二日目 モデルとカメラマン
「なぁ……ライトさん。カメラマンって……どうすればなれる?」
Yukiを食い入るように見つめていたエイジが、ぽつりと呟いた。
「……難しい話だな」
思わず、ライトは本音を漏らす。
「やっぱり、難しいのか……」
エイジは肩を落とし、小さくため息をついた。
「あ、いや、そういう意味じゃなくてだな」
慌てて、ライトは言葉を継ぐ。
「えーっと……なんて言えばいいかな。
『カメラマンになる』だけなら、実は簡単なんだ」
「……そうなのか?」
「ああ。カメラを持って、『俺はカメラマンだ』って名乗ればいい」
「……いや、俺、真面目に聞いてるんだけど?」
エイジが、少しだけムッとした声を出す。
「俺も真面目だよ」
ライトは苦笑しながら続ける。
「九十九君が『カメラマン』を名乗って写真を撮る。
それを誰かが買う――たとえば、美音子ちゃんを撮って、その写真を佐藤君が金を出して買えば……それで、もう立派な“プロカメラマン”だ」
「……それだけで?」
エイジは、狐につままれたような顔をする。
「まぁ、“自信を持って名乗れるか”とか、“周りが認めてくれるか”ってのを除けば、な」
「いや、そこが一番の問題だろ」
隣で聞いていた裕也が、すかさず突っ込む。
「……だよなぁ」
ライトは苦笑しつつ、腕時計をちらりと見る。
「美音子ちゃんたちの準備、あと三十分はかかりそうだし……少しだけ“企業研修”でもしてみるか?」
そう言って、二人をスタジオ脇に併設された休憩スペースへと連れていく。
作業中のスタジオ内で話すのは、さすがに邪魔になる。
「さて……じゃあ、基本的なところからいこうか」
ライトは椅子に腰掛け、二人を見る。
「二人のイメージする“カメラマン”って、どんな感じだ?」
「えっと……さっきの人みたいに、パシャパシャ撮る人……ですかね?」
「ああ、うん。それもカメラマンだな」
ライトはそう頷きながら、少し考えてから口を開く。
「まず、カメラマンってのは、大きく分けると二種類ある。
動画を撮るカメラマンと、静止画を撮るカメラマンだ」
テレビや映画の撮影をする動画カメラマン。
雑誌や写真のために撮影する、静止画のカメラマン。
そう簡単に説明しながら、ライトは自分のカメラを手に取る。
「もっとも、最近は機械の性能が良すぎてな。
このカメラでも動画は撮れるし、動画から写真を切り出すこともできる。
だから両方やる人も多くて、境界はかなり曖昧だけど」
「じゃあ……」
「九十九君が言いたいのは、静止画――
いわゆる“スチールカメラマン”だよな?」
ライトの問いに、二人は揃ってコクコクと頷く。
気がつけば、二人の手にはメモ帳とシャープペンが握られていた。
その真剣さに、ライトは思わず苦笑する。
「スチールカメラマンにも、実は色々いる」
風景を撮るネイチャーカメラマン。
報道用の写真を撮る報道カメラマン。
商品を撮るコマーシャルカメラマン。
写真館を営むスタジオカメラマン。
人物専門のポートレートカメラマン。
そして、今、ライトがやっているのが、卒業アルバムを作ったりするための、スクールカメラマン。
「細かく分ければキリがない」
ライトはそう前置きしてから続ける。
「専門でやってる人もいるけど、 “フリー”って呼ばれる人たちは、大抵いくつかの分野をこなせる。
で、そういう中で頭一つ抜けて認められてる人たちが、君たちの思う“カメラマン像”なんだと思う」
二人は、何度も頷きながら聞いている。
「じゃあ、九十九君は……どのタイプになりたい?」
その問いに、エイジは言葉を詰まらせた。
本気でなりたい、というほどの覚悟はない。
ただ、翠がライトを憧れの眼差しで見ていたから――
カメラマンになれば、モテるのかな、なんて思っただけだ。
「……まぁ、Yukiを撮るような?」
苦し紛れに、そんな答えを返す。
「夢があっていいな」
ライトは苦笑しながらも、現実を口にする。
「その場合は、専門学校を出て、東京でポートレートをやってるカメラマンに弟子入り。
できれば芸能界と繋がりの深い人だな。……正直、あまり勧めはしないけど」
「どうしてですか?」
裕也が尋ねる。
「最初に言っただろ?名乗るだけなら誰でもカメラマンになれる。
でも、そのあと仕事が来るかどうかは別問題だ」
ライトは少し声を落とす。
「芸能人を撮るには、事務所に認められてないと話にならない。新規でいきなり仕事が来るなんて、まずない。
俺みたいに個人的な繋がりがあれば別だけど……それでも、Yuki以外からオファーが来ることはまずないと言っていい。基本は、積み重ねた付き合いがものを言う世界だ。」
二人は顔を見合わせ、「なるほど……」と小さく呟く。
「そして、弟子入りしたとしても、待っているのは雑用ばかり。まともにカメラなど触らせてもらえない。そういう日々の雑事を耐えて技術を磨き、人脈を築き上げ、独立に成功して、初めて撮影することが出来る……かなり厳しい世界だよ。勿論他のジャンルは、また別だけどね。」
「じゃあ、ライトさんは……なんでカメラマンになろうと思ったんですか?」
「セイやYukiの影響ですか?」
「……うーん」
ライトは少しだけ悩む。
本当は、住み込みの寮があったから。
住む場所さえあれば、どんな仕事でもよかった。
――でも、それを言うのはやめた。
代わりに、夢見る中学生には、ちょうどいいだろうと思われる”奇麗事の建前”を話す。
「例えばさ」
ライトは、スタジオの方をちらりと見る。
「美音子ちゃん、まどかちゃん、翠ちゃん……可愛いだろ?」
二人は一斉に顔を赤らめる。
「中三の、今の笑顔は“今”しか撮れない。
子どもには子どもの時間があって、七五三や成人式、結婚式……その瞬間にしかない想いがある」
ライトは、静かに続ける。
「その一瞬の輝きを残す。
誰かの“大事な思い出”を形にする。
……それを手伝ってるっていう、ただの自己満足だよ」
そう言って、ライトはカメラの液晶を見せる。
そこには――
まどかたちを見て、完全に呆けた顔をしている二人の姿が映っていた。
「え、俺こんな顔してた!?」
「うわ、マジで恥ず……」
慌てふためく二人を見て、ライトはニヤリと笑う。
「な?これも“今しか撮れない写真”だろ」
そのとき、ドアが開く。
「お待たせ。準備できたよ」
顔を出したのは、星夜だった。
美音子たちの支度が整ったらしい。
「じゃあさ」
ライトは立ち上がり、二人の肩を軽く叩く。
「せっかくだ。お前らも、撮ってみるか?」
そう言って、ライトは二人を連れ、再びスタジオへと戻っていくのだった。
◇
スタジオに柔らかなライトが灯り、空気が一段引き締まる。
「はい、じゃあまずは――まどかちゃんからいこうか」
星夜の声に、名指しされたまどかの肩がびくっと跳ねた。
「え、えっと……ど、どう立てば……」
視線が定まらず、手も足も落ち着かない。
カメラを向けられるだけで、顔に熱が集まっていくのが自分でも分かる。
「そんなに固くならなくていいよ。ほら、深呼吸」
ライトがファインダー越しに、柔らかい声をかける。
「……は、はい……」
ぎこちなく笑おうとして、逆に不自然になる。
肩はすくみ、目線も泳ぎっぱなしだ。
「うん、恥ずかしがってるの、悪くないね。その感じ、今の年齢らしくていいよ。そのままカメラを見てみようか?」
ライトがフォローを入れると、まどかは「ひぃ……」と小さく声を漏らした。
恥ずかしがるまどかが見せる、ちょっとした表情やしぐさを切り撮っていく……
一方――
「はいはいっ!次ウチいこか!」
呼ばれてもいないのに、一歩前へ出てくる翠。
「カメラこっちやろ?こう?それとも、こう?」
くるりと回り、腰に手を当て、満面の笑み。
まるでステージに立つかのような堂々ぶりだ。
「……調子いいわねぇ」
美音子が呆れたように呟く。
「ええやん、せっかくやし楽しまな損やろ!」
「翠ちゃん、テンションはいいけど――ちょっと動きすぎ」
星夜がすかさず指摘する。
「えっ、アカンの?」
「いけないわ。被写体のいい処を押さえるのもカメラマンの腕だけど、“止まった一瞬”や”自分を魅せる”のも、モデルの仕事よ」
「……そうなん?」
分かったような、分かっていないような顔をしつつも、次のカットでは少しだけ動きを抑える。
それでも、レンズを向けられるたびに楽しそうに表情を変えるあたり、ミドリは市全体が一番なのだろう。
そして――
「美音子ちゃん、次いこうか」
呼ばれた美音子は、すっと背筋を伸ばした。
「はい。お願いします」
さっきまでの雑談とは別人のように、表情が切り替わる。
「顎を少し下げて。目線はカメラの少し上」
「はい」
「肩の力、抜こう。そう、その感じ」
星夜の指示を、一つひとつ噛み砕くように理解し、すぐに反映させていく。
「……飲み込み早いね」
ライトが感心したようにシャッターを切る。
「癖も少ないし、修正も素直。 “見せ方”をちゃんと考えてる……基本は出来てるね」
星夜がぼそりと呟く。そして、さらに細かいディレクションを指示していく。
美音子は、ただ静かに言われたとおりにポーズを作り続ける。
その表情は真剣で、モデルという仕事に向き合う覚悟がにじんでいた。
スタジオの端では――
「うおっ、これ重っ!」
「待て待て、エイジ!レンズ触んなって!」
エイジと裕也が、貸し出された一眼レフを抱えて大騒ぎしていた。
「ファインダー覗くと、世界変わるな!」
「な!? ちょ、ミドリ、今の笑顔もう一回!」
夢中になってシャッターを切りまくる。
「こら!連写しすぎ!何でもかんでも写せばいいってもんじゃないぞ。シャッターは考えて切るもんだ!」
ライトの声が飛ぶ。
「す、すみませんっ!」
「あと、被写体に近づきすぎ!」
「うわっ、ごめん!」
怒られながらも、二人の顔はやたら楽しそうだ。
「なぁ裕也、これヤバくね!?」
「ヤバい。マジで楽しい」
初めて触る“本物”のカメラ。
ファインダー越しに見る、いつもとは違う友達の表情。
まどかは恥ずかしそうにしながらも、エイジに撮られると、少しだけ照れた笑顔を見せる。
それを見たエイジは、不覚にもときめいてしまう。
翠はというと、
「ほらほら!ベストショット撮りや!」
と、逆にポーズを要求して、裕也を困らせていた。
やがて――
「はい、今日はここまで」
星夜の一声で、撮影は終了。
スタジオには、安堵と達成感が混じった空気が広がる。
「つ、疲れた……」
「でも、楽しかった……」
まどかはほっと息をつき、
翠は「またやりたいわぁ」と満足そうに笑う。
美音子は、カメラを構えるライトに向かって、静かに頭を下げた。
「ありがとうございました。とても勉強になりました」
エイジと裕也は、撮った写真を見返しながら、
「俺ら、意外と才能あるんちゃう?」
「調子乗るなって、また怒られるぞ」
そんな軽口を叩き合っている。
こうして――
全員がそれぞれの形で何かを掴み、撮影研修は、笑顔と余韻を残したまま、無事に幕を下ろすのだった。
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