第九話 呪い道場
骨塚友乃。生徒名簿に載っている名前。不健康そうな顔の女子。写真を見るに、あのぼさぼさ女子に間違いない。
骨塚とは供養されぬものが集まってくるような名字だな。名は体を表すということか。とりあえず調査開始だ。
休憩時間でも友乃は誰とも話さず、一人で本を読んでいた。ハードカバーの本を読んでいるかと思ったが、近づいてみると魔導書の類らしい。古ぼけた紙の本は女子高生がふつう読まなそうなものだった。友乃はそれを読みながら、ぶつぶつと何か独り言を言っている。
「エロイムエッサイム……エコエコアザラク……エコエコザメラク……」
人間の言語ではない!?
危ないヤツ。失礼ながら彼女の印象はそうだった。機嫌を損ねたら何されるかわからない。誰も彼女に話しかけないのも頷ける。
……ただ一人、綾小路芹那を除いては。
「ごきげんよう」
その日の朝も、にこりと芹那は友乃に微笑む。お嬢様とオカルトマニア。その属性は正反対に見える。
友乃は芹那に、こともあろうに険しい目線を返してどすの効いた声で言った。
「何か用?」
あらら、と芹那はそれでも笑って応対した。
「そんなにつれなくしなくたって……私はあなたと仲良くしたいだけなのに」
「……私があなたと一緒にいたら、あなたの評価も下がる。こういう女なの、私は」
「そんなことないわ。私が誰といても関係ない……」
「あなたは何もわかってない!」
がたっと友乃は席を立つ。
「あなたには私の気持ちはわからない……顔を近づけないで! どっか行って!」
うひゃー、と思った。ガチ拒絶ではないか。芹那は本当にこやつに恋しているのか? 嫌われておるではないか。
芹那は困った顔で笑いつつ、痛むのか自分の胸をきゅっと握り、自分の席へ戻っていった。
友乃が立ち上がった時、つんと鼻を突くにおいを感じた。
そのにおいは人間には知覚できない、高次元のものだった。呪いやまじないに関わる者は、こういうにおいがする。触れてはならぬ領域に足を踏み入れた人間特有のものだ。
今まで席が遠いのもあって関わっていなかったが、近づくとわかる。こやつ、ヤバい香りがプンプンしよる!
「……あなたも何か?」
ぎょろりとわしをも睨む友乃。
「あっ、き、気のせいだ、あはは……」
わしも誤魔化して、席に戻った。
近くの席の蓮華が耳打ちしてくる。
「骨塚友乃……あの娘はヤバいですよ。みずっちさん、命が惜しかったら関わらない方が良いです。私たち生徒会で何とかしなきゃいけない子です」
「……あいつはどういう奴なのだ?」
「古今東西の魔術書を集め、ネットオークションで霊薬を買い、自宅を魔女の厨房みたいにして何か錬成してるって噂です。具体的に何をしてるのか、こうして見ててもさっぱりわかりませんけど……」
ほう。
「生徒会が動くほどの問題児なのか?」
「はい。あまりにもクラスから浮きすぎているし、知らないところでいじめもあるかもしれないし……」
わしは唸ってしまった。
これは結ぶべき縁なのか?
明らかに友乃は芹那を嫌っておるし、芹那も自分でもよくわからない胸の高鳴りを感じているときた。
明らかにただごとではない雰囲気だ。
しかしながら妙なにおいも嗅ぎ取ってしまったがために、わしはこの縁を降りることができなくなった。人間社会に放置していては厄介なことになる、そんな予感がしてならなかった。
人間で解決できるとは到底思えない。わしが介入せねばならない。そう強く思うのだった。
「蓮華、友乃のデータをくれ」
「みずっちさん、何するんですか?」
「わしも動かねばならん。わしとおぬしの仲だ、生徒会には秘密にしておいてくれ」
蓮華はちょっと考え、「いいですよ」と返事した。
「詳しくは放課後にダイレクトメールで……」
「よし」
わしのやることが決まった。
・
『友乃についての情報です。過去に遭難者も出たと言われている、街の北にある鎮守の森に頻繁に出入りしているようです』
訊いていた通り、ダイレクトメールで蓮華が情報を寄越した。
わしはスマホ片手に、例の鎮守の森に向かう。街はずれに広がる広葉樹林が見えた。木々を染める夕焼けが逢魔が時を演出しており、何か化け物でも出そうな雰囲気だった。
『足を踏み入れてはいけないとされる鎮守の森。みずっちさん、気を付けてください。幽霊とかでなくても、不良のたまり場になっている可能性もあります』
そう蓮華は忠告してくれた。
なぁに万が一何かあっても、わしの神様パワーでなんとかする。なんとかなる……よな?
戦ったことが室町時代までだったことに気付き、今のわしにできるか急に不安になる。友乃が呪術の類を使ってきたら、わしは勝てるだろうか。
鬱蒼と茂る森。森の大半を成す広葉樹は冬でも葉をつけている。
わしは知覚を最大まで広げる。どんな小さな物音も聞き漏らさないようにする。爬虫類が持つピット器官。蛇神のわしはそれの何百倍も精度のよいものを持っていた。
すると、何かが動く気配がした。
わしはそちらに向かう。この市にはクマはいない。狸かカラスかもしれないが、反応は人間の大きさだった。灌木をかき分けそこに向かうと、小屋があった。
『呪い道場』
小屋の入り口に立て看板があり、そこに書かれている文字を読んだ。
「疲れているからかのう……おかしなものが見えよるわ」
わしは目をこすり、その看板を二度見する。
『呪い道場』
「んん?」
わしが顔に疑問符を浮かべるのと同時に、「押忍!」という威勢のいい声が小屋から聞こえてきたのだった……。




