番外編後編 神様、初詣に行く
蓮華たちと別れ、わしは一人、神社に戻る。寝床に藁の布団を敷いて寝る。街の方はまだ活気があるようだ。大みそかの夜は過ぎていった。
そして明け方。初日の出。柔らかな光が街を包み込む。わしのボロ神社も照らされて、日光が崩れた本殿の中をくっきりと映し出す。
ゆかりのある人たちは大みそかに来た。元旦までは来ないだろう。そう思うと少し寂しさがあった。
わしにできることは他にないだろうか。
そうだ、他の神社に行ってみよう。
わしは思い立った。
わしは神社の神として、どうやって神社を運営するのか知らない。このままでは再建の夢も叶わないのではないか。確定申告のやり方を知らずに作家になるようなものだ。ほかの神々と神社のかかわりを参考にしたかった。
神社の周りの結界は解かれている。わしのすることが人の益だと判断されたらしい。大みそかに蓮華たちとそばを食べた時も、行動の制限がなかった。徐々に自由に近づいている、と言うことでいいのだろうか。
敵情視察も仕事の内だ。他の神々がどう仕事しているのか、見せてもらおうか。
とりあえず、人が多いであろう江ノ島を参考にすることに決め、行くことになった。
・
電車で小一時間。電車内は比較的空いていた。皆車で家族旅行にでも行っているのだろうか?
駅から神社までの道のりも、思ったより混んでないな、というのが雑感だった。島に着いたのが昼過ぎ。しっかり一年の始まりに初詣をしたい者たちは、早朝に済ませたのだろう。
島に足を踏み入れると、焼いた貝やイカを売っている店の前に、台に乗った龍の置物があった。そういえば、ここは龍神と弁財天を祀っていたな。
「おいでなすったな」
龍の置物がしゃべった。わしはびっくりしてそちらを見た。
龍の置物はこちらを向いて喋っている。
「私は龍神だ。置物を借りて通話している。普通の人には聞こえていない。ミズチ、よく来たな」
しわがれているが、芯の通った男性の声だ。
「けったいな挨拶だのう。わしはそなたに会いに来た。多忙の中失礼する」
「まず階段を上って本殿まで来い。話はそれからだ」
「うむ、わかった」
わしは土産物屋が並ぶ通りを抜け、階段を登り、本殿に達した。
正月の神社は入場規制がかかっていて、先の列が奥に進むまで待つ必要があった。列を守ってやっとのことで本殿まで行くことができ、賽銭箱に小銭を投げ入れる。
すると、本殿の中から煙のようなものがどろんと現れた。神独特の『気』を感じる。それは幽体だから、わし以外には見えておらん。
煙は形をなし、弁財天とその肩に巻き付く龍になった。
「人じゃないにおいの客、すぐわかりましたよ、ミズチさん」
弁財天が言う。凛とした、鈴の鳴るような声だった。
「おぬしらに問う……神社に客を呼ぶには、どうしたらいい? オンボロ神社の建て直しには何が必要だ?」
「それは実績を作ることが一番の近道だぞ」
今度は龍神が口を開く。さっきの置物と同じ声だ。弁財天と龍神は夫婦。もともと龍神は荒神だったのが、弁財天と結婚して人の守り神になった。
「我々も元は小さな神社だった。しかし時の権力者の采配によって、大きくすることができた。それは我々が実績を積んだ神であり、敬うに値すると見なされたからだ」
「スセリビメが言ってましたよ、あなたのこと。小さい神社でも頑張って縁結びをしてるって。昔の私たちを思い出すわ」
小さいどころかボロ神社だがな。だが、ここでスセリビメの名を聞くとは。
「スセリビメ様が、わしのことを気にかけてくれているのか……?」
「ええ。ご近所さんの宗像三女神はスサノオの娘。スセリビメの姉妹なのだから話は聞いています。今必要なのは、焦らないことです。あなたは身の丈に合った仕事をしっかりやれている。他の人の真似事なんてしなくていい。あなた自身の道をゆきなさい」
「そうか……」
「室町生まれの若輩ながらよくやっているな。お前の願い、できるだけ考えてやろう」
弁財天と龍神が交互に言う。
「神様との関わりを持つ宮内庁が国にはあってね、神職の人たちが神社の神様をジャッジして、参拝するに値する神社なら神主を派遣することもある。宮内庁は神々と人々の生活をしっかり見ている。私たちの存在理由が人の敬う心にあるのだから、人に報いる神になれば良い。そうしなければ力を持て余し、また荒神になってしまうでしょう」
国に認められることが必要か。
そのあたりは実業家と似たようなものだろうか。
「そうなのか。なら、今の調子で頑張ればいいのだな」
「ああ頑張れ。そしてせっかく来たのだから、願いを言え」
わしの願い。それは。
「今年は色んなやつと出会いたいのう。色んなやつと知り合って、色んな世界を見てみたい。そいつらの幸せとわしの自由のために、わしは縁結びがしたい」
「その願いはあなた自身の頑張りで叶うでしょう」
「祈るまでもなかろう」
「だったら賽銭返せ!」
弁財天と龍神はハハハと笑った。わしも笑った。
江島神社を後にする道すがら、これから参拝しようという者たちが橋をわたって島に来るのを見た。こんなに客がいては弁財天たちも大変だ。わしもいずれこれくらいの客を……。いや、それは取らぬ狸の皮算用だな。
わしは自分の願いを胸のうちで反芻する。
わしとわしの周りの方々に幸あれ。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
柄にもなくわしは思ったね。




