第六話 野望
「あの子ね、昔は人気者だったの。中学生の時はアイドル目指してた」
ミヨ子の独白。わしはじっと耳を傾ける。
「でも……人気者でいるってことは、そのぶん銃口も向けられることになる。自分の悪口を言われてるのを、クラスSNSかどこかで知っちゃったのよ。それから、好きなゲームのキャラをなぞるような生き方をするようになった。そのほうが矢面に立たないやり方だと思い込んでるのね。あの子、向こう見ずなところがあるから、一度こうって決めちゃうとそのとおりにしか動けなくなる。あの子なりに社会に適応しようとしてるのはわかるけど、端から見てて辛いものがあるわ」
なるほど。ミヨ子は蓮華にそう感じるのだな。
蓮華のあの目立たない雰囲気は、わざとそう言う風に装っていたのだろうか。本人のパッションといささか似合わない感はあったが。
「でも私、好きなのよ……頑張ってるあの子が。なんで好きなのかってのはわからなくて、それと何とかしてあげなきゃって気持ちがイコールなのかもわからなくて。つい言葉がきつくなっちゃうけど、あの子自身がベターな選択肢を考えて選んでほしい。私が隣に立って、あの娘が本当に望むことをしたい」
蓮華は頑張っている。なるほど確かに、あの前のめりな姿勢は頑張りと言えなくもない。
かつて人気者だったのなら、生徒会長をも惹きつける魅力があるのかもしれない。
わし、もっと蓮華のことを知るべきだな。縁結びの対象として見るには、いささか情報不足だ。
「私、あの娘をなんとかしてあげたい。その力と勇気がほしい。神様、お願いします……!」
うーむ。
承った。何とかしよう。
今度は肉体がある。だからターゲットに直接干渉できる。わしの働きかけで、良い方に転がればよいが。
しかし……参拝客たちの結果をすべて神頼みにしない姿勢にわしは感心した。操といい、この時代の若者も捨てたもんじゃない。
わしが行うのは最低限の話し合いの場所づくり。後どうするかは、ご両人の判断さね。
帰っていくミヨ子の背中が見えなくなった時、ぴょーんと境内から社内に跳ねてきたものがいた。
「やぁやぁやぁ、仕事は順調ですか? ミズチさん」
「ウサ公じゃないか」
因幡の白兎はへへへと笑う。
「二人目のお客様が来たのに、なんだか浮かない顔じゃないですか。もう疲れてしまいましたか?」
「まぁ、学校は疲れるよ……老骨に鞭打つ感覚だな」
「そうですね。勉強もしないと留年ですし」
勉強。先日の授業では、ヤギ担任が担当する歴史の授業があった。室町時代をやっていて、わしが自由だった頃であったので、授業自体は楽だった。当時の文献を見ると、あの頃がまざまざと思い出される。もうそんなに年月が経ってしまったのだなぁ。
一方で数学はワケワカランかった。なんじゃ数式って。何がどうなって答えになるのかまるで意味がわからんぞ。
「……それなりにやっとるよ」
わしはぼやくように言った。
「それはよかった」
因幡の白兎は、わしの含みを持たせた言い方をおそらく意図的に無視した。
ハァーとため息が出てしまう。最近は考えること、行動すべきことが多すぎる。
「今の時代、いろんな人間がおるのう……。わしが自由だった時代に女の子同士の恋なんてあったか?」
「今は多様性の時代なんですよ。八百万の神と似たようなものです」
「そうなんかのう……」
「日本は昔からいろんな宗教やら文化やらを取り込んでいった国ですから、同性同士の恋もそういうものなんですよ、多分」
「うーむ。まぁ、そういうことにしておこう」
「あとですね。本題です。ミズチさん、さすがにボロ神社では生活しづらいでしょうし、表向きはここに寝泊まりしていることになってますから、こちらで手回しして神社の再建も考慮しようと思ってます」
「おお、それはありがたい!」
「そういうことなので、引き続きお仕事頑張ってくださいねー。ではでは」
因幡の白兎はぴょーんと跳ねて帰っていく。
どんどん待遇が良くなっておる。いいぞ、いいぞ。
そしてわしはひとつ案を思いついた。利用できるものは利用してやろう、そういった考えだ。たとえキューピッドの役を貰ったとして、野心を抱くべきではないというわけではなかろう? うっしっし。わしを閉じ込めた神々め、今に見ていろ。
・
翌朝教室に入った時、既に席に着いていた蓮華に気付かれた。
「みずっちさん! おはようです!」
ビシッと敬礼する蓮華に、わしは思わず苦笑してしまった。
「それもゲームのキャラのマネか?」
「はい! ドガバキメモリアルのわた子です! 攻略対象にはできないんですが、私はあのキャラの活発さが好きで! 私の情報屋キャラもその子の受け売りなんですよ!」
いくら熱くても知らないゲームの話をされてもなぁ。
まぁ、元気があるのはいいことだ。
「ところで、だ」
わしは蓮華に向き直る。
「情報屋のおぬしにできるか、訊きたいことがある」
蓮華のゴクリとつばを飲む音。わしの申し出に少なからず期待しているようだ。
わしは蓮華に耳打ちした。
「この高校の学生カップルのリストアップ……できるか?」
「おやすい御用です!」
蓮華が小さくグーサインをする。
「この学校のことで、私にわからないことなんてありませんから!」
「ところで、どうやってこういう話を調べるのだ?」
「私以外にも、クラスに一人は噂好きな子がいますからね。そういった子たちにヒアリングして、複数の証言から真実に近いものを見定めます」
「ほうほう。この学校は、女子同士で恋愛するのが多いらしいが、そのへんはどういう理由なんだ?」
「はじめは遊びで恋人ごっこして、熱が入って本当に付き合っちゃう人が多いみたいです。もともとこの学校、女子校だったんですよ。シスター制度があって、その名残が女子同士で付き合うことに残ってるみたいですね」
ほーう。それは初耳だ。
蓮華は眼鏡の奥の目を光らせる。
「やっぱり恋愛に興味ありますか? みずっちさんの転校はセンセーショナルな出来事ですからね。既にみずっちさんを好きになりそうな人も探せますよ!」
「わしの好感度なんかどうでもよいのだ……しかし、何がおぬしをそこまで駆り立てるのだ? 結局は他人の色恋、それがおぬしに関係あるのか?」
蓮華は急に「すんっ」という顔をする。
これは核心に触れたか?
「今のSNS全盛期の学校じゃ、ログに残らない情報を売り買いする必要もあるんです。周りのクラスメイトの素性を調べたり、相手が自分をどう思ってるかや細かいことを含めた人間関係の把握……そうしなきゃ生き残れないんです」
「必要悪というのだな?」
「そうですね」
ふむ、と一呼吸おいてわしは続ける。
「どうしておぬしは脇役になりたがるのだ?」
「誰かの役に立ちたいからです」
「なぜそこまで人の役に立とうとする?」
「昔、炎上して怖くなっちゃったのが、裏方を志すきっかけ……でも、その中で感じるものもありました。人の幸せが私の幸せです! この世の中、うまいことばかりじゃありません。一人でも世の中に失望せず、上手く渡っていけたほうが、最大多数の最大幸福になります。私、自分が自分がって言わなくても、誰かに感謝されたり有難がられることもできるって気づいたんです」
「……そうか」
それが言えるのなら、おぬしは脇役に甘んじる者ではないよ。
おぬしを見ておる者はちゃあんと見ておる。生徒会長とかな。
「生徒会長の補佐でもして、公に生徒たちの役に立つ気はないか?」
「……目立つの苦手なんですよ」
「それなら、わしとコンビを組もう。わしの高校生活を彩りあるものにしてくれないか」
「えっと、どういうことです?」
「女の子同士の恋の応援だよ! そのためにもカップルのリストアップ、頼んだぞ!」
蓮華は、きゃー、と口を押さえて小さく叫んだ。
しめた、とわしは思った。わしも善人ではない。使えるものは何でも使って自由に近づきたい。こういう考えもあるのだよ。ここにいない因幡の白兎にわしはほくそ笑んだ。
・
こうして百合縁結びに奔走しておると、ふと思うことがある。
わしは仕事として、脇役の立場を買って出ているのではないか?
わし視点では、蓮華は全く脇役ではない。むしろ脇役なのはわしだ。主役となるのは縁を結ぶカップルたちだ。わしはそれの背中を押しておるだけだ。
脇役としてのわし。だがそれだけでなく、わしの人生という観点では、主人公としてのわしもおる。
わしのところに祈りに来る者の目的はゴールイン。わしの目的はその見返りに自由を得ること。
だが、自由を得て何をするか……?
しばらくは目新しいものが目白押しの外界を楽しむだろう。
自由を得たなら。一度わしを見限った神々の世界に放たれるのなら。
「神様の世界をのし上がるのも悪くない……」
自分の存在が誰かのささえになればいい……それはわしも蓮華と同じだ。例えば操たちのカップル成立を見て、まんざらでもない気持ちになる。だがわしは、わしの幸せをあきらめる気はない。
ひとつ目標ができた。今は、そのための仲間づくりの時期なのだ。蓮華よ。わしの共犯者になってもらうぞ。ふふふ。
まずは蓮華自身の問題を解決してからだ。そこから本格的に、わしの神社を百合縁結びの駆け込み寺となるようにする。寺でなく神社でないかい、とわしは自分の心に突っ込みを入れた。




