第拾四話 アクアリウム
二人が順路を進んでいくと、妙なものがいる水槽が目にとまった。天井から下がった看板によると、ここは南米コーナー。そのメインとなっているのが、ワニのような顔と鎧のような鱗を持つ大型の魚、ピラルク。中央にある、アマゾン川をイメージした装飾の水槽の中で、それがでんと構えている。友乃と芹那はピラルクの水槽前で立ち止まった。
「ピラルク……古代から姿が変わってないとされる魚。最大になると五メートルにも達する。今は保護動物に指定されているわ」
「あなた、本当に何でも知ってるのね」
「小さい頃は、魔導書じゃなくて図鑑を読んでたから……」
「そんな昔のことも覚えてるなんて、物覚えもいいのねぇ」
「へ、へへ……」
友乃が少し照れる。その姿は丑の刻参りをしていたものと同一人物には見えない。こやつ、意外とかわいいではないか。
客が水槽の中の魚を見ているのと同様に、魚もまた水槽のガラス越しに客の顔を見ているらしい。ピラルクの視線が二人に一瞬向けられるが、すぐ興味を失ったように視線をそらす。
同時に二人も水槽から目を話し、互いに見つめ合った。
しばらくの間。
それから、友乃が先手を打った。
「……こうして対面すると、あなたも普通の人間なのね」
友乃の言葉が心底意外だったとでも言うように、芹那は小首をかしげる。
「私のこと、怪物とでも思ってたの?」
芹那がくすりと笑う。友乃はばつが悪そうな顔をする。
「……だいぶ、それに近かった」
「なんでぇ?」
「……あなたが私の上に立ってると、私が高校にいられなくなるんじゃないかって思ったから」
「高校にいられなくなる……どうして?」
「親がね、いい成績を取り続けないと、連れ戻しに来るような気がして……」
「独り暮らしって言ってたわね。だいぶややこしい関係性みたいね」
うちもよ、と芹那が呟いたのに友乃は目を瞬かせた。
「うちの親も学歴至上主義で、いい大学に行くために今から勉強しろってうるさいの。でも私の人生は私のもの。好きなものは取り入れて、それ以外は全部スルー。そのほうが精神衛生に良いんだわ」
「……そう。あなたは強いんだね。私とは大違い」
友乃と芹那は、ぽつぽつと互いにつぶやくように会話した。
「私の中であなたが、超えられない壁のように感じてしまって……だんだん憎しみが増して、あなたのことを呪ってしまったこともある。正直、こうして顔を合わせているのも嘘じゃないかって思うくらい。私の中であなたへの憎しみと、あなたをもっと知りたい心が共存してる」
「わたしの何が憎かったの?」
「その容姿、頭脳……完璧超人みたいなところよ」
「あら、私、全然完璧じゃないわ」
友乃は、えっと虚を突かれた表情をする。
「評価は4ではあるけど体育は苦手だし、虚弱体質だから家だと召使いに苦労させちゃうし。結構いろんな人に迷惑かけてると思うわ」
もとより虚弱体質であったのか。
であれば、友乃に近づいたときになるという動悸は、呪いが効いていたわけではないのか? 芹那が呪われていたと思い込んでいたわしは、なんだか恥ずかしくなった。
友乃の芹那を見る目から敵意が抜けていく。
憎んでいた人間に対する視線ではなく、新たな友を見る目になっていた。
「……そう。じゃあ、あなたの目から私はどう見える?」
「クレバーな人」
はっきり言った芹那に、友乃は若干動揺した。
「私のどこがクレバーなの?」
「いろんなことを知ってるじゃない。本を読んでいるあなたが好き。知識欲の塊になって、いろんなことを学べるあなたはすごいと思う。爪の垢を煎じて飲みたいくらい」
「そんな……私、自分がそう見られてるなんて露ほども考えなかった。色々と……ごめんなさい。あなたを憎んでいたこと、後悔してる。もっと早いうちに、友達になれればよかった」
ぷっと芹那が小さく噴き出した。
「何か、こうして話してると、お互い自分の勝手な想像を相手に押し付けてたのがわかるわね」
でもね、と芹那は友乃の鼻先をちょんと撫でる。
「私、もう友達より先の関係になりたいわ」
「それってどういう……」
「私と付き合ってくれない?」
ふふっという芹那の微笑みに、友乃の顔が赤くなる。
言った!
芹那はおしとやかな見た目とは裏腹に積極的な方だ。友乃へのアプローチを止めなかった時点でそうか。
「なんで、私なんかが好きなの……?」
「顔が好み。立ち居振る舞いがタイプ。私、知的な人が好きなの。あなたへの気持ちが愛だって、胸を張って言えるわ」
「そう……でも、私、どうすればいいのか……」
友乃はじっと立ちすくんでいる。彼女の青ざめた顔が、表情の下での葛藤を思わせた。濁流のような気持ちを表に出すまいとしているが、肩がぷるぷる震えているのがわかる。
「私、誰にも愛されたことなくて……」
友乃の言葉は、もはや懺悔だった。
「愛なんて知らない。私が人を愛せるかなんてわからない。どうすればいい、どうすればいいの……」
「あなたが今まで愛されなかったなら、そのぶんこれから私が全力で愛してあげる」
「お父さんもお母さんも愛してくれなかった。だから私、人の好意に敵意で返したりなんかして……!」
ポロポロと涙を流す友乃。そんな友乃を芹那はハグした。友乃より芹那のほうが背が高い。くっついたとき、友乃の頭が芹那の胸元にある。
柔らかな芹那の胸元に顔を押し付け、友乃は静かに泣く。芹那はぽんぽんとその背中を撫でた。
「大丈夫よ。重荷があるなら一緒に背負ってあげる。私はあなたの敵じゃない……」
芹那は友乃の涙を指で拭い、聖母の表情で見降ろした。
「今度のテスト、二人で満点取りましょう?」
友乃は涙でくしゃくしゃな顔をしていたが、嬉しそうにうなずいた。
縁、繋がったな。
わしはほっと胸をなでおろした。三組目の縁結び、だいぶ癖が強かったが、何とか達成だ。




