師匠
少年清吉がこれからの人生の道を歩む為、師匠である千宗易に茶道を通して、己を道を極めようとする。
師匠は優しく、そして清吉の行く道が険しいと分かり、後悔しない様に諭す。
師匠とは、自分にとって何を得るか
それが、自分を向上させる為に必要な存在の人。
そして、それだけではなくて、様々な人生の道を自分のために諭してくださる。
様々な人と出逢って何年が経ったのだろう。
思えば、茶というものを飲んだ時を思い出すのが難しい。
最初味わった時に覚えてるのが、母のお手前で幾つの時だったか、飲んで直ぐに苦くて驚いた。
その記憶が鮮明で、その時から苦手なものであった。
だから、またこの空間で茶を飲んで、師匠の話を聞く事が至福の楽しみなるとは思いもしなかった。
ある日、心を決めた。
それは自分にとって、必ず成し遂げねばならぬ事で、今まで誰にも言うことは無かった。
この不思議な空間は、何故か既に自分の中のものを全て押し出してしまう、そんな力があった。
だから、兄が自分を置いて遠い国にいってしまった顛末をゆっくりと話したのだ。
じっと師匠は聞いてくれた。
気がつくと一筋の光るものが、暖かさと共に流れるのに気づいて恥かしくなった。
師匠は空を見つめていて、自分の恥ずかしい姿を見つめることは無かった。
次第にすっきりとした感情が流れた。
隠してた事がこんなに重荷だったのかと、逆に早く吐き出せば良かったと後悔した。
やがて師匠がゆっくりとこちらに向き直り、そして微笑みを返しながら答えた。
「どうなさるのですか?」
「……仇は討ちます」
「そうですか……」
「母の為にも、いつも弱虫と言われてましたから」
情け無くなり俯いた。
兄はいつも側にいてくれた。
その大事な人が居なくなり、こんなにもその存在が大きかった事、母も同様だった。二人からもっと沢山の教えを貰えば良かったと後悔する日々であった。
「たいへんですよ」
「覚悟はできてます」
師匠の一言がとても重いが気持ちが先にいく。
そっと師匠をみると今度は下を向いている。
隅から紙と筆を取り出して、それに何か書いている。
ゆっくりと書いたものを、手前に置いた。
置かれた紙の文字を見つめた。
そしてまた、心が揺れ動く。
気持ちの中に滝の様に流れる血潮を感じ、その紙を取って、じっと見つめた。
「師匠、ありがとうございます」
そしてゆっくりとお辞儀をした。
師匠は微笑んでると思う。
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庵を出て、懐から師匠からの言葉をもう一度見る。
その言葉の意味はなんとなく分かったが、それより肉親の思いが日を経つごとに自分に覆い被さってる。
何故あの時、気づかなかったのかという後悔。
どうしようもない過去からの脱出が出来ない今、師匠の言葉は落ち着いて未来が透けて見えてきたようだ。
秋風が何故か冷たく、心の中まで通り過ぎていく、
「兄上……」
仇を討つ、そう決めたのもこの日だった。
手元にある紙の文字が揺れる
ーー敵も人なりーー
師匠の言葉は、深く。その時の若い時代には気づかなかったのは、晩年思い返した時に、人の命の大きさが漸く自分にも分かり、師匠の言葉、そして教えの深さに感じいる事が多い。




