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縁結びの神様は百合の間に入らない  作者: 樫井素数
第四章 暗黒声優編
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第拾七話 女子高生で声優であるということ

「あ~、どうしようかのう……」

 ホームルーム後の教室でわしは頭を抱え、机に突っ伏していた。一限目まであと十分ある。

「どしたんですかみずっちさん」

 蓮華が何事かと来てくれた。その顔は本気で心配してくれているようだ。こやつには何でも話せてしまう。わしはふぅとため息をつき、弱音を吐くことにした。

「山形明美~、あいつは曲者すぎるのだよ……」

「やっぱり、難航してるんですね。明美さんの人間関係」

「うん。声優業界って怖いもんだのう」

「恋愛、成就しそうですか?」

「いや……恋愛しとるどころかその逆だった。もっと込み入った事情があるようだったぞ。明美は湊彼方と縁を切りたいんだと」

「それはそれは……」

 蓮華は眉根を寄せ、自分も困った、という顔をした。わしがどこでそんな話を聞いたのかは聞かれなかった。

「恋愛してないのは、内申がひりつくことはないと前向きに考えられますけど……明美さんのメンタルが心配ですね。学校生活と仕事の板挟みだから、人間関係が悪いと相当なストレスになりますよ」

「実際あやつの仕事現場に行ったわけではないが、どれだけハードな現場なのだろうな」

「……それらしい兆候は既にありました。これです」


 蓮華はわしに肩を寄せ、スマホを見せてきた。SNSの画面を操作し、キーワード『山形明美』で検索する。画面に検索結果がばっと表示された。それらの大半は明美に対して好意的なコメントだったが、悪口や批判のようなものも時折目に入った。

「SNSでも結構言われてるんですよ、明美さんの演技は熱が入ってるけど空回りだ、とか、経験が足りてない、とか。相方を見習えって声もあります。湊さんはベテランですから。きっと明美さん、比較されるのが嫌になっちゃったんですね」

「この評判、おそらく明美も見ておるよなぁ……今の時代、ネットで言いたい放題言えるから、批評される立場としてはたまったもんじゃないな」

「ネット社会になる前からアニメやテレビ番組には、こういう意見はありますよ。ネットっていう誰でも見られる場所に書き込むから、そういうのが可視化されているだけです」

 うぅむ……わしよりアニメに精通している蓮華のほうが人間のことをよく知っている。


「てっきりわしは、共演している声優同士は仲がいいものだと思い込んでいた。同じ仕事をする仲間だろう? チームワークでやる仕事だろうに」

「彼女らは立っているステージが同じで、そこで芝居をしているだけで、演者同士の仲とは別の問題です。むしろ同じ仕事をしているからこそギスるような部分はあります。なんで上手くやれないのか、みたいな」

「こういうのも見たのだが……この発信は嘘八百だったのだな」

 わしはスマホを操作し、ドラッグ&ドロップスの特集記事をネットで眺める。近い距離でパフェを食べたり、ともにマイクを持つ写真が掲載され、記事は二人の仲の良さをこれでもかと強調している。

 写真では実に楽しそうな二人。この片割れが昨日縁切りをお祈りしてきたとは到底思えない。

「巷では『百合営業』って言うんですよ。声優同士仲がいいように見せかけるやつ。そのほうが客受けがいいですからね」

「営業の百合かぁ……」

「一緒に頑張って解決しましょう」

 蓮華の横顔が凛々しく見えた。

 生徒会の公認情報屋になった時の、蓮華の宣言を思い出す。『やります!』と言った彼女の声はまだか細かった。今に至るまでに経験を積んで、だんだん自信をつけてきたようだ。


 一限目は技術の時間。教室移動があり、皆用具を持って別棟に向かう。わしと蓮華は連れ立って教室を出た。

 技術室に向かう時、トイレから戻ってきたらしい山形明美とすれ違った。

 学校で見る山形明美は、毅然とした女子という印象が強かった。彼女の顔には緊張感があった。

 まだ社会を知らないクラスメイトたちとは雰囲気が違う。単身社会に飛び込み、社会人と同じ立場で仕事をしている彼女は誰より必死になっていると思わせた。

 しかし社会にもまれているというだけで、心は成長しきっていないのが、毅然としながらもどこか垢抜けない表情から伺える。相当大変な境遇だろうな、と思った。

 わしはこやつにも幸せになってほしいと思った。人一倍努力をしているのだから、その対価が批判ではなく幸せであってほしいと願うのだった。

 

   ・


 どうやって湊彼方の足取りを掴もうか。

 取り敢えず幽体で山形明美についていくことにした。放課後、彼女は電車で都心に向かう。やはり放課後に声優の仕事をしているのだろう。帰宅ラッシュの満員電車の中、明美は滝登りをするように仕事に行く。

 都心に着いたところで明美は電車を降りる。

 だが、明美の足取りは重い。電車を出た後、視線をあっちこっち彷徨わせ、コンビニの看板が目に留まるとそこに引き寄せられるように入っていく。

「ありがとうございましたー」

 コンビニ店員のあいさつに明美は振り向きもしない。

 明美はコンビニで肉まんを買い、暮れかけている冬空を眺めながら道路に立ち尽くした。

 その食べる所作があまりにも緩慢で、わしはハラハラしてしまう。


 仕事があるんじゃないか? 急がなくていいのか?


 わしの心配をよそに、明美はゆっくり肉まんを食べていた。まるでこれから向かう先に行きたくないように。そこで過ごす時間を少しでも短くしたいというように。

 路上で三十分くらいすぐに経ってしまった。そこでようやく明美は歩みを再開した。彼女がビル街を歩いて向かったのは、『ポーラスタジオ』と書かれているビルだった。


 オフィスビルに入って、エレベーターで七階まで。そこは声優スタジオらしく、音響機材が置かれた視聴覚室のような場所だった。

 先に待機していたらしい、オフィスカジュアルの人々が入ってきた明美に視線を向ける。

 その中で、ドラッグ&ドロップスの特集記事で見覚えのある顔がぴしゃりと明美に言った。

「三分十秒の遅刻よ」

「……すみません」

 湊彼方。ウェーブのかかった髪にスラッとしたカーディガン姿。背は低いが、幾多の現場を超えてきたオーラのある女性だった。

「ちょっと、プロ意識が足りないんじゃないの? 学校も大事だけど、あなた社会人に交じって仕事してるんでしょう? その自覚は持ったほうがいいわ」

「……」

 明美は何も言い返せないようだった。

 険悪な雰囲気のまま、収録が始まった。

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