第四話 ミズチ受肉
わしのボロ神社は崩れているが、縁側から眺める雨というのも風流なものだと思う。
しとしとと降る雨が、四角く切り取られたように縁側の内から見える。雨音は周りの静寂を際立たせる音だと思う。濡れさえしなければ、わしは雨は苦手ではない。
二人は縁側に座って、急に泣き出した空を見上げていた。
「夕立……? 天気予報じゃ晴れだったのに。ほんと、今日は変なことばかり起こる日……」
頭の雫を払いのける操の視線が、なでしこの胸に向く。
そこには、白い布地が雨で肌に張り付いていた。
「わわ……!」
急いで目を背ける操。なでしこは自分の服がどうなっているか、気付いていないようだ。
「大変だねー」
のんきなことを言いよる。二人が体調を悪くしないように、気持ち周囲の温度を上げてやった。わしはエアコンか。
「しばらくここで待つしかないのかな……」
「そうだね」
「夕立だから、待ってれば止むよね」
間。
互いに何を話せばいいのかわからない膠着状態。一番居心地がいい関係のはずなのに、居心地が悪そうにする二人。
ああもう、じれったい、じれったすぎる! 何のために二人っきりのムードを作ってやったのか!
わしは地団太を踏んだ。床がギシギシと鳴る。
その音に二人はびくっとした。
「霊障……?」
わしが目に見えないから、そう思われるのも無理はなかった。なでしこは震えて、操の肩を抱く。
操はそんななでしこの手をぎゅっと握った。
「怖くない、怖くない……」
先程から続く怪奇現象に、操が一番怖がっているに違いない。顔面蒼白になっている。正直すまんかった。
ぷるぷる震えながらも手をしっかり握る操に、なでしこは少し噴き出して、微笑んだ。
「小さいころにお化け屋敷でも、操ちゃん、こうやって励ましてくれたよね」
「え、あ、うん……」
操は片手でぽりぽり頬を掻く。ああ、と思った。そろそろ、言いたいことを言ってもいいムードになった。
二人は同時に言った。
「「あのさ!」」
被って、またもじもじしてしまう。
「……なでしこちゃんが先に言ってよ」
「うん……」
なでしこがやおら口を開いた。
「こんな風に操ちゃんと二人っきりになって、私、このこと言わないでおこうかなとも思ったんだけど、やっぱり言わなくちゃならなくて……!」
その時だった。
なでしこの息が浅くなる。胸を上下させ、荒く息をつき始める。操はそれに動揺して、なでしこの背中をさすった。
「なでしこ、ちゃん……?」
「こんな時に……病気っ……!」
なでしこはポケットに入っていた錠剤を飲む。錠剤の効能と、近くに操がいる安心感から、徐々になでしこの体調は良くなっていった。
「どうしたの……?」
「まだ、大丈夫なほう……」
「全然大丈夫じゃないよ!」
病気は本人が大丈夫と思っていても、周りから見るとそうでない場合が多い。
なでしこは観念して言った。
「私ね、体調が悪いの、最初はただの風邪だと思ってた……でもお医者さんから先日、難病だって言われて……アメリカで手術しなきゃいけないの」
操は絶句した。
「それで何日も学校休んで……」
「本当なら操ちゃんに言わなきゃいけなかった! でも、心配させたくなかったからっ……!」
「大丈夫!」
操はなでしこの手を一層強く握った。
「私がいつでもそばにいるから……国が離れても、心は繋がっているから」
なでしこは目を見開いた。
「私もね、言いたかったことがあるんだ。なでしこちゃんに……」
操の心臓もドキドキし始める。そういう音が聞こえる。
「私、なでしこちゃんが好き。どんなところも好き。だから、友達より上に行きたかった。なでしこちゃんの心の中に、いつも私を住まわせたかった」
操はなでしこを見つめる。
「私の……『特別』になってくれますか?」
言ったァ! わしは手を叩きたい気持ちになったが、ここでまた霊障を起こすとムードが台無しなので、耐えた。
操はわしが思っていたより何倍も強い子だった。
なでしこの目から、堰を切ったように涙があふれる。
「いいよ……! 私もあなたの『特別』になる……! これでおあいこ……!」
操ももらい泣きをする。涙と嗚咽の中、二人は抱き合った。
「場所は離れ離れになっても、心は一緒……!」
「うん、うん! 二人で辛いことも乗り越えよう!」
もういいだろう。わしは空に霊力を放ち、雨雲を散らせ、雨を止ませた。
雨上がりの空には、二人を祝福するように虹がかかっていた。
・
操が三度わしの神社に訪れたのは一週間後だった。
「なでしこちゃんの病気、よくなりますように……」
二礼二拍手一礼。
時期的になでしこは既に渡航したのだろう。操は一人だが、晴れ晴れとした顔をしていた。めでたしめでたし、とはいかないが、二人は互いにとってベターな選択をした、ととらえていいだろう。
人間のこんな顔を見れるなら、もっとこの仕事を続けてもいいな、と思えるのだった。
「あの霊障も、全部神様が見ていてくれたってことですか?」
それには沈黙で返そう。黙秘は暗に肯定の意だ。
「ありがと、神様」
その言葉にわしの胸は熱くなった。鳥居をくぐって帰る操の背中をわしはずっと見つめておった。
ああ、気持ちええんじゃ。
そんなわしの背後に神の使いがいたことに、感動のあまり気付いていなかった。
ちょんちょんと肩をつつかれ、わしは驚いてふり見た。
「ミズチさん、一人目の縁結びお疲れさまでした」
「おうウサ公。何日かぶりだのう」
「見てくださいよこれ!」
因幡の白兎がスマホの画面を見せてくる。今は神様もスマホを使う時代か。
「やりましたよ! この神社にレビューが付いたんです。操ちゃんのおかげですよ」
「ほう、レビューとな」
「マップに表示されるものです。評価が高いと、他の誰かがここを見つけてくれるかもしれません」
「わしに頼めば悩みが解決する、というような?」
「はいー、それがですね」
因幡の白兎がスマホ画面をスライドさせる。
「女の子同士の縁結びの神様として、今注目ワードになってます!」
「ほへ? 女の子同士?」
わしが画面を覗き込むと、そこには『女の子同士のキューピッドになる神社です』と書かれていた。
『この神社にお願いしたおかげで、私たちは結ばれました。まるで近くで見ていてくれたようで、本当に感謝しています』
簡素な文章だが、気持ちが伝わってくる。操め。やりおるわ。
わしは女同士の縁結びの神……めったに聞かないものだな。特別な称号のようで、悪い気はしなかった。
「何はともあれ縁結び一組目、おめでとうございます。ご褒美にいいものをスセリビメから預かっております」
そう言って、因幡の白兎は後ろ手に持っていた棺のようなものをごとりとこちらに寄越す。
「これはなんだ?」
「開けてみてのお楽しみですよ」
棺のふたを開けた途端、わしは息をのんでしまった。
「これは、人形……?」
「ええ。人間大の日本人形です。この神社の御神体となるものです。造形の神、タマノオヤさんが夜なべして作ってくれたんですよ」
腰まで届くつややかな黒髪を持つ人形は、眠るように目を閉じている。腕や足、指の関節が球体になっていて、可動するようだ。
「ミズチさん、透明だったらなんでもできるってわけじゃないのを知ったでしょう? あらかじめ、そう思うだろうと考えてこちらで用意していたものです。この人形の魂はからっぽです。乗り移れば、自在に動かせますよ」
「ほう。これはこれは」
わしはぬるりと人形の中に入ってみた。
確かに中はがらんどうだ。闇の淵にいるような気分になって、目を開けると人形の身体になっていた。
目をしばたいてみる。視界良好。腕、足をストレッチさせてみる。違和感なし。手をグーパーグーパー。うむ、わしの思い通りに動かせる身体だ。いわゆる受肉というやつだ。
「ミズチさんには期待しております。縁結び、これからも頑張ってくださいね」
「応!」
「それでですね、ミズチさんに高校への編入をしてもらいたいと思います」
「にゃに?」
わしの思いもよらぬほうへ、事態が転がっていくようだった。




