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縁結びの神様は百合の間に入らない  作者: 樫井素数
第壱章 蛇神胎動編
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第壱話 蛇神よみがえる

『今日のラッキー星座は獅子座のあなた! 恋の相手との信頼や愛情がぐんと深まります! 勇気を持って行動すれば、素敵な出来事が待っているかも!』

 ラジオが多少砂嵐混じりに告げる。

 星座占いは眉唾物だが、多くの人がこれに一喜一憂しているらしいのは、それだけ信じられているからなのだろう。でなければずっと続いているはずがない。


 信心を集められないわしとは大違いだ。


 ラジオは神社の前に不法投棄されたものを拾って霊力を込めたのだが、まぁまぁ暇つぶしにはなる。神社の外はこういう世界かぁ、というのを知ることはできた。

『それでは皆様、また明日!』

 ニュースの司会が明朗に告げる。わしはラジオに供給している霊力を止め、電源を切った。


 わしは室町時代からここにいる。ここから出たい。本殿が腐食著しいだけでなく、鳥居も傾いており、ここを神社だと知っている者もいないんじゃなかろうか。


 かつて荒神だったわしが上位の神々のせいで、こんな人気のない湖の畔の神社に閉じ込められたのも、大昔それだけ人里で暴れていたせいでもある。誰にも知られず参拝者がおらず、忘れられていく神となってしまって、ほぼ悠久の孤独を味わっておるのも巡ってきたツケなのだと思う。「こんなろ! どんな手を使ってでも絶対出てやるからな!」と息巻いていたのももはや懐かしい。封印は強力で、わしは人の目に見えないが、神社の周囲から一歩も動けん。まるで地縛霊だ。湖にたまに遊びに来る水鳥の姿だけがわしの癒しだった。


 わしは『人の願いをかなえること』以外を封印されておる。わしのところに参拝に来た客が望む範囲でのみ行動を許されている。しかし、わしを頼る人がいなければ、願いをかなえるどころか何もできんではないか。こんな崩れかかった神社に誰が来るというのだ。わしは最初から期待されておらんかったのだ。

 はぁ〜、今日もいい天気じゃのう。湖面が陽光を照り返してきらきらと輝いておる。湖の周りしか見れんがな。クソくらえ。

 そう思っていると、湖の畔に何かの影が来る。

 たまに水を飲みに訪れる小動物だろうと思って、わしは無警戒にそれの接近を許した。だから、その小動物が会釈して、突然言葉を話し始めた時、驚いてしまった。


「やぁやぁ、ミズチさん。ご無沙汰しております」

「おぬしは……!」

 因幡の白兎。見た目は巫女装束を着た白いウサギだ。神様の中でもトップクラスの地位にいるオオクニヌシのしもべ。こやつがわしに、何の用だ?

「この湖、のどかでいいところですねぇ。都会と違って空気が澄んでいます」

「ここは平和すぎる。退屈でしゃあないわ」

 ハハハと因幡の白兎は愛想笑いする。

「まぁまぁ、今日は朗報を持ってきたんです。ミズチさん、この神社に来ていただける人がいるようですよ」

「何だと?」

「参拝客ですよ」

 数百年も聞いていなかったその言葉にわしは目の色を変えた。

 参拝客が来るということは、わしに頼みごとをする人がいるということ。人の役に立つこと、それができるかもしれないと思った。少しでもこの牢獄から自由になれるということだ。そしてその望み次第で、わしの行動範囲も変わってくる。

「どういうことだ、詳しく知っているのか。何のための参拝かはよう言うてみい!」

「年甲斐もなくがっつかないでくださいよ~。何でも恋のお悩みをお持ちだとか」

「恋……!?」

「ミズチさんは表向きは縁結びの神ということになってます。神社に飾られているしめ縄は蛇をイメージしたもの。縄が巻き付くように、二人末永く一緒にいられるようにとの願いが込められているんです。そういう神様が必要な人もいるんですよ」


 意外な理由だったが、まぁ、人に頼られる神様というのはえてしてそういうものかもしれない。自分の力ではどうしようもなくなった時……例えば受験勉強とか……に神の力添えが欲しくてやってくるのだ。恋の悩みも、自分一人では解決しない問題ではあるだろうが……。

「わしには色恋などよくわからんが、それでどうすればいいのだ?」

「神様の能力を解放します。天気だとか空間を操る力をですね、ミズチさんに少しお返ししますので、その力で恋人同士にいいムードを作ってゴールインさせてください」

「アバウトすぎやしやせんか」

「それと、もうひとつお知らせに参りました。スセリビメ様からのお達しです」

 その名を聞いたとき、わしの脳裏に電流が流れるような気がした。

 スセリビメ。スサノオの娘であり、オオクニヌシの妻。結婚や交際を司る神で、神様の中でも相当ランクが高い部類に入る。オオクニヌシの妻であれば、奴のしもべを使役できるのもうなずける。しかしそんな超高貴な神が、わしのような低級の神に何の用だ?


「スセリビメは未来を視る力を持っています。最初の一人を皮切りに、今後あなたのところに参拝客が何人も訪れるようです。そこであなたは縁結びの神様となって、参拝客たちのお悩みを解決してください。百人の縁を結んだ時、あなたは晴れて自由の身となるでしょう」

「自由ッ!」

 縁結び。そんな仕事を任されるのは寝耳に水だった。

 自由という餌には食いつかざるを得ない。しかしながら、わしに充てられた仕事内容は甚だ疑問ではある。喜びと不安が交互に出た。


「わしより長く縁結びをしておる神もおるだろうに……なぜわしに縁結びの機会を与えるのだ?」

「今は自由恋愛ブームで、人の世は恋愛が同時多発しています。人はこういう時に限って神仏に願いをかなえてもらおうとしますから、縁結びの神様は皆多忙なんですよ。それで、一応は神として祀られているあなたにも働いてもらうことにしました。自由はその見返りです」

 そうか。穴埋めという立場だが、これ幸いだ。

 百人の縁を結ぶ……遠大な目標だが、仮に達成すればわしは放免される。それへのワクワク感がある。運命のめぐりあわせ……わしにも挽回のチャンスが来た!

 わしの心の奥底で、諦めかけていた自由への渇望がむっくりと蘇ってきた。そうだ。わしは忘れられたままでいいわけがない。自由になり、神としての威厳を取り戻すのだ!


「何でもいい、自由が近づくのなら! 縁結びでも何でもやってしんぜようではないか!」

「では契約成立ということでー。頑張ってくださいね。あと……」

 因幡の白兎は親指で首を斬る動作をした。

「少し自由になったからって、変な真似をしたら首をいただきますよ」

「ええい、わかっておるわ。すぐ完全な自由を与えてくれるほど上位の神は慈悲深くないからな」

「そういうコトです。それじゃ、よろしくお願いしますねー」

 因幡の白兎は、ぴょーんと跳ねて灌木の向こうに戻っていった。

 ふふふ。わしはやってやるぞ。わしは一人ガッツポーズをする。

 この時は、自分があんな願いをかなえるために奔走するとは思いもしなかったがな。


   ・


 三日後。

 神社に向かってくる人影があった。わしは身構えた。百人縁を結ぶうちの、最初の一人。失敗するわけにはいかないから、緊張もしよう。

 それは女子高生だった。背丈は平均程度。取り立てて特徴のない顔をしていた。

 沈痛な面持ちで賽銭箱の前に来る。賽銭を投げ込み、本坪鈴をガラガラとゆすり、礼をした。

「私、拝島操って言います……この街の縁結び神社には全部行きました。ここ、蛇野神神社が最後の場所です。ここに祈って駄目なら、恋を諦めないといけないんです……。お願いです、私の願いを叶えてください……!」

 操と名乗った少女が独り言を言う。その切羽詰まった顔から、そいつが切実な思いをしているのがわかった。不覚にもわしの心にジーンと響いたね。

「その子とは友達で……でも、私はそれ以上になりたくて……付き合おうって、言い出せないんです。どうか私に勇気をください……!」

 若々しい悩みだ。人間、こういうところは何百年経っても変わらないのう。

 こういう風に力を求められたのは初めてだ。わしの力をあてにしてくれている。それだけの力がわしにあると信じてくれている。誰かに頼られるのもやぶさかではない、とその時初めて思ってしまった。

 わしは幽体なのをいいことに、操のほっぺを隣でつんつんした。あまりにピュアなこの参拝客に、わしは愛おしささえ感じてしまった。若い娘のほっぺは水分が多くぷにぷにだ。触っていて気持ちが良い。


 して、どんなイケメンと付き合いたいのだ〜?


「上遠野なでしこちゃんと……」


 はへ?


 なでしこ。撫子。そんな名前の男はおらん! まるで女の子の名前ではないか……!?


「なでしこちゃんと私は幼馴染で……ずっと親友で……でも私は、その先に行きたくて……!」

 おいおいおいおい。

 わしに、女の子同士の縁を結べと言うのか!?

「私はなでしこちゃんの特別になりたい……! 神様、よろしくお願いします……!」

 操はそう言って、最後の一礼をして去っていった。

 わしはぽかーんとしたまま、その場に取り残された。

 女の子同士の恋愛とは、どういうものだ? 男女の恋愛と何が違うのだ? 恋なんてものを知ってもおらんのに、無茶ぶりではないか!


 だが、やってやるぞ……!

 何としてでも成功させてやる。なにせ、わしを孤独から救ってくれた参拝客の頼みなのだから……!

 わしは自由を勝ち得るため、この無謀ともいえる挑戦を決意したのだった。

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