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JCの修学旅行 ~遠い日の約束Ⅱ~  作者: Red/春日玲音


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13/13

二日目 真意


「ネコちゃんお疲れだねぇ」


部屋に戻ってからずっと、美音子はまどかに抱きついたまま離れようとしなかった。

その背中を、まどかは小さな子をあやすみたいに、ぽん、ぽんと優しく叩く。


「ねぇ……星夜さんと雪乃さん、何を伝えたかったのかなぁ……」


美音子の声はかすれていた。


今日は、明らかに無理をして時間を作ってくれた一日だった。

だから手取り足取り教えてもらえるなんて、最初から思っていない。


それでも――

二人が本気で何かを伝えようとしてくれていたことだけは、痛いほど伝わった。


だけど、その“何か”が分からない。


言葉にしてくれないということは、自分で気づけということ。

そこまでは分かるのに、その先に進めない。


「分からへんのやったら、聞くしかあらへんやろ?」


ぽん、と翠が手を打つ。


そしてそのまま、すたすたと部屋を出ていった。


「え、ちょ、翠ちゃん?」


ぽかんとするまどかと美音子。


しばらくして戻ってきた翠は、にやりと笑う。


「ほら、出る準備」


「どういう事……?」


「臨時の進路相談や」


軽い口調だけど、その目はまっすぐだった。

美音子が一人で抱え込んでいるの、ちゃんと気づいていたのだ。


部屋の外では、清文がなんとも言えない複雑な顔で待っていた。



「全く……特別なんだからな」


ぶつぶつ言いながらも、清文はホテルの会議室まで案内してくれる。

すでに消灯時間を過ぎてはいるのだが、美音子の“進路相談”のために、こっそり一時間だけ押さえてくれたらしい。


中に入ると、主任の野崎、ライト、そして星夜と雪乃が待っていた。


「ごめんねぇ。ちょっと飲んでるから、うまく喋れないかもしれないけどぉ」


雪乃がふにゃっと笑う。


「い、いえ……お二人ともお忙しいのに、私なんかのために……」


「ブブー、はい駄目!」


星夜からの、いきなりのダメ出しに、美音子は固まる。


「えっ?」


「まず大事な忠告ね」


椅子を勧めながら、星夜は続ける。


「確かにボクたちはプライベート削ってここにいる。でもね、それは“自分にも益があるかも”って判断したから来たの。そんな相手に『私なんか』は失礼。自分の価値を自分で下げるのはやめるべき。……クセになってるなら、今すぐ改めないとダメ。」


厳しいけれど、まっすぐな言葉。


美音子はうまく理解できないまま、ただ戸惑う。


そこへ雪乃が静かに助け舟を出す。


「ねぇ美音子ちゃん、モデル目指してるんだよね?」


こくん、と頷く。


「厳しいこと言うけどね。あなたくらいの子は、はいて捨てるほどいるの。それが現実」


分かっていたはずの言葉なのに、胸に刺さる。

視界がにじむ。


その時、そっと伸びてきたまどかの手が、美音子の手をぎゅっと握った。

“ひとりじゃない”って、言葉より先に伝えてくれるみたいに。


「でもね」


雪乃は続ける。


「その横並びの中で、たった一つの出会いが未来を変えることがある。だから、自分を貶める言い方はしちゃ駄目。まず“相手にとって、話したい相手”にならないとね」


「どうすれば……」


思わずこぼれた声に、清文が穏やかに口を挟む。


「こういう時はな、『私のためにありがとうございます』でいいんだ」


ライトが「さすが国語の先生」と茶化すと、少しだけ場の空気が和らぐ。


「で、その覚悟の話」


星夜の目がまっすぐ美音子を見る。


「この世界は甘くない。生半可な気持ちじゃやっていけない。そこはちゃんと知っておいてほしい」


こくり、と頷く。


「その上で聞くよ。美音子ちゃんは、どうしたいの?」


分かっていた質問なのに、言葉が出ない。

怖い。正解が分からない。


「セイ、そんなに焦らせないの」


雪乃がたしなめる。


「焦らせてないよ。でもね、ここで何も言えないなら、この先もっと言えないよ」


その言葉に、美音子の胸がドクンと跳ねる。


今この時間は、二度と来ないかもしれない特別な時間。

ここで掴まなきゃ、全部無駄になる。


気づけば、考える前に言葉が溢れていた。


「……セイさんは、Yukiさんは……なんでその道を選んだんですか……怖くなかったですか……」


声が震える。


「私、怖いんです……。先が見えなくて、自分に何ができるか分からなくて……」


涙がこぼれる。


「モデルは……今までで、唯一“自分を認めてもらえた”って思えたから……目指したい……でも、怖い……」


止まらない。


「どうすれば……星夜さんや雪乃さんみたいに強くなれるの……分かんないよ……考えても考えても怖くなるだけで……」


子どもみたいに泣きじゃくる美音子を見て、まどかは息を呑んだ。


いつも落ち着いていて、大人っぽくて、頼れる存在。

そんな彼女の中に、こんなに不安で弱い部分があったなんて。


(ネコちゃんだって、同じなんだ……)


手を握る力を、そっと強める。


翠も、いつもの軽口を挟まず、ただ黙って見ていた。

胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。


(ウチ、何も考えずに“やりたい”とか言ってたな……)


初めて、本気で誰かの“覚悟”を目の当たりにした気がした。


「うん、怖いよ」


雪乃が優しく美音子の頭を撫でる。


「私だって、ずっと怖い」


「Yukiでも……?」


まどかが代わりに聞く。


「当たり前。将来の保証なんてないし、喉壊したら終わり。毎日が綱渡りよ」


翠が思わず呟く。


「そんな思いしてまで、なんで……」


雪乃はいたずらっぽく笑う。


「ミドリちゃん、私の歌、聞きたくない?」


「そんなん、聞きたいに決まってるやろ」


突然話を振られたミドリだったが、即答だった。その質問に対する答えは、ミドリがYukiのファンになってから今も変わらないモノだったから。


「ふふ、ありがと。それだけで頑張れるの。ひとりでも“聞きたい”って言ってくれる人がいるならね」


そして、少しだけ照れたように。


「私には、これしかないから。でも、それに気づかせてくれたのは……歌で想いを届けたいって思えたのは……かけがえのない友達に出会えたから、かな」


ちらりとライトを見る。


その言葉は、美音子の胸に静かに染み込んでいった。


「だからね」


雪乃が言う。


「まずは高校に行きなさい」


「うん。そして入学して、いっぱい見て、いっぱい考えて」


星夜が雪乃に続いてそう言って、名刺を二枚差し出す。


「それでもこの世界に来たいって思ったら、その時また連絡して」


そこには、プライベートの連絡先が書かれていた。


「悪用したらハルに責任取ってもらうからねぇ」


「だ、大丈夫ですっ! 私が悪用しないように見張っておきますからっ。だからライトさんが責任を取ることなんてありえませんっ!」


慌てたまどかが、ライトの反対側の腕をぐいっと引き寄せる。


その必死さがおかしくて、星夜は声を立てて笑いながら手を離した。


「はいはい、頼んだよ保護者さん」


和やかな空気のまま、清文が三人を促す。


「ほら、もう消灯時間はとっくに過ぎてる。これ以上は本当に問題になるからな」


名残惜しそうに振り返る三人の背中を見送りながら、会議室の扉が静かに閉まった。



廊下を歩きながら、美音子はそっと名刺を握りしめる。


怖さは消えていない。

でも、ひとりで抱えていた暗闇の中に、小さな灯りがともった気がしていた。


その隣で、まどかは思う。


(ネコちゃんが泣けるなら、私は支える側でいよう。私は誰かの支えになる……そんな生き方がしたいな。)


翠は拳をぎゅっと握る。


(ウチも、もっとちゃんと考えなあかんな……けど……分からへん。ネコはすごいわ。)


それぞれの胸に、それぞれの決意が芽生え始めていた。



会議室に残ったのは、雪乃、星夜、ライト、そして主任の野崎。


急に部屋が広くなったような気がした。


「お二人とも、本日は本当にありがとうございました」


野崎が深々と頭を下げる。


「こういう特殊な業種に関しては、我々も無知な部分が多くて……どうしても通り一遍の言葉でしか指導できません。今日の話は、私自身にとっても大きな学びになりました」


その声音には、教師としての誠実さと、どこか歯がゆさが滲んでいた。


「まぁ、普通はあの年頃の子たちってさ」


ライトが椅子にもたれながら天井を見上げる。


「将来のことなんて言われても、ぼんやりした希望くらいしか持ってないのが普通だと思うよ。あそこまで“怖い”って泣けるのは……正直、すごいよな」


言いながら、少しだけ目を伏せる。


(俺なんて、将来を考える以前のところで止まってたしな)


逃げることばかり考えていた過去が、苦い酒みたいに喉の奥に残る。


「あの年で、あそこまで自分の弱さを言葉にできるのは立派だよね」


星夜がぽつりと呟く。


その横で、雪乃も小さく頷いていた。


「まっすぐすぎて、ちょっと眩しかったね」


二人とも、ほんのり頬が赤い。

酔いのせいだけじゃない。


星夜に至っては、高校卒業後もしばらく“自分探し”なんて言葉の後ろに隠れていた過去がある。

美音子の不器用なほど真っ直ぐな涙は、どこか過去の自分を刺すものがあった。


(人のこと言えないけどさ)


ライトは心の中で苦笑する。


野崎がゆっくりと口を開いた。


「いくつになっても……子どもたちには教えられることばかりですな」


その目は、もう教師の顔だった。


「我々にできるのは、道を決めてやることではなくて……せめて見失わないよう、先を照らしてやることくらいでしょうに」


「それだけでも、十分すごいことだと思う……」


ライトは柔らかく言った。


「当時、大人の都合で放り出された俺が言うんだから、間違いない」


冗談めかした口調だったが、言葉の奥に滲んだ本音に、野崎の表情がわずかに曇る。


しまった、と思う。


(やっぱ酔ってんな、俺)


フォローを入れる前に、雪乃がくすっと笑った。


「でもさ、放り出された子どもが、今は誰かの背中押してるんだよ?」


「それって、けっこう希望じゃない?」


その言葉に、ライトは少しだけ救われた顔をする。


星夜が立ち上がり、ぐっと伸びをした。


「さてと、未来ある若者たちの邪魔をしないうちに、大人は退散しますか」


「だね。私たちができるのは、きっかけを渡すところまで」


雪乃も立ち上がる。


扉へ向かいながら、ふと振り返った。


「でもさ――あの子たちなら、ちゃんと自分の足で選ぶよ」


その言葉に、誰も反論しなかった。


まぶしい未来を思い描ける若者たちと、

もう戻れない時間を知っている大人たち。


交わる時間は短くても、確かに何かを手渡せた夜だった。


ライトたちは静かに会議室を後にする。

廊下の灯りが、少しだけやわらかく見えた。

作者は、ライトと同じカメラマンです。

小学生、中学生、高校生と触れ合う機会が多々あります。

もったいないと思う時もあり、まぶしいと思う時もあります。

たまに一人でつぶやきます

「これが、若さか……」と。ww



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