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縁結びの神様は百合の間に入らない  作者: 樫井素数
第四章 暗黒声優編
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第拾六話 縁を結べるなら、切ることも頼まれる

 その日は登校の一時間前に起きた。しかし起きたからといって、普段出発する時間まで結界の外に出ることはできない。なのでわしは、神社の改修してほしいポイントをまとめることにした。

 本殿の床はあちこち虫が食っており、踏むとギシギシと音がする。照明などないので、暗くなったらもう就寝するしかない。


 いつ神社本庁の役人が来るのだろうか。そして神社の運営をしてくれるのだろうか。本当に因幡の白兎が言うように、わしのことを隅々まで見てくれているのだろうか?

 しかしながらわしは神様としてペーペーもいいところ。国に認められる神にはまだなっていないということだろうか。ええい、歯がゆい。早くランクアップしたい!

 やきもきしたところで、わしがボロ神社の神という事実は揺るがず……。一人で廃屋の片付けなんかできるかい! 現状に甘んじることしかできないのだった。

 スマホのメモ帳に、神社の壊れた部分とその詳細をメモする。こうしておけば、いざ神社本庁の役人が来たときに補修を申請できるはず。

 もし神社が改修されたら、カビ臭い寝床ともおさらばだろうか。いっそのこと茶室でも増設しようか。夢が広がるのう。


 ひととおり神社の気になる点をしたためた後、スマホを開く。

 わしの今朝のポストは「おはよう世界」の一言だ。

 やはりわしの「おはよう」にボコッと蓮華からのハートマーク『いいね』がついておる。蓮華はわしのポストのほぼ全部に『いいね』を押してくる。それが彼女なりのコミュニケーションだろうなと思いつつ、少し迷惑な感じもあり、なんとも歯がゆい思いだ。


 わしと蓮華は成り行き上、お互いに頼りになる友人のような間柄になっている。蓮華の調査で気になった女子が、縁結びのお願いに来ると思われる。おそらくスセリビメ様も、このことを見越してわしを学園に入れたに違いない。

 わしと蓮華はSNSで相互フォローの関係だ。互いに割と頻繁に連絡を取り合う。わしは縁結びのための情報収集を、蓮華の手を借りながらやっていた。

 芹那と友乃の一件が解決したのは良かった。それから、蓮華の態度も変わってきたように思う。

「何か困ったことはないか?」とのわしの問いに、蓮華はSNSの文字列で答えた。

『実はまた、妙な案件がありまして……』

「妙な案件?」

『隣のクラスに声優やってる娘がいるんですよ』

「声優……」

『今人気の二人組声優ユニット、『ドラッグ&ドロップス』ですよ! 知らないほうが珍しいです。色んなアニメに出て、オープニングを歌ったりコンビで出演したり、その勢いはとどまることを知りません。その片割れが隣のクラスにいるんですよ』

 珍しいと言われても、わしは四六時中ネットの話題を見ているわけではないから、知らんもんは知らんとしか言いようがない。

『続きは学校で話しましょう。多分まだ自宅ですよね? そろそろ家出ないと遅刻ですよ』

 わしはスマホの画面に表示された時刻を確認して、ヒャッとなってしまった。時間は午前八時十分を示していた。


   ・


『私、あなたがいないと……っ!』

 休憩時間中、蓮華のスマホでアニメを観る。それはいわゆる百合アニメで、ヒロインが主人公に告白するシーンだ。ヒロインの若い熱のこもった演技に、主人公も感情を込めた演技で返す。

『私もあなたのことが……っ!』

 キラキラした作画に、若々しい演技。わしはアニメを見ながら、甘さで歯が全部溶けるような気持ちになった。

「うひゃー歯が浮く浮く」

 わしは蓮華も含め、今まで成就させてきた同性カップルたちに思いを馳せる。まぁ……このアニメのようなドラマもなくはなかったな。


「このヒロインの声を、隣クラスの山形明美って娘がやってるんです」

 蓮華がスマホの画面をスワイプし、画像を見せてくる。

「これがドラッグ&ドロップスです」

 ピンクのステージ衣装を纏った、整った顔立ちの女性が二人。雰囲気若いのが山形明美だろう。もう一人は大人らしい、落ち着いた印象を与える女性だ。

「女子高生とベテランの二人がいて、ベテランの方が湊彼方さん。業界に入って十年で、山形さんのサポートをしっかりこなしています」

「ほう。して、妙な案件というのは?」

「この二人……恋愛してるようです」

 マジか。女子高生と、その十歳年上の声優。そんな恋もあるのかのう。

「ネットでは少し話題になってますが、もし学校に知られたらどうなるんだろうって」

「ふむふむ」

「山形さんは多忙で、なかなか連絡がつかない状況なんです」

「なーるほど。実際どうなのか探りたいのだな?」

 わしは自分の胸をどんと叩いた。

「わしも頑張ってみる。ここは任せてくれ!」

「本当ですか!」

 蓮華が目を丸くする。

 わしは全能感に満ちていた。肉体を持っていたほうが人間に働きかけやすいが、幽体で情報を探ることもできる。その使い分けを分かってきた頃合いだった。

「じゃあ……お願いしてもいいですか?」

「もちろんだとも!」

 この時のわしは、縁結びに慣れてきた頃で調子に乗っていたのだろうな。後であんなことになるとは思いもよらなかった。


   ・


 わしは神社で『ドラッグ&ドロップス』のユニット曲を聴いていた。

 今の時代、サブスクに登録しておけば古今東西のメディアに触れることができる。流行りの曲の中に、ドラッグ&ドロップスの曲があった。わしは有線イヤホンをスマホに挿し、人形を通して曲を聴いていた。

「ほぉ~」

 なかなかいい曲ではないか。特に山形明美の声がいい。垢抜けない印象ではあるが、身体全体でぶつかってくるような熱さを歌から感じた。それをサポートする相方の声は、ベテラン声優らしく柔軟性あるものだ。二人のデュエットは剛柔一体と言うにふさわしい、現代を代表するような曲に思えた。

 この二人、いいコンビではないか。付き合うとしても、お互いを支え合う関係性になるだろうな。


 不意に、石段を上がってくる気配がする。

 参拝客の雰囲気だ。わしは本殿の中、相手に見られないとしても正座で居直った。

 そこには蓮華に見せてもらった画像の娘がいた。

 山形明美。少女漫画から抜け出してきたように美形だ。


「私、駆け出しの声優やってて……」

 来た。

「十歳年上の、湊彼方さんとユニット組んでるんです」

 ドラッグ&ドロップスの、大人っぽい声の方。相方と恋愛しているという噂は本当だったのか。

「お願いします。湊さんと……」

 そうか、アニメの中みたいに恋愛したいのか。


「私と湊さんの縁を切ってください!」


 うんうん、縁を結んで……。


 はい?


「もうあの人と関わるのは嫌なんです! だから二度と会うことのないように……縁を切っちゃってください! お願いします!」

 どっひゃ〜!

 わしは衝撃でしばらく何も考えられなかった。

 縁結び神社は縁切りもできることが多い、が、わしがそれをできるかは別だ。縁結びだって慣れておらんのに、縁切りなんてできるかい!

 山形明美の背中が遠くなっていく。わしは呆然とするより他なかった。

 こんなお願い、どうしようか。前回に引き続き、わしは女の嫉妬深さを思い知ることになる予感がした……。

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