第弐拾四話 修学旅行
「告白の返事は……待ってくれ!」
そう言ってわしはその場をやりすごした。煮えきらない表情の紫苑を置いて逃げた。
そうするしかなかった。
翌日自分の教室で、机について頭を抱える。
「あ〜……」
どうしよう。
わしは人の縁を結びたい。しかしわし自身が結ばれたいわけではない。
「おやみずっちさん。ご機嫌斜めですか?」
蓮華が隣の席にやって来る。
わしは倦んだ目で蓮華を見上げた。
「……突然告白された時、どうすればいいかのう? それで悩んでおる」
「みずっちさんにも春が来たんですか?」
「わしに春は早すぎたようだよ……まだ冬眠していたかった」
「蛇ですか?」
「蛇だよ」
「めでたいことじゃないですか」
「それが全然めでたくないのだ。わしは人の仲を取り持つ者、わし自身が恋愛するなど思ってもみなかった」
「もうすぐ修学旅行なのに、落ち込んでちゃ楽しめないですよ」
本来なら修学旅行までに、二人の互いに対する好感度を上げたかった。しかし紫苑からの矢印がわしに向いている。わしらの仲が深まってしまっては縁結びが達成できない。
「蓮華、修学旅行までに幸亜のことを調べてくれないか」
「音無幸亜さん? いいですけど……最近新しい友達になったんですか?」
「友達どころかあわや恋敵だよ〜」
「大変なんですね。私にできることはやっておきます」
ぴっと蓮華は敬礼のポーズをとった。
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時間は誰の味方でもなく、淡々と過ぎ去っていく。まだ踏ん切りがつかない者を置き去りにしたまま。
結局温泉の話は流れ、修学旅行に行く日になってしまった。
今回の修学旅行はクラス交流も兼ねて、班を構成するメンバーがいろんなクラスからランダムに選ばれる。
奇しくもわしは紫苑、幸亜と同じ班。これは気まずい。相当気まずい。
新幹線では紫苑が隣に座った。窓側にいるわしをしきりに見やってくる。あわよくば手を握ろうとしてくる。わしはポケットに手を突っ込んでやり過ごした。
通路側の席から幸亜が敵意ある視線を向けてくる。わしと紫苑の間のことを悟っている目だ。ごまかしきれるだろうか。
「伏見稲荷、楽しみだね……!」
別の神社に行くのは年明け以来だ。伏見稲荷にいる神は……ウカノミタマ。わしと比べると上位の神に相当する。確か、わしの上にいるスセリビメと姉妹だったな。だからといって何があるでもないが。
わしはカバンから、幸亜についてまとめたものを取り出す。蓮華が用意してくれたものだ。
「それ、何?」
「テスト勉強……」
「こんな日にまで勉強熱心にならなくてもいいのに」
紫苑の目を誤魔化しつつ、わしは幸亜の資料に目を通した。
音無幸亜。杠紫苑と幼馴染。昔、事故に遭ったところを紫苑に助けてもらい、そこから親交が始まったらしい。
幸亜がなぜ紫苑に執着するのか、それは命を助けてもらったからだろう。しかし幸亜側の好意が紫苑に届くことはなく、仲を深めようとして、先日の校舎裏のようなことになってしまったのか。
これは厄介な案件だな。幸亜側の気持ちもわからんではない。しかし、当事者として命を助けたことが直接恋愛に繋がるとは限らない。紫苑側の困惑もわかるのだ。紫苑としては、幸亜に普通の幸せを送ってほしいのだ。その幸せを支える自信が、紫苑にはない。
幸亜はこちらから視線を外し、椅子に背中を預けて寝息を立て始めた。険のある雰囲気はそのまま、ふて寝しているようだ。わしはおぬしの敵ではないのに……。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
紫苑が席から離れた後、わしは大きなため息をついた。手に持った資料をカバンに戻す。
もう、このままでいいかのう……?
この縁結びを成就させる解決策が見つからない。
縁結びの神様ではなく、女の子と添い遂げて、人間社会で普通に生きてもいいかのう……?
わしは疲れた。縁結びの仕事は楽ではない。こんなことはやめにしたい。人形に入り、人の暮らしにも慣れてきたのだから、気ままな学校生活を続けてもいいような気がする。紫苑がマヤの生まれ変わりなら、できれば一緒にいたい。そのほうが関係性としてシンプルだと思う。
わし、神様やめたい……。
「ダメです」
シートの隙間からひょこりと現れたのは因幡の白兎。その唐突さにわしは声を上げそうになった。
「どういう場所から出てきたのだおぬし」
「私はいつもあなたの近くにいます。監視役でもあるのですから」
因幡の白兎はこちらに人差し指を突きつけ、問い詰めてくる。
「あなた、仕事を投げ出したいと思ったでしょう。逃げ出したいと思ったでしょう。そんなの許しませんよ。あなたが縁結びをやると言うから、我々はチャンスを与えたんです。これはあなたが始めた物語です。途中で放り出すのは許可しません」
「うぐぅ」
「神様は人間のため働くのが使命です。伏見稲荷に行くんですよね。ウカノミタマに喝を入れてもらいなさい。それがいい」
「そんな上位の神に……?」
「人のために働くという点では、神社の神は皆一様ですよ」
トイレから戻ってきた紫苑が、わしとその膝に乗るウサギを目にして、ちょっとびっくりした。
「ミズチさん……それ、ウサちゃん?」
わしはぴくっと肩を震わせ、あははと愛想笑いする。
「は、はは……ぬいぐるみだよぬいぐるみ」
わしは因幡を席の上にある棚に放り投げた。
人間に見られるのはまずいのだろう、因幡はぬいぐるみに扮してじっとしていた。




