第拾九話 あこがれは彼方
土曜日。
明美を知るには、彼女の頑張りを見るのが一番の近道。明美がどんな経緯で現在に至ったか、それを見ずして明美の問題の解決はできない。
わしは山形明美の出演作を全部見ることに決めた。サブスクでは、最近のアニメは最終回が放送されてから一ヶ月程度で配信終了してしまう。そういった作品は、レンタルDVD屋で借りて観るしかない。そういうわけで、wiki調べで彼女の出演作を片っ端から観ることにした。
明美の出演作はライトノベル原作のアニメが多かった。なるほど中高生が主役で、青春ドラマや異能バトルものが目につく。明美の声音的にも、若者受けするこういった作品が得意なのだろう。
わしの家にはテレビがない。だから蓮華の家に押しかけることにした。SNSでその旨を話すと快諾してくれた。
「明美さんのための鑑賞会みたいなものですね。いいんじゃないでしょうか」
蓮華の部屋にはテレビとちゃぶ台がある。二人分のジュースとパーティ開けしたポテトチップスを用意して準備完了。
明美の出演作を数えると、ゆうにDVD二十本は超えている。数日にわたって鑑賞する必要がありそうだ。蓮華は家に宿泊することも許可してくれた。本当にいい友達を持ったなとわしは思う。
ラノベ原作のアニメはどれも似通ったタイトルで、DVDを広げてどれから見始めようか迷っているときに、蓮華が横から口を挟んできた。
「あっ、このタイトル聞いたことがあります。『魔王を倒したら幼なじみが女神だったんだが世界が修羅場』から見始めましょう。魔王を倒した後の世界が舞台の、勇者主人公と女神ヒロインのラブコメなんですって。女神の役を明美さんが演じてますよ」
「ほう、面白いのか?」
「ずっとラノベアニメを観てる、ラノベアニメソムリエの間でも評判悪くないですよ。特に明美さんの演技が好きって人が多いです」
「そうか」
わしはDVDレコーダーに『魔王を倒したら幼なじみが女神だったんだが世界が修羅場』の一巻を突っ込む。テレビ画面が移り変り、荘厳な音楽と共にアニメが始まった。
見始めるとなるほど、明美の若々しい演技力が作品の牽引力となっているのがわかる。声優スタジオでも見た、あの熱意が遺憾なく発揮されておりヒロインの魅力を十二分に感じることができた。
一方で、彼方の言っていた明美の危なっかしさも随所に見られた。日常描写の些細なシーンでも、感情をこめすぎているのだ。それが彼女の持ち味でもあるのだが、あまりにエネルギーを使いすぎて聴いているほうが心配になる。
あの時の湊彼方の発言は、何も明美を貶めようというものではない。ベテランの立場から新人に言える、厳しめの指摘だ。だがそれに、今もいっぱいいっぱいで頑張っている明美の心が耐えられるだろうか。
しかしながら……神様というものは疲れるとつくづく思う。人間のために仕事をする。それをしなければ忘れられてしまう。わしが存在を許されるのは、人の役に立っているときのみだ。わし、本来は蛇神……自然の神なのに何をやっているんだろう、と思ってしまう時が何度かある。
ジュースをちびちびと飲みポテトチップスをつまみにする。日本酒が欲しいところだが、表向きのわしは未成年。ぬぅ、歯がゆい。
ふとわしは蓮華に訊ねてみた。
「のう蓮華」
「はい?」
「わしが蛇野神神社の神様だと言ったら、おぬしどう思う?」
「何ですか藪から棒に」
「目の前に神様がいたらどう思うのかを聞きたいのだ」
うーん、と蓮華は少し悩んで、言う。
「みずっちさん、男でも女でもないですし、元から神様っぽい雰囲気はありますよ。仮にみずっちさんが本当に神様でも、私はみずっちさんを友達だと思ってるし、その感覚はなくならないと思います」
「そうか、ありがとう」
蓮華の発言は、十中八九わしが神であると思って言っているわけではない。だがわしにも、人間の友達ができた。その確認ができただけでもあの独りぼっちの牢獄からの進歩だと思う。
色々考えているうちに『魔王を倒したら幼なじみが女神だったんだが世界が修羅場』を二話見終わっていた。ストーリーとしてはなかなか面白かった。しかし展開の進め方がキャラ頼みで、良くも悪くも明美の役者としての姿勢が強く表れた一作だったと思う。
次にわしは『魔法少女どぐら☆マグラ』を再生した。全部は観ない。明美が出演する二十話と二十三話のみだ。この作品は放映当事社会現象にもなった話題作で、今度、十年越しの新作をやるらしい。
駆け出しの頃の明美は、モブの役をいくつかやっていた。その中に『魔法少女どぐら☆マグラ』がある。決して出番は多くないが、それらも網羅しておくべきだと思った。
番組が始まり、魔法少女姿の主人公と敵がバトルしている場面が流れる。
『月に代わって拷問よ!』
「おや……?」
わしは主人公の決め台詞に何か違和感を覚えた。
この作品の主人公は明美ではない。が、その演技の姿勢に明美と似たものがある。
「このアニメ、私が幼稚園の時放送してたやつですよ」
そういうことはあまり言うでない。年齢を思い知りダメージを受ける者もいる。わしは数百年生きている神だから今更だが。
アニメの主人公に抱いた違和感の正体はすぐにわかった。
番組がエンドロールに入ると、声優の一覧が表示される。『魔法少女どぐら☆マグラ』の主人公を演じていたのは湊彼方だった。
彼方の魔法少女の演技は、やはり卓越したものだ。技術力に差があるとしても、明美の演技は彼方のそれを追いかけているような節もある。しかし『どぐら☆マグラ』放送時、彼方は明美とそこまで年齢も変わらなかったのではないか?
わしはネットで集めた明美の資料を見る。『声優まとめ速報』など、声優へのインタビューや個人ブログへのリンクを掲載しているサイトが数多くあり、その中で明美にまつわるものをあらかじめピックアップしておいたのだ。
『好きなアニメの主人公にあこがれて、声優を目指しました。私も故あって、そのアニメにモブとして出演させてもらいました。あの時の経験は一生の宝だと思います』
駆け出しのころを振り返る企画で、明美へのインタビュー記事にそう書いてあった。
もしや。
明美が声優を目指すきっかけになったのは、湊彼方なのか……?
『湊彼方さんと……縁を切りたいんです!』
明美がそう言っていたのを思い出す。その声には悲壮感が込められていた。
いや、この縁は繋ぐべきだ。わしはそう感じる。
明美よ、おぬしも本心はそう思ってるんじゃないか?




