第拾伍話 愛の反対は呪いじゃない
友乃と芹那が結ばれた日の夜。
わしは神社に帰って、人形に再び乗り移り、ぐでんと横になった。
何となくだが、人形に入っているほうが寝つきがよいように感じる。夜の静けさを肌身で感じられ、闇を身近に感じられるからだろうか。幽体でいるより人形の中の方が居心地がいいくらいである。この人形の感触は格別だ。蛇神であった元の身体のようにとはいかないが、感覚は実際の肌身のようだ。
そう考えると、地縛霊と変わらない幽体では、この世を楽しめていなかったのだなとつくづく感じる。
本殿の床で寝ようとするわしに、外の叢から声がかけられた。
「ミズチさん、三組目の縁結びお疲れ様です」
因幡の白兎が目を光らせ、こっちを見ておった。
「おじゃまします、よっと」
因幡の白兎が外から床に飛び移ると、床板がぎしっと音を立てた。わしはあぐらをかき、因幡の白兎に向き直った。
「縁結びの仕事、なかなか順調じゃないですか」
「すべて順調とは行かないがな。この前は呪い道場なんて恐ろしいものを見た」
「あれはただの民間信仰ですね。神様は関わっていません。皆で集まって鬱憤を晴らしているだけです。あなたがあそこにいる方々を気にする必要はないですよ」
「そうか……」
「それよりミズチさんは頑張ってるって、スセリビメ様も言ってましたよ。職務放棄せず頑張る姿勢はすごいです」
「うむ。わしのような低級の神も、あのお方は見てくださるのだな」
オオクニヌシの妻、スセリビメは神の上に立つ神。その方に目をかけられていると聞くと、わしの自由が少しずつ近づいてくる音がするようだ。
「ただ……縁結び、それも女の子同士というのは、艱難辛苦を伴うもの……次に来るお客さんには、十分注意したほうがいいかもしれません」
「なんだ、何か難しい客が来るのか?」
「スセリビメ様は千里眼で、あなたの未来ご覧になったようです。が、千里眼で見た未来の詳細は言ってはいけないもの。私もミズチさんが後々苦労する、としか聞かされていません」
「うぅっ……気になるではないか! 本当に何が来るのかわからんのか?」
「ま、覚悟はしておいてくださいねーとしか言えません。私はここで失礼します。では!」
因幡の白兎がぴょーんと跳ねて森のなかに帰っていく。
夜の静寂の中、呆然としたわしが取り残された。
え、わし、これどんな顔をすればいいの?
笑えばいいと思うよ……。
心の中で自分に突っ込み、乾いた笑いを発したのだった。
・
翌朝。学校。
朝日の差し込む廊下を歩いていると、わしは自由に近づいているのを感じる。
学校では体面を保つため授業を受けねばならなかったが、神社に閉じ込められていた時よりは開放感を感じる。神社に帰っても復習しないといけないのが厄介だったが、何もない暇な時間ばかりよりはいい。
外の空気が吸えて、屋外で身体を動かせる……改めて、なんて気持ちがいいのだろう。
「みずっちさん、おはようです!」
気づくと後ろから蓮華が声をかけてきた。最近、蓮華はいつにもまして明るくなっていると思う。
「機嫌がいいな。生徒会長とはうまくやっているのか?」
「はい、もちろん! 今度一緒に映画見に行くんですよ」
「おお、それはよかった」
わしが結んだ縁。この先も途切れないことを切に願う。
「いい天気ですねぇ」
「そうだのう」
「雲のない晴れだと気持ちも晴れやかになりますよね」
「うむ」
そういえば、天気がいいのを喜ばしいと思ったのはここ最近のことだ。
神社に閉じ込められていた頃は、そこから動けなかったから、雨でも晴れでも同じだった。何なら外の世界の連中、連日雨で落ち込めとすら思っていた。しかし今、太陽の光を浴びられることに嬉しさを感じている。わし自身自覚できる、大きな変化だ。
「私、生徒会室に寄るのでまた後で会いましょう。ではまた!」
「おう」
蓮華はせわしない奴だと思っていたが、生徒会に入って仕事が増え、本人にとっていいことなのだろうなと思う。
わしも自分の仕事の成果が見たい。期待を込めて、教室のドアを開ける。
「おーす!」
わしは教室に入るなり、わざとらしいくらいの大声であいさつした。そして友乃の席を見た。
友乃の机のそばに、既に芹那が来ている。芹那はわしに気付くと、会釈で返す。椅子に座っている友乃は、手にした魔導書を読んでいるふりをしながら、傍らに立つ芹那をちらちら見ている。本と芹那の間を友乃の視線が行ったり来たりしていた。
今日は友乃の頬に赤みが差している。健康的な肌だ。まるで憑き物が落ちたようだ。恋というものは、ここまで人を変えるものなのか。
「おふたりさん! 仲良うなったのか?」
「ええ、この通り!」
クラスメイトの連中も二人の変化に気付いているのか、友乃らをこっそり見ている者もいた。しかしながら、二人に何が起こったのか知る者はまだおるまい。クラスSNSでまた動きがあるかもしれない。情報屋の蓮華に今度聞かせてもらおう。
友乃は急にうつろな目になった。
「私、一体何に追い立てられてたんだろう……。勝手に追い詰められた気分になって、呪い道場なんて行ったりして……」
芹那は友乃の頭をさらっと撫でる。
「いいのよ、もう。無理しなくたって」
友乃はうっすらとほほ笑んだ。笑い慣れていない顔だった。しかしこれから、少しずつ慣れていくだろう。
窓際でカーテンが紗になり、ウェディングベールのように二人を包み隠す。
「友乃ちゃん、独り暮らしなら……お邪魔してもバレないわよね?」
「……そうね」
小声の会話は、耳の良いわしにははっきりと聞こえていた。
カーテンの向こうでくすくす笑う二人。何やら既に妖しげなオーラが出ている。二人はもう、仲良くなるを飛び越えてしまったようだ。
まぁ、結果オーライということで。わしは二人の縁を繋いだが、それ以上はわしではなく二人の問題だ。
いや、しかし。
わしは自分の席に着き、机に伏してしまう。
……本当に疲れた!
これを後九十七回? とんでもねぇ。
しかしぐったりしてもいられない。
次なる参拝客……厄介と言っていたが、友乃以上に厄介なのだろうか。しかし因幡がそう言うのなら、そうなのだろうな。
少し休ませてくれ~。
新手がすぐに現れないことをわしは願った。
今後は二日に一度の更新となります。




