二日目 メイドとモデル
秋葉原駅前。
人の流れが絶えないその一角で、まどか、翠、美音子の三人は待ち合わせ場所に集まっていた。
「……まだ、だいぶ早いよね?」
腕時計を覗き込みながら、まどかが言う。
予定時間までは、まだ余裕がある。
人混みの中で立ち話をするには、少し落ち着かない。
「でも、秋葉原だし……なんや、もう研修始まってるみたいな気分やで」
きょろきょろと周囲を見回しながら、翠が小声で言う。
目に入るのは、アニメの看板、派手な広告、コスプレ姿の人々。
非日常が当たり前のように溢れていて、それだけで胸がざわつく。
そんな中――。
「お、みんな早いねー」
声をかけてきたのは、セイ……星夜だった。
予定よりかなり早い到着に、三人が一斉に顔を上げる。
「Yukiがもう来てるみたいでさ。だったらボクもって感じ。Yukiが自ら動くとねぇ、絶対何かあるからさ。」
そう言って軽く笑う星夜に、まどかは少し驚きつつも頷く。
「じゃあ、あと裕也君とエイジ君を待つだけですね」
「うん。……せっかくだし、お茶でも、って言いたいところなんだけど……」
そのタイミングで、星夜のスマホが震えた。
画面を見た瞬間、星夜の表情がくすっと緩む。
「……Yukiから。……ったくしょうがないね。」
三人が顔を見合わせる。
「じゃあさ」
星夜は、どこか楽しそうに言った。
「ちょっと早いけど、企業研修――始めちゃおうか?」
***
連れてこられたのは、ビルの中にある一軒のカフェだった。
扉の向こうから聞こえてくるのは、明るい声と、独特の掛け声。
「ここって……」
「メイドカフェ、ですよね……」
まどかがそう呟くと、翠は一瞬だけ目を輝かせ、すぐに視線を逸らす。
「うわ……ほんまに、あの、テレビで見るやつや……」
興味はある。
でも、同時に、足がすくむような恥ずかしさもある。
「今日の最初の研修はね」
星夜がさらりと言う。
「ここで“メイドとして接客すること”」
三人の間に、ほんの一瞬、沈黙が落ちた。
「……接客、ですか」
まどかは背筋を伸ばし、真剣な表情になる。
いつもヴァリティでお手伝いをしているのだ。今更接客などで驚くことはない。
けれど、“メイド”という役割を演じることには、やはり戸惑いがあった。
翠はというと、頬を押さえながら小さく呻く。
「む、無理……って、ホンマは言いたいんやけど……でも、こういうのも、経験や……」
怖い。
でも、少しだけ、ワクワクしている自分がいるのも否定できない。
そして――。
「……やります」
真っ先にそう言ったのは、美音子だった。
「本気で、この世界でやっていくなら……これくらい、できないとダメですよね」
声は少し震えていたが、目はまっすぐだった。
興味半分、恥ずかしさ半分。
それでも一歩踏み出す覚悟を、美音子は選んだ。
着替えを終え、メイド姿になった美音子は、胸元を押さえながら深呼吸する。
「……だ、大丈夫。仕事、仕事……」
そう自分に言い聞かせ、トレイにコーヒーを載せてホールへ出る。
そして――。
指示された席に目を向けた瞬間、美音子の動きが止まった。
「……え?」
そこにいたのは、ライト。
そして、その隣には――見覚えのある、同級生の男子の姿。
一瞬で、頭が真っ白になる。
(なんで……ここに……!?)
興味と覚悟で踏み出したはずの“研修”が、思わぬ形で、現実と繋がってしまった瞬間だった。
◇
「……美音子ちゃん?」
ライトがそう声をかけた瞬間、
裕也とエイジは、まるで時間が止まったかのようにメイド姿の少女を凝視した。
「……え?」
「……え、えぇ……?」
言葉にならない声を漏らした、その直後。
「うちらもいるでぇ~」
美音子の背後から、ひょい、と顔を覗かせるように翠とまどかが姿を現す。
一瞬で、状況が理解できなくなる。
「ら、ライトさん……ど、どうです……か……?」
恐る恐る問いかけるまどか。その顔は、恥ずかしいのか真っ赤に染まっている。
翠はというと、完全に面白がっている様子で満面の笑み。
そして美音子はというと――。
「…………」
顔を真っ赤にし、視線をあちこちに彷徨わせている。
逃げ出したいのに、仕事中だから逃げられない。
そんな心境が、全身からにじみ出ていた。
「……ど、どうしてここに?」
ライトの口から、思わずそんな疑問が零れる。
すると、横から出てきた星夜が、肩をすくめるようにして口を挟んだ。
「企業研修だよ。それより、ハル。写真撮るなら今のうちにね。他のお客さんに気づかれると厄介だから」
「あ、そうか……」
言われてようやく我に返り、ライトはカメラを構える。
呆然と固まったままの裕也とエイジを含めた五人のショット。
そこに雪乃と星夜も加えたカット。
美音子を中心に、三人だけを写した写真。
給仕をしている様子や、トレイを運ぶ仕草など――
一応、「働いている」ように見えるカットも一通り押さえていく。
撮られている間も、裕也とエイジは完全に魂が抜けた状態だった。
「……じゃあ、この後の説明に入ろうか」
一通り撮影を終えると、メイド服姿の三人娘に、星夜と雪乃も加わって席につく。
話を聞けば、星夜もまどかたちも、待ち合わせ時間より早く着いてしまい、どう時間を潰そうかと相談していたところへ、雪乃から連絡が入ったらしい。
その結果、急遽この“メイド体験研修”が決まったのだという。
「なんや、エイジ。ウチが可愛すぎて、見惚れとるんちゃう?」
翠がそう言って、笑いながらまどかにぎゅっと抱きつく。
「アカンで? ウチはまどかのモンやさかいなぁ」
しかし、エイジも裕也も、ただ口を開けたまま何も言えずにいた。
「はいはい、じゃれ合うのはそこまで」
星夜が手を叩き、場を仕切る。
「ここでの作業だけどね――」
星夜の説明によると、このコンカフェのコンセプト企画に協力しているのが、『スターナイト・プロデュース』なのだという。
コスプレモデルやメイド役として、実際に人材を送り込むこともあるらしい。
「だから今回は、“モデルの仕事体験”って名目で、メイド衣装を着て、接客の真似事をしてもらったわけ」
一見すると華やかで、憧れの職業に見えるモデル業。
だが実際には、こうした地味で下積みのような仕事の積み重ねが多い。
「それを、少しでも知ってもらえたらと思ってね」
その言葉に、三人娘はそれぞれ違った表情で頷いた。
――華やかさの裏側を、ほんの少しだけ覗いた瞬間だった。
「さて、時間がないから、次々いくよ」
星夜の一声で、空気が一気に切り替わった。
先ほどまでのメイド体験の余韻を振り払うように、着替えを終えた三人娘を引き連れ、星夜は足早に店を出ていく。
ライトたちも、その背中を追う。
外には、星夜が手配した八人乗りのフリードが停まっていた。
全員が乗り込むと、車は東京の街を縫うように走り出す。
車内では、誰もがどこか落ち着かない様子だった。
窓の外を流れていくビル群を眺めながら、これから向かう“場所”をそれぞれが頭の中で想像している。
やがて車は、都心の一角にある建物の前で停まった。
「着いたよ」
そう告げられて降り立った先は、撮影スタジオだった。
無機質な外観。
けれど、一歩中に入ると、空気が明らかに違う。
照明機材、背景紙、忙しなく動くスタッフたち。
どこを見ても“仕事の現場”だった。
ここで、Yukiの雑誌用撮影が行われるという。
すでにセッティングされたスタジオの中央では、雪乃――Yukiが、カメラの前に立っていた。
ライトのシャッター音とは違う、別のカメラマンの、規則正しく、無駄のないシャッター音が響く。
「……すげぇ……」
裕也が、思わず声を漏らす。
「ゴクッ……マジかよ……」
エイジも、生唾を飲み込みながら視線を逸らせない。
そこにいるYukiは、さっきまで一緒に冗談を言っていた雪乃とはまるで別人だった。
表情、立ち姿、指先の動き。
すべてが“見られること”を前提に研ぎ澄まされている。
その姿に、場の空気ごと圧倒される。
「雪乃の撮影の合間にね」
星夜が、少し声を落として説明する。
「美音子ちゃん。ついでに翠ちゃんとまどかちゃんも、簡単にメイクしてモデル体験してもらうよ」
三人は、思わず顔を見合わせた。
「え、ここで……?」
「本物の現場、ですか……?」
「……ちょっと、心の準備が……」
緊張と期待と不安が、入り混じった表情。
「プロの手を煩わせるわけにはいかないからさ」
星夜は軽く肩をすくめる。
「キミたちのメイクとスタイリングは、ボクがやる。撮影は――」
ちらりとライトを見る。
「ハル、お願いね」
「了解」
ライトが短く答えると、その場の空気がさらに引き締まった。
――遊びではない。
――“仕事”の延長線上にある体験。
それを、誰もが無言のうちに理解していた。
スタジオに漂う独特の緊張感の中、三人娘も、裕也とエイジも、ただ黙って“本物の撮影現場”を見つめていた。
ここから先は、もう一段、世界の色が変わる――そんな予感を抱きながら。
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