番外編前編 乙彼
一年のうちで神社が最も繁盛するのが年越し、年明けだ。
人は神社に参拝して、一年の幸せを祈る。祖先から延々と受け継がれた習わしだ。
「まー、ウチには関係ないがの!」
わしは制服を着た人形に入ったまま、本殿でポテチを食べつつ、思いっきりゴロゴロしていた。
せっかくの年明けに、ボロボロの神社に来る客はいない。観光客でごった返していても、しっかりとした神社に皆行きたいものだろう。
気分だけでも正月としたい。ラジオでミュージック、スタート。年越しの神社でよく流れるあの曲が再生された。いつか神社再建したときのために、中古CDショップでこの曲を買っていたのだ。
今は冬休みだ。大みそかと正月は親戚と会うなど、みんな忙しい。悲しいがこんなボロ神社に使う時間などないのだ……。
と、思った矢先に来客が来たようだ。
誰かが敷地内に来た気配がある。わしは本殿の中でかしこまった。
やがて来客の顔がはっきりとわかる。
「操?」
紛れもなく操だった。彼女は賽銭を入れて礼、拍手をする。
「神様、今年はありがとうございました。なでしこちゃん、メール見ると手術終わったみたい。予後を見てから帰国するらしくて、来年の春には学校来れるって」
そうか! それはよかった。心配しておったからな。
「これからの私たちもよろしくお願いします、神様……」
涙が出るくらいいい子だのう……。おぬしたちの未来に幸多からんことを。
操が帰っていくと、入れ替わりに誰かが来た。
「みずっちさーん!」
蓮華とミヨ子が腕を組んで歩いてきた。
がたの来ている扉を開け、わしは応じた。
「なんだなんだ」
扉を開けると、本殿に日光が差し込む。くっついているミヨ子と蓮華は本当に幸せそうだった。
ふとミヨ子と目が合う。お互い、頷く。
感謝の言葉を直接伝えずとも、目は口程に物を言うということだ。この者たちの縁を繋いでよかった、とわしは心の底から思った。
「あっ、いた。ほんとにこんなボロボロの神社で暮らしてるんですねー」
「うるさいわい。参拝でないなら要件は何だ?」
「みずっちさんにぃ、お年玉あげちゃいます」
袋をガサゴソやり、中の物を取り出す。
これは……。
巫女服ではないか。人形の低めの身長に合わせた、丈の短いものだ。
「これ、わしに……?」
「アキバのコスプレショップに売ってたんですよ。みずっちさん、巫女って言ってたから。でもボロ神社がまともな服用意してくれるのかなって。たまたま見かけたから買っちゃいました」
「ちょっと待て。着替えてくる」
わしは本殿に引っ込み、服を替える。
人形の素肌を見せるわけにはいかないからな。
巫女服はシルクでできており、肌触りが良い。
本殿から出てきたわしを、蓮華とミヨ子は好奇の目で見た。
「なかなかいいじゃない!」
「Sサイズにしましたが、ぴったりです!」
「……こんないいものを、わしにくれるのか?」
誰かからプレゼントをもらったのは初めてだ。
土地神として生贄を捧げられたことはある。しかしあれは、わしが求めてもいないのに人間が勝手に寄越したものだ。
……生贄の少女……。
いかんいかん。記憶に蓋をしていたのに思い出してしまうではないか。
何も知らない蓮華はわしの姿をまじまじと見て。
「そういえばみずっちさん、男でも女でもないのに『巫女』なんですねえ」
「まぁ、多様性の時代だからな」
「この神社の神様は現代的ですねぇ」
わし現代的かのう。
ま、時代に合わせようとする心はなきにしもあらずだな。
「この後、年越しそば食べようって話になってるんです。みずっちさんも来ますか?」
年越しそば。毎年ラジオで聞いていたが、実際に食べたことはない。
「行く、行く」
そういうことになった。
・
夜。蕎麦屋は案の定繁盛していた。
「はい、年越しそば三つお待ち!」
カウンター席にモチの入ったそばが提供される。
「いただきます」
そばを啜るとのど越しが良く、出汁もよく効いていた。
この人形は神様の世界で造られた内燃機関を持っており、食べたものをエネルギーに変えられる。便利な道具だな、これは。
「美味しいですね」
「うん」
蓮華とミヨ子も舌鼓を打っている。誰かと食事をするのも、思えば初めてだ。
わし、長生きしとるのに初めてづくしだのう……。
自由になったら、もっといろんな初めてを知っていくのだろうか。
ふふっとわしの口の端から笑みがこぼれた。
ごーん、ごーんと、どこかの寺の除夜の鐘が聞こえる。
煩悩を打ち消す鐘の音。恋の煩悩があればウチに来るといいのにな、と思いつつ、初めて年末を楽しいと感じた。




