第拾話 体育会系丑の刻参り
森のなかに忽然と現れた小屋というのは不気味なものだ。
小屋は木造だったが、質感が新しい。おそらくここ数年以内に建てられたものだろう。しかしその周囲に漂う瘴気は隠しようがない。看板に書かれた『呪い道場』の文字はよく見るとにじんでいる。誰かが相当な怒りを込めてこの字を書いたのだろうと思われる。小屋の新しさが逆に周りから浮いた印象を与え、異次元から出現した家のようでもあった。
小屋から何かを打ち付ける音と、命令する大声が聞こえる。
こんな樹海の中で何をしておるのだ。そもそも、そこにいるのは人だろうか? 不気味な雰囲気が醸し出されていた。
わしは『呪い道場』の壁に聞き耳を立てた。
かぁん、かぁんと中から音がする。「やる気あるのか!」「気合が足らん!」といった掛け声も交互に聞こえた。何をしているのか、音だけではわからない。壁をよく見たら木目の部分に穴があった。おそるおそる、穴から中を見てみる。
見えたのは、道着の集団が熱気を放ち稽古めいたことをしている光景。つんと臭う汗臭さが異様さを引き立てていた。
「そんなんで相手に呪いが通じると思うのか! 誠意を込めて釘を打て!」
「「「押忍!」」」
ものすごい気迫が小屋の中から溢れ出してきて、わしは「うひゃー!」とそのオーラに吹き飛ばされそうになってしまった。
はじめは柔道の練習をやっているかと思った。
しかし、室内のあちこちに柱が立てられており、道着を着た者たちが柱に藁人形を押し付けて釘を刺し、そこに槌を打っている。
コーチらしき人物の命令で、皆一様に釘を叩いていた。息を合わせ、リズミカルに繰り出される動きは芸術ポイントも高い。だが、やっていることは最悪だ。
誰も彼もが熱血漢……のようでいて、誰かを呪っておる! なんだここは!
「雨垂れ石を穿つ! 雨垂れ石を穿つ!」
友乃も熱血集団の一員になり、叫んでいた。額に汗を浮かべ、一心不乱に釘を叩き、その目は燃え滾っていた。
「恨み晴らさでおくべきか! 恨み晴らさでおくべきか!」
恨み……誰への? いや間違いない。芹那の姿が脳裏に浮かぶ。
「綾小路芹那ぁーっ!」
悪い予感がビンゴ。友乃は芹那の名を叫びながら藁人形を叩いていた。
友乃の藁人形は、よく見たら髪の毛でできている。
聞いたことがある。呪う対象の髪の毛を集め、それを結って人形を作る呪術がある。藁人形として使うと、相手に直接ダメージを与える呪いとなる。
まさか。
わしの額に冷や汗が浮かんだ。
芹那が感じていたドキドキというのは……。
「呪いを受けて胸が痛んでいたんじゃないか!?」
思わず声が出てしまった。
ぐりん、と道着の者たちが一斉にこちらを向く。誰もがぎらぎら光る眼で覗き穴を睨んでいた。
「曲者か!」
「お前も呪うぞ!」
「うわっ、うわーっ!」
迫りくる道着の男女たち。
わしは転がるように呪い道場を後にした。
腐っても神の速力に常人は追いつけない。呪い道場の連中が追いかけてくる雰囲気は察した。しかし、ただでさえ視界の悪い樹林だ。五十メートルほど走ると、あきらめたのか気配がしなくなった。
わしはそのまま神社まで逃げ帰った。人形の身体だが、疲れは人と同じように感じる。呼吸の必要もないのに息が荒くなる。これは人形を作った者が、人の感じることを乗り移った者が再現できるようにしたためだ。本殿の扉を閉め、やっと一息つくと、恐怖がまざまざと蘇り、過呼吸気味になった。
「あー、恐ろしかった!」
見てはいけないものを見てしまった。
人の怨念は時にすさまじいパワーを持つ。恨みのためなら自分を犠牲にしても構わない、そういう奴も少なくない。人生をかけて敵を恨むこともあるのだ。
わしは、あそこにいる者全員を救うことはできないだろうと思った。あの小屋は現代の病理。その氷山の一角のようなものだろう。
どうやら友乃の闇はそれほどまでに深いようだ。一体何があったのか……それを確かめねばならん。
あの娘だけでも救ってやらねば。わしは神だが全能ではない。しかしわしと縁のある者は、皆幸せになってほしいと願うのだ。あんなところに常駐させるわけにはいかなかった。
・
実体を伴って友乃に接触はできないだろうと思う。
ので、今回は幽体となって友乃の私生活を探ることにした。
わしは仕方なく病欠ということで学校を一日休んだ。幽体のまま教室で待機していて、友乃が下校するときその背中に取り憑いて、家まで運んでもらった。
「なんか肩、重い……」
こやつにはわしの存在がバレるのではないかとヒヤヒヤものだった。秘薬などを持っていそうだから、霊感が強いかもしれないが、わしの姿が見えない方に賭けた。
友乃の家は商店街を抜けた先にあった。車通りの少ない、閑静な住宅街だ。友乃が向かった家はむしろ小奇麗なくらいで、陰気な友乃に似つかわしくなかった。
「……綾小路……芹那……」
友乃はぶつぶつ言いながら玄関に入る。わしもお邪魔させてもらう。
親はいないのだろうか。しんと静まり返った家には他の誰の気配も感じない。
友乃は二階にある自室に向かった。部屋に近づくにつれ、あの小屋のような瘴気がむわっとにおった。
がちゃりと、友乃がドアを開ける。
内部には壁一面に芹那の写真が貼られ、どれもが炭でバツを付けられていた。
うわぁお。わしは化生の身でありながら、ここまでする人間におぞましさを覚えたのだった。
「綾小路芹那……私からすべてを奪った女……」
友乃は一人でぶつぶつ言う。
「天から二物を与えられながら私に笑いかける……恵まれた者の傲慢さ……」
おや……?
問題の一端が見えてきたようだ。
「あいつだけは許さないわ……私がどうあがいても乗り越えられないところにいる女。私が負けるのは許されないというのに……なんであいつだけ全部持ってるのよ……!」
どうやらこの縁、奥深いところに禍根があるようだ。
わしは秘術を使うことにした。人の記憶を見る術だ。幽体のわしは友乃の背後に立ち、頭の中に潜り込んだ。




