第弐拾話 夢を思い出すということ
月曜日。
わしと蓮華は朝から目にくまを作り、机に突っ伏していた。わしの人形は疲労感さえも再現する。しかしここまで肉体に寄せなくても、と思った。
土日をかけて明美の出演作をこれでもかと観た。しかしこれでもまだ全部には足りない。とりあえず、明美の頑張りを肌で知れたのは良かったと思う。
明美は明らかに昔の湊彼方を目指した演技をしていた。インタビューでもそのようなことを語っていた。明美のあこがれの先輩……その人物に連日小言を言われるのは辛いだろう。縁切りを申し込んでくるほどに……。
「みずっちさん……辛いッス」
隣席の蓮華が弱音を吐く。わしもだ。ずっとアニメを浴び続けると、生身の肉体でなくとも精神的にきつい。
「明美、やはりあやつは声優の道を進むべきだよ」
「ですね。でも明美さんになんて言えばいいんでしょう」
「わしに考えがある。わしの得意なことは占いだ。占いであやつを良いほうに向かわせるのだ」
「……効果があればいいんですけどね」
「しかし、どんな占いが効果あるのか……」
「こっくり占いとかどうです? 以前もそれで成功したって聞きましたよ」
「ふむ」
また茶飲み友達のこっくりを再び呼び出すか。面白いかもしれん。
とにかくこのままでは終われない。わしは重い身体を引きずり、自由帳を抱えて山形明美のクラスに行ってみた。
明美もまた机に突っ伏して寝ている。連日の収録の疲れが出ているのだろう。
明美は有名声優ながら、クラスの皆にサインをねだられている、というわけではないようだ。むしろ周りが配慮して、明美をそっとしておいているような空気もある。
「のう……のう!」
だが、わしは声をかけざるを得なかった。
「そこのおぬしに語りかけておるのだ、山形明美!」
明美は肩をぴくっとさせ、顔を上げた。
隠しきれない疲れと焦燥感がその顔に表れていた。
「……何か用?」
さすが声優、腹から声が出ている。不機嫌ながらもそのどすの効いた声にビビってしまうが、わしは自由帳を突き出して、意を決して言った。
「サイン……いただけるかのう?」
わしの言葉に明美は虚を突かれたような表情をする。
「そんなこと頼まれたの、久しぶりだわ」
明美は渋々ながらも自由帳を取る。
「事務所にばれたら怒られるから、内緒よ……?」
「うむ」
明美はペンでさらさらと書く。筆記体風のサインは顔のようにも見え、苦労して作ったことが伺えた。
そしてここからが本題だ。
「サインのお返しに、おぬしの運勢を占ってしんぜよう」
「占い……? えっ、何?」
「こっくり占いだ!」
わしは自由帳の別のページを出し、明美に十円玉を握らせる。何が何だかわからないといった顔の明美。
上空にどろんとこっくりが現れる。
「こっくり、力を貸してくれ!」
『またかいな。うちも暇やないのになぁ。ほんに神様使いの荒い神様やなぁ』
わしらの会話は思念で行い、明美には聞かれていない。
「主導権はわしが握る。わしの思考の通りに十円玉を動かしてくれ」
『まぁ、友達の頼みなら聞いてもよかよ。でもその先は知りまへん』
「今度銀座のいなりずしを奢ってやる」
『ザギンのシースー……悪い話やあらへんな。じゃ、行きますよ。ほれ』
ついとこっくりが十円玉を指した。明美の指先の十円玉が文字列の上を走り、人名を指す。
「みなとかなた……」
明美の顔が翳る。
「それがおぬしが気になっている相手か。おぬしは女子高生で声優をやっている、しかしそれが辛いときもある……」
ここからはわしのアドリブだ。
「だが、なぜ声優になろうと思ったのか。それに、湊彼方という人物が関わっているんじゃないか?」
「見てきたみたいに言うのね」
ギクッとなる。が、わしが透明になれる神様だとはさすがに思うまい。
「占いでそういうのがわかるのだよ」
「ふーん……」
「今進んでいる道がつらかったら、なぜ自分がそれを目指したのか思い出すといい。初心に立ち返ればきっと見えてくるものもある。あこがれの原点を思い出せ」
「……」
しばし沈黙。しかし本当に必要なことは、明美自身わかっていると思う。
「おぬしのベストパートナーは、間違いなく近くにいる。その人物と腹を割って話すことだな」
「……彼方さん」
「『魔法少女どぐら☆マグラ』の新作、楽しみにしておるぞ」
『魔法少女どぐら☆マグラ』の新作には、主人公と対峙する新キャラが現れる。明美はその役に抜擢されていた。映画オリジナルのヒロイン役を、今最も注目されている声優が務める。そのプロモーション効果は高く、SNSではその話題で持ちきりだ。
時期的に収録のクライマックスだろう。この占いが気持ちの切り替えに役立つといいのだが。
明美の顔に少し生気が戻ってきたようだ。わしがすることは、あとひとつ。
神は万能ではない。わしにできるのは、背中を押すことだけ……。
だが、今まで人々の背中を押し続けてわかったことがある。問題に突き当たったときは大抵、本人に解決できる能力はあるのだ。それに気づくか気づかないかが大きく命運を分ける。
結局障害を乗り越えられるかどうかは、その人次第なのだ。
・
わしは深夜、ラジオを点けてその番組を待っていた。
『では次はラジオネーム・みずっちさんの投稿です!』
来た!
わしは居直ってその番組に耳を傾けた。
声優がやっているラジオ、『オールナイトジャパン』。そのMCを彼方が務めている。
『湊彼方さん、いつもお芝居拝見しております。卓越した演技は本当に素晴らしいと思います。私の近くにも声優さんがいます。しかし彼女は、とても辛そうです』
わしの投稿が読み上げられる。少しむず痒い気持ちもあった。が、これも必要なプロセスだ。
『彼方さんも、道に迷っている方がおられたら、叱責だけではなくその人を認めてあげてください。お互いにいい関係が築ければ、きっといい作品が作れます……』
彼方の声がしみじみとしたものになる。目論見が成功しただろうか。
『道に迷う……私にも、そんな時があったわ。魔法少女どぐら☆マグラの収録時、私は高校生だった。単身大人の世界に放り込まれて、右も左もわからなかった』
そうだったのか。
『私には後輩がいる。彼女も頑張っているけど、その時の自分に重ね合わせているのかもしれない。もっと頑張れってつもりで接しているけど、もし私がそんな立場にいたら……耐えられないかもしれない。もう少し対応を考えるべきなのかも』
よし。わしのたくらみは成功した。あとはご両人次第……。
『では次の音楽に行ってみましょう。『魔法少女どぐら☆マグラ』オープニング曲、『イジェクト』』
音楽が流れる前に、わしは安心してラジオを切った。
今日は早く寝られる。ボロい本殿にごろんと寝転がり、しばしの休息を取った。
・
今日は『魔法少女どぐら☆マグラ』劇場版の収録。かといって、スタジオが変更になるわけではなく、明美的にはいつもの仕事と変わらない。
外は雨が降っている。傘をさしている明美は、ビルに入っていく人影を認めるや否や叫ぶように言った。
「彼方さん!」
彼方は明美に振り向いた。明美は息せき切って言う。これまでの彼方への鬱屈した想いが濁流になって明美の心に押し寄せているようだ。
「本当はあなたに……あなたに追いつきたくて……!」
「私は逃げない。追いつくまで必死で走ってらっしゃい」
彼方は少し微笑んでいる。
「この声優界、あなたがまだ見ていないものがたくさんあるわ。色んな人がいて、色んな表現を頑張っている。一緒に世界を見ていきましょう」
明美の顔に初めて笑顔が浮かぶ。
一件落着だな、と幽体のわしはない胸をなでおろした。




