表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
縁結びの神様は百合の間に入らない  作者: 樫井素数
第壱章 蛇神胎動編
3/9

第参話 雨雲の向こう側

 ……夢を見たのはいつぶりだろう。

 夢の中でわしは操を見ていた。なでしこが独りで病院におり、操は家で一人泣いていた。

 互いに相手に気持ちを伝えられないままであれば、あり得るかもしれない未来。

 最悪な絵面で飛び起きたのは、真夜中。


 近くの湖面に満月がぽっかりと姿を映している。虫の声も聞こえない静謐の中で、木の腐ったにおいと、内部に吹き抜ける風を感じる。そんな中にいては、孤独感をひしひしと感じざるを得なかった。

 わしは一人で考えた。

 操となでしこはともに『真実を伝える勇気』を欲している。

 このまま二人が何も言えず、ある日いきなり離れ離れになってしまっては、二人の間にしこりもできてしまうだろう。わしは二人の真実を知ってしまった。二人は互いに相手の想いを知らぬ。このまま何もしなければバッドエンド一直線だ。

 だが、一方的に真実を暴き、二人の関係を変えていいものか。 自分の自由のために二人の運命をいじっていいのか。本来であれば二人は、自分の力で勇気を出すべきではないのか。

 わしは知らずのうちに二人に感情移入している自分に気が付いた。荒神だったころは、人間に対してこんな気持ちになることもなかったのに。経過した月日はわしの心に変化をもたらしていたようだ。一言で言えば、触れるもの皆傷つけるナイフが、錆びた。


 わしは荒神であった頃を思い出す。あの頃は……ひたすら人間が憎かった。羨ましかった。定命の者……人間たちが自由に生きて、人生を謳歌しその短い生涯を終えられることに、悠久の時を経ても妖怪と大差ない、神のヒエラルキーの最下位にいるわしは嫉妬を覚えたのだった。


 しかしながら、人の色恋に初めて触れて思う。人間には人間の苦しみがあるのだと。ちっぽけな人間の身体では受け止めきれないような運命に出くわすこともあるのだと。

 操は……なでしこの病気を知ってもなお『特別』でありたいと思うだろうか。自分の気持ちを押し殺して『友達』としてふるまうかもしれん。そのほうが、なでしこに『想い人を残して死ぬかもしれない』という不安を与えないからだ。

 二人はおそらく、しばらく会ってもいないに違いない。


 ……決めた。

 多少強引でも二人を会わせよう。そして、操が告白するムードを作るのだ。

 今日はもう遅いから、明日二人が起きているときに手を打とう。

 そういうことになった。


   ・


 キーンコーンカーンコーン。

 学校のチャイムが、授業の終わった教室に鳴り響く。窓から夕日が差し込み、ノスタルジックな雰囲気を醸し出していた。

 生徒たちは帰る準備をしていた。操もその例外ではない。操は空の席を見やる。

(今日もなでしこちゃん、学校に来なかった……)

 そんなことを考えているのだろう。

 わしは操の近くで待機して、時間ができるこの機を待った。そして、操にだけ聞こえる声で話しかけた。


『わしは神だ。おぬしに言うべきことがある……』

 脳内に直接響く声に、操はきょろきょろとあたりを見回す。

「今の声、誰?」

 その声に周囲の同級生たちが操の方を見るも、すぐにまた帰りの準備や談笑に戻る。操は疑問符を浮かべるような顔をする。

 こういう反応になるのも無理はない、が。わしは続ける。

『わしだ。お前が頼み込んだ蛇野神神社の神様だよ』

「何、この声っ!?」

 操は激しく動揺する。わしがお主の立場でも、そういう気持ちになるだろうな。わしは諦めず語り続けた。

『おぬしの未来をよいものにするために、わしはここに来た……』

「神様!? 私、神様に話しかけられてるの!? これって幻聴ってやつ!?」

『ち、違う! とにかくわしの話を聞け!』

「精神科行かなきゃ……!」

『やめろ! そんなものは必要ない! おとなしくわしの言うことを聞け! なでしこがいなくなってもいいのか!』

 その名を出した途端、操のスマホを操作する手が止まった。あと一歩で精神科の予約を取るところだった。

「なでしこちゃん……?」

『なでしこはお前に伝えたいことがある! 外に出ろ、対話をするんだ! このままではおぬしら、悔いが残るぞ!』

「悔い……」

 操の動きが一瞬固まる。

 隙あり!

 わしは操のスマホをひったくり、なでしこの連絡先を呼び出す。

(いま会える?)

 初めてスマホを触った。フリック入力、というやつは不器用なわしには難儀だが、なでしこに連絡はできた。

「ちょ、勝手に文字打つな!」

 操が宙に浮かんだスマホを捕まえようとする。わしはひらりとそれを躱す。いいぞいいぞ、ここまで来~い!

 ノート形式のカバーを持つスマホが、わしの手によりひらひらと蝶のように飛んでいく。操は必死でそれを追った。

「待ってー!」

 まず一人、誘導することができた。あとはなでしこの家に行くだけだ。

 だが……人の目に見えないのも苦労する。直接人間と会話できたらよかったのだが。急に降ってくる天啓では、精神疾患と区別がつかん。

 次に仕事する時は、人の隣に立てる肉体が欲しい。わしはそれを切に願った。 


   ・


 空を飛ぶスマホがカバーをはためかせながら、なでしこの家にたどり着く。

 こつん、こつんとスマホの角が窓を叩く。

「小鳥……?」

 なでしこは窓のそばに来て、そして、家の前にいる操の姿を認めたのだった。

「操ちゃん?」

 わしが霊力を消すと、スマホが操のもとに落ちてくる。操はそれをキャッチ。

 そして窓際になでしこの姿を認めた。

 操はなでしこの姿を見て、照れくさそうに頬を紅潮させる。

「久しぶり! 風邪、よくなった?」

 操の呼びかけに、なでしこはどこか後ろめたい顔をして。

「……ええ、まぁ」

「あとね、さっきからわけのわからないことが立て続けに起こって……それで、なでしこちゃんのところに来ちゃったんだけど……私の肩に何か乗ってたりする?」

「何も見えない、でも……」

 なでしこは伏し目がちに言う。

「私、あなたに言いたいことがある……」

 しかし、近くから聞こえてきた騒音に二人は眉根を寄せた。


 近くでは小学生たちがガヤガヤと騒いでいる。なでしこの家の前には公園がある。そこでサッカー大会が行われているらしい。囃子声や歓声があたりに響いている。大事な話をする静謐な時間としては、ここは適していないようだ。

「……ちょっと場所を変えようか」

 部屋の中にいても聞こえる子どもたちの声。なでしこは辟易した顔をして、部屋を出た。

 外で操となでしこが並んで歩く。操は紅潮気味に、なでしこはどこか翳りを含んだ顔をしている。

 操はなでしこの異変に気付いたようだ。

「ずっと会ってなかったけど、何かあったの?」

「ええ、まぁ……」

 濁すでない。いつかは操も知ることなのだぞ、とわしは思っても口に出せなかった。

「……どこ行こうか」

「落ち着いて話せる場所がいいね」

「そういうとこ、あったかな……」

 時々動悸がするのか、なでしこは胸をさする仕草をする。

「なでしこちゃん、胸、痛いの?」

「ええ……少し」

「……」

「……」

 お互いただならぬものを感じているのか、並んで歩いていても無言になる。何を言えばいいのかわからないという風だ。目的のないまましばらく歩いているうちに、わしの神社のある湖の近くまで来ていた。

「ここ、綺麗な湖があってさ……」

 操が言う。しかし、言うべきはそんなことじゃないだろう?


 ええい、じれったい!


 二人の距離を縮めるにはどうするべきか……。

 ぱっと閃いたものがある。それは相合傘だ。傘の下で濡れないように身を寄せ合う。これ以上に距離を縮める方法があるものか。

 わしは雨乞いの儀式をした。幽体のまま、曇り空の下で踊る。

 わしの踊りはアメノウズメを参考にしている。あの踊りは神の世界でも有名だった。完コピとまではいかないが、それに触発された踊りは自分でも様になっていると思う。

 雲の間で雷鳴が轟き、次いで土砂降りが降ってきた。

「わー! 雨!」

「傘持ってないのに!」

 突然の雨に二人が戸惑い、屋根を求めて走った。

 なんだ、どっちも折り畳み傘持っとらんかったのか。

「なでしこちゃん……このあたりに、壊れたお堂があるよ! とりあえずそこで雨宿りしよう!」

 そうして操が先導し、二人はわしの神社に向けて走った。

 半ば崩壊した神社だが、まぁ雨宿りにはなる。わしは寛大だから、それくらい赦してやろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ