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JCの修学旅行 ~遠い日の約束Ⅱ~  作者: Red/春日玲音


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12/15

二日目 夜のホテル

「はぁ〜、疲れたぁ!」


ホテルの部屋に入るなり、美音子は大きな声を上げて、そのままベッドへ倒れ込んだ。


普段はどちらかといえば物静かで、感情をあまり表に出さない彼女が、ここまであからさまに疲れを見せるのは珍しい。

それだけ今日の体験が濃く、そして重かったのだろうと、まどかは思う。


「せやなぁ、ウチも疲れたわ。モデルなんてホンマ無理。二度とやりとうないわ〜」


翠は笑いながらそう言って、ソファにだらしなくもたれかかった。


「でも、大人の世界、って感じでドキドキしたよねぇ?」


まどかがそう言うと、翠は「それはまぁな」と苦笑する。


「そうね……私が今までやってきたアルバイトなんて、子供のおままごとだったんだって、思い知らされたわ」


天井を見つめたまま、美音子がぽつりと呟いた。

その声には、わずかに悔しさが滲んでいる。


本当は今日、セイにいろいろ相談に乗ってもらうつもりだった。

モデルの仕事のこと、自分に向いているのかどうか、これからどうすればいいのか――


けれど実際は、現場から現場へと連れ回され、息つく暇もないまま一日が終わってしまった。

贅沢な体験だったのは分かっている。

実際の現場を見せてもらい、体験までさせてもらえたのだから、これ以上ないほど恵まれている。


それでも――心のどこかが、追いついていなかった。


「でもさぁ」


不意に、翠が声のトーンを少し落として言った。


「セイもYukiも、なんやネコにだけアタリ強かった気ぃせえへん?」


「ネコ」とは、美音子のあだ名だ。


「うん……」


まどかも小さく頷く。


「あまりちゃんとお話しする時間はなかったけど……たぶん、何かを伝えたかったんだと思う……けど……」


歯切れの悪い言い方になるのは、自信がないからだ。


確かに、翠の言う通りだった。


メイド喫茶でも、まどかや翠には

「笑ってればいいんだよ」

と優しく言っていたセイが、美音子にだけは姿勢、所作、視線、笑顔――細かいところまで何度も直していた。


スタジオでの撮影体験も同じ。


まどかと翠は、楽しく笑っていればOKという“体験”だった。

けれど美音子に対しては違った。


「顎の角度、違う」

「その笑顔は固い」

「目が逃げてる」


容赦のない指摘。


極めつけは――


『彼とのデートで、少し誘いかけるような笑顔』


そんなことを言われても、経験のない自分に分かるはずがない。

頭が真っ白になり、どうしていいか分からなくなった。


その横で、Yukiが


「私は専門じゃないけどね」


と軽く笑いながら、セイの要求をいとも簡単にやってのける姿を見せられた時、胸の奥がきゅっと痛んだ。


――ああ、これが“本物”なんだ。


追いつけない距離。

見上げるしかない背中。


その事実を突きつけられた気がして、少しだけ心が折れそうになったことは、まどかたちには言えなかった。


悔しい。

情けない。

でも――それ以上に。


(……逃げたく、ない)


ベッドに沈み込んだまま、美音子はそっと拳を握る。


セイもYukiも、意味もなくあんな態度を取る人たちじゃない。

むしろ逆だ。本気だからこそ、ああだったのだと思う。


だからきっと、今日の出来事には意味がある。


けれど――

それが何なのか、まだ自分の中で言葉にならない。


胸の奥に残る、もやもやとした重たい感情。


悔しさと、憧れと、焦りと。

いくつもの気持ちが絡まってほどけないまま、美音子は静かに目を閉じた。


天井の向こうに、今日見たスタジオのライトが、まだちらついている気がした。


◇ ◇ ◇


「取りあえず、乾杯しよっか?」


氷の入ったグラスを軽く揺らしながら、星夜が笑う。


ここは都内のホテル最上階にあるスカイラウンジバー。

杏南中学の生徒たちが宿泊しているホテルだが、16階より上は生徒立ち入り禁止になっているため、邪魔が入る心配はない。


その“安全地帯”で、雪乃と星夜はこっそりとグラスを傾けていた。


もっとも、ただ遊びに来ているわけではない。


二人はつい先ほどまで――

「企業研修の講師」として仕事をしていたのだ。


──話は少し前にさかのぼる。


修学旅行二日目の夕食後の20時から22時までの2時間。

「実際に働いている人と語らおう」という名目で、生徒たちが各業界の若手社会人と自由に話す時間が設けられていた。

まことに持って”修学旅行らしい”イベントである。


本来の参加予定としては、

証券会社、大手製造業、大手フードチェーン、ITベンチャー、陶芸家――

といった具合に、バラエティ豊かな顔ぶれだった。


だが流行り病の影響で、来られたのは証券会社・製造業・フードチェーンの三名だけ。


明らかに華が足りない。


頭を抱えた学校側は、引率で来ていたライトに白羽の矢を立てた。


「誰か他に“今どきの仕事”してる人、しらないのか!?」


普通であれば、遠く離れた東京の地で、いきなり振られても知り合いなどいるはずもない……が、偶然、ライトには知り合いがいた。

しかも、その知り合いの事で、今回は学校側に、かなり無理を言ってしまったという負い目もある。

だから、ライトは仕方がなく連絡を取った……雪乃と星夜に。


急な依頼にもかかわらず二人は快諾。

“Vチューバ―”と”シンガー”という肩書きは生徒たちの食いつきも抜群で、会場の空気は一気に明るくなった。


夢だけが先走り、勢いだけで立ち上げた事務所。

ステージに立つまでの努力と、観客が3人だけだった初ステージの話。

売れない時代のアルバイト生活。

SNSとの付き合い方。

心が折れそうになった瞬間等々。


飾らない言葉に、生徒たちは真剣な顔で耳を傾けていた。


質疑応答は予定時間をオーバー。

最後は拍手に包まれて終了した。


学校側の評価は――もちろん「大成功」だった。


──そして現在


その謝礼を使っての“打ち上げ”が、このバーというわけだ。


……ただし一人を除いて。


「乾杯って、なににだよ?」


ウーロン茶のグラスを持ちながら、清文がぼやく。

この後見回りがあるためアルコール禁止。少々不機嫌だ。


「うーん」


星夜がにやりと笑う。


「ボクたちの再会と、奇妙な縁と、新婚なのに出張に来てる可哀想な男の人に、かな?」


「誰が可哀想だ」


清文が即座に突っ込むが、どこか弱い。


出会ってまだ数回の仲なのに遠慮なくいじるあたり、いかにも星夜らしい。


グラスを合わせたあと、星夜がふと声を上げた。


「あ、そうだ! ハル、そこ動かないでね」


ライトの隣に座り、10インチのタブレットをカウンターに立てかける。

何やら操作していると――


雪乃がするりとライトの反対側に座り、腕を絡めてきた。


「ちょ、なにして」


抗議する間もなく、星夜も反対側から腕を組み、頬を寄せる。


タブレットの画面が明るくなり、声が響いた。


『……いいご身分だね、れーじん』


みやびの不機嫌そうな声。


『あらあら、アヤちゃんモテモテ〜。後ろでちょっと見切れてるウチの旦那が涙目になってるよ?』


続いて真理の笑い声。


どうやらビデオ通話らしい。

画面には、むくれたみやびと、にこにこしている真理の顔。


「こんばんは〜、ハル借りてるよ〜」


「みやびちゃんお久しぶり。代わりにギュッてしとくね〜」


わざとらしく煽る星夜と雪乃。


「勘弁してくれよ……」


ライトが本気で嫌そうな顔をすると、みやびはさらに頬を膨らませ、二人は「ごめんごめん」と舌を出す。


「せっかくだから一緒に飲もうと思ってさ」


星夜がグラスを掲げる。


『そういうことなら』


真理が一度画面から消え、すぐにグラスを二つ持って戻ってきた。


『乾杯しましょ?』


みやびにもグラスが渡され、画面越しに掲げられる。


「じゃあ――私たちの奇妙な友情に」


『『「「乾杯!」」』』


女性陣の声が綺麗に重なる。


ライトも苦笑しながらグラスを持ち上げた。


その横で清文はウーロン茶を見つめ、


「俺、もう戻っていいか?」


と、完全にヤサグレていた。



「でねぇ〜、美音子ちゃんの顔がねぇ……」


カウンターに頬杖をつきながら、星夜が今日の出来事をビデオ通話の向こうのみやびたちに語っている。

さっきまでの軽快さは少し影を潜め、声の端に迷いが滲んでいた。


『なんか、セイって不器用なんだね。意外……』


みやびがくすっと笑う。からかうようでいて、その声はどこか優しい。


「だってさぁ……」


星夜は唇を尖らせるが、その目は笑っていない。


『でも、美音子ちゃんは賢い子だからね?』


今度は真理が穏やかに言葉を重ねる。


『だから大丈夫。あの子、ちゃんと考えて、ちゃんと受け取ってるよ。セイが真剣だったことも、多分ちゃんと分かってる』


「……だといいけどぉ」


星夜は小さく肩を落とす。


メイド喫茶でも、スタジオでも。

他の子には言わなかった細かい指摘を、美音子にだけは何度も繰り返した。

姿勢、目線、指先の動き、笑顔の作り方。


それは“いじめ”でも“贔屓”でもなく、

『この子は本気で上を目指そうとしている』と感じたからこその態度だった。


本気であるからこそ、やりがいも、厳しさも教えるべきだと思った。


けれど……、だからこそ怖い。

伝わらなかったら、ただ傷つけただけになってしまう。


そんな星夜の不安を見透かしたように、みやびがにっこり笑う。


『大丈夫だよ。あとはれーじんが何とかしてくれるって』


「丸投げかよっ!」


ライトの即ツッコミに、女性陣から一斉に笑い声が上がる。


さっきまで横にいた清文は、見回りの時間になったらしくすでに席を立っていた。

ウーロン茶だけを残して。


『でもさぁ、今の中学ってすごいねぇ』


みやびがしみじみとつぶやく。


『将来のこと考える機会、ちゃんと用意してくれるんだもん』


「時代が変わったってことだよ」


ライトがグラスを回しながら言うと、


『やだ〜、れーじんがおっさんみたいなこと言ってる〜』


みやびがケラケラ笑う。


その空気を、ふわりと揺らすように――


「でもねぇ……私は正直、今の美音子ちゃんの考えは反対かなぁ」


雪乃がぽつりとこぼした。


いつもはしゃんと背筋を伸ばしている彼女が、今はライトの肩に体重を預け、少しとろんとした目でグラスを見つめている。


「この先どんな道に進んだとしてもね、高校生活って……絶対、無駄にならないの。

ううん、むしろ、あとから振り返った時に“あの時間があったから今がある”って思える、大事な時間になると思うの」


指先でグラスの縁をなぞりながら、静かに続ける。


「それを自分から手放すのは……やっぱり、もったいないなって。馬鹿だなって思っちゃう」


酔っているからこそ、飾らない本音。

自分が歩いてきた時間があるからこそ言える、実感のこもった言葉だった。


ライトは何も言わず、そっと雪乃の頭を撫でる。

彼女は気持ちよさそうに目を細め、少しだけ体を預けてきた。


その様子を見て、星夜がにやりと笑う。


「はぁ〜、ユキったらずるいよねぇ。こんな可愛い姿さらしちゃってさぁ」


上目遣いでライトを覗き込みながら、


「ねぇハルぅ、いっそ2人まとめてお持ち帰りしちゃう?」


完全に酔っぱらいの悪ノリだが、視線だけは妙に色っぽい。


ライトは深いため息をつく。


「悪いが一応仕事中だからな」


しっしっと手で追い払う仕草。


本音を言えば――

完全なプライベートで、通話も繋がっていなければ、理性が持った自信はあまりない。

なんといっても、美少女……というにはそろそろ厳しいか。

美女二人に囲まれている。しかも二人とも、ライトにとってはかけがえのない大事な友人で……その関係から一歩踏み出したとしても、後悔はしないと思えるぐらいの絆はあると思える二人だからだ。

誘惑に乗っても仕方がないと思う……。


そこまで考えてしまうくらいには、ライトの頭もふわりと酔いに包まれていた。


画面の向こうでは、みやびと真理が顔を見合わせて笑っている。


からかいながらも、どこか安心したように。


星夜がどれだけ本気で美音子達のことを考えているか。

雪乃がどれだけ真面目に未来を思っているか。

そしてライトが、結局はちゃんと支える側に回ってくれると信じられる信頼。


長い付き合いの中で、それをもう知っているから。


バーの柔らかな灯りの下……、

グラスの氷が静かに溶ける音だけが、ゆっくりと夜を深めていった。

それぞれの立場でそれぞれの思惑があるのです。


っていうか、人間不信と言いながら、意外とモテるライトです。



ご意見、ご感想等お待ちしております。

良ければブクマ、評価などしていただければ、モチベに繋がりますのでぜひお願いします。

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