくれっ面になるまどかの頭を、ライトはくしゃっと撫でた。


本当の理由は別にある。

この後は、Yukiのアルバムのボーナストラックに入れる曲のレコーディングだ。

ライトはギタリストとして参加する。

それが、今回無理を聞いてもらった“代価”でもある。


だが、そんな話をすれば、きっと気を遣わせるだけだ。

だからライトは、いつもの調子で適当に誤魔化した。


しかし、まどかにはそれが面白くないらしく、翠と美音子に半ば引きずられるようにして去っていく間も、ずっと頬を膨らませたままだった。


「愛されてるわね」


雪乃が、からかうように言う。


「言うなよ。正直、困ってる」


「へぇ。いい気味よ」


わざと拗ねたように言って、雪乃はライトから顔を背け、レコーディングスタジオの方へ視線を向けた。


ライトは小さくため息をつく。

まどかから向けられる好意は、純粋に嬉しい。

あんなふうにまっすぐ想われて、嬉しくないはずがない。


けれど――それに応えられるかどうかは、まったく別の話だった。


問題は、彼女自身だけじゃない。

笑った顔、拗ねた顔、無邪気に甘えてくる仕草。

その一つひとつが、時折“別のまどか”と重なる。


幼馴染の、あのまどか。


好きだと伝える前に――いや、伝えてもらう前に、突然いなくなってしまった、初恋の相手。


もしあの時、もっと素直だったら。

もしもう少し早く、言葉にできていたら。


そんな「もしも」を、いまだにどこかで引きずっている自分がいる。

その”まどか”と、今の”まどか”を、どこかで重ねてしまっている自分がいる。


だからライトは、今のまどかに対して妙に甘くなる。

傷つけたくない。失いたくない。


――あの時みたいに後悔したくない。


そのくせ、自分の気持ちが本物なのか、過去の幻を重ねているだけなのか、それすらはっきりしない。


「……ヤバいよなぁ」


思わず、自嘲が漏れる。

分かっている。今のままじゃ良くないことくらい。

中途半端な優しさは、いずれ誰かを傷つける。


それなのに、考え始めると逃げ道ばかり探してしまう自分がいる。

いっそ全員と適当な距離で笑っていられたら楽なのに、とか。

誰も選ばなければ、誰も失わずに済むんじゃないか、とか。

逆に、みんなと付き合えばだれも傷つかすに済む……とか。


そんな最低な発想が、冗談めかして頭をよぎる。


本気でそんなことを望んでいるわけじゃない。

ないはずなのに、そういう考えが浮かぶ時点で、もう十分ダメだと分かってしまう。


初恋をこじらせたまま大人になりきれない男の、みっともない迷い。

ライトはもう一度、深くため息をついた。


「……ほんと、どうすりゃいいんだかな」


その呟きは、誰にも届かないまま、静かに空気へ溶けていった。



思考の海に沈みかけていたライトの意識を、雪乃の声が現実へと引き戻した。


「……あれ、忘れ物?」


間の抜けたような、けれど確かに何かを見つけた声。


ライトがそちらに視線を向けると、ソファの端にぽつんと小さなポーチが置き去りにされていた。見覚えのある、柔らかい色合いのそれ。


まどかのものだ。


さっきまで本人が大事そうに抱えていたのを思い出し、ライトは小さく息をつく。


「……あぁ」


思考の続きを振り払うように、軽く頭を振る。


「まだそんなに遠くまで行ってないだろ。ちょっと届けてくるよ」


そう言って、ポーチを手に取る。指先に伝わる軽さに、年相応の持ち物だな、なんて場違いな感想が浮かんでしまう自分に、内心で苦笑した。


「はいはい、いってらっしゃい。“保護者さん”」


雪乃が面白そうに肩をすくめる。


「茶化すな」


振り返りもせずにそう返しながら、ライトはオフィスのドアへ向かう。足取りは自然と早くなっていた。


廊下に出ると、さっきまでの賑やかさが嘘のように静かだ。遠くから聞こえる話し声と足音が、彼女たちがまだそれほど遠くへ行っていないことを教えてくれる。


ポーチを持つ手に、ほんの少しだけ力が入る。


――世話が焼ける。


そう思いながらも、口元はわずかに緩んでいた。


まどかに甘い自覚はある。

けれど今は、その理由を掘り返す気にもなれない。


ただ、忘れ物を届ける。

それだけのことだ。


ライトは小さく息を吐き、足早に彼女たちの後を追った。



ネズミの国へ向かうため、駅までの道を三人は並んで歩いていた。


さっきまでの余韻がまだ残っているのか、翠はご機嫌で鼻歌まじりだし、美音子もスマホを見ながら「どのアトラクションから回る?」なんて楽しそうに話している。


その隣で――まどかは、ふと足を止めた。


「あれ……?」


「どしたん?」

「まどかちゃん?」


二人が振り返ると、まどかは青ざめた顔で自分の肩やポケットをぺたぺた触っている。


「ポーチ……ない」


「え?」


「さっきの……オフィスのソファに置いたままかも……」


一気に血の気が引いたような顔になるまどか。中にはスマホの充電ケーブルやらリップやら、細かい私物がいろいろ入っている。なくなると地味に困るやつだ。


「取りに戻る!」

くるっと踵を返そうとするまどかの腕を、翠がぱしっと掴んだ。


「一人で行かせるわけないやん」

「うちも行く」


美音子も当然のように頷く。


「え、でも悪いよ!せっかく時間ないのに……!」


「問答してる時間の方がもったいない」

「それな。ダッシュで戻ってダッシュで来ればええ!」


半ば強引に背中を押される形で、三人は来た道を引き返し始めた。


さっきは楽しくてあっという間だった道のりが、今は妙に長く感じる。まどかは何度も「ほんとごめんね」と繰り返し、そのたびに翠が「はいはい後でジュース奢りな」と笑って受け流した。


やがてオフィスの入っている建物が見えてくる。


「あ、あそこ……」


まどかが指差した、その時だった。


「……ん?」


翠が小さく声を漏らす。


建物の入口付近を、ひとりの男がうろうろと歩き回っていた。

入るでもなく、立ち去るでもなく、落ち着かない様子で辺りを見回している。


「誰か待ってるんかな」

美音子が小声で言う。


けれど、その男の視線はどこか不自然だった。通行人を見るでもなく、看板を見るでもなく、まるで“中の様子をうかがっている”みたいに、建物の方ばかり気にしている。


まどかは無意識に足を緩めた。


「……なんか、あの人」


胸の奥が、ざわりとする。


さっきまでの楽しい空気が、すっと冷えていくのを三人とも感じていた。



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