8話 伝説のギルドマスター
「そらぽんとアストラ、結婚してからますますラブラブだよねー」
「二人で遊んでる時間、ますます増えたんじゃない?」
と、ギルドメンバーが茶化す。
結婚システムを活用し始めてから、「そらぽん」と「アストラ」はさらに息が合うようになっていた。
「まあまあ、みんなにも新婚旅行のお土産持ってきたんだぜ?」
その日は、アストラが専用クエスト「新婚旅行」の戦利品をメンバーに配るため、みんなでギルドハウスに集っていた。
ふとしたきっかけでギルドチャットの話題が、結婚クエストから過去の大きなイベントへと移る。
「そういえば……、最近統一戦で強いギルドって全然ないよね……」と、
メンバーの一人である「不気味だいふく」が切り出した。
「だよなー。昔伝説のギルドが一回だけ全土統一したんだけどな」
「そうそう!ギルド名、『シルバームーン』だっけ?」
「それそれ!リーダーが、あの有名なルナっていう伝説の美少女ギルドマスターでさ」
空がゲームを始めたのはその騒動が収束した後だったため、伝説としてしか知らない話だ。
今でも語り草になっている伝説のギルドマスター。「そらぽん」は、興味津々で話に加わった。
「ルナさんって、そんなにすごかったんですか? 全土統一なんて、想像もつかないです」
「不気味だいふく:すごかったなんてもんじゃない……」
「不気味だいふく:オフ会でギルドマスターのルナが絶世の美少女中学生って判明して」
「不気味だいふく:ギルドの男どもが彼女に夢中になっちゃったんだって」
「不気味だいふく:それが源動力になって、鬼神の如き強さで全土を統一したとか……」
「レオナ:でも、そのせいで崩壊したんだよね。ルナを巡って、複数の男がリアルでも粘着し始めて」
「レオナ:ギルド内で内ゲバが起きて、あっという間に空中分解。伝説ってよりは、悲劇の象徴だよ」
「ひのきのぼう:まさに傾国の美少女ってやつだったよな、全然本人のせいじゃないんだけどさ」
その生々しい過去話に、チャットは一時沈黙した。
リアルが絡むと人は変わってしまうのだろうか。秘密を抱えている空としても他人事ではない話だった。
「そうだったんですね…。ルナさんは、その後どうなったんですか?」
「レオナ:ルナ本人の手でキャラデリートしたって話だけど、運営がこっそりキャラデータだけは残してあるって噂もあるよ」
「レオナ:この世界唯一の全土統一者だし、専用称号や専用スキルもあるって話だしさ」
「ひのきのぼう:でも、ルナに個別チャット送ってもキャラ削除されましたって出るしさあ。ただの噂っしょ?」
チャットが盛り上がる中、空はふと「アストラ」に視線を向けた。
いつもはチャットに積極的に参加する「アストラ」が、この話題の間、ずっと沈黙を保っていた。
「アストラくんは、この話、知ってた?」
「……ううん、あんまり興味ないな。昔の話より、俺はそらぽんと遊ぶ今の方が大事だし」
そっけない返事だったが、彼もこういう揉め事やゴシップのような話は嫌いなのかもしれない。
そういうところも共感が持てる。空は納得して、再びチャットに戻った。
「ところでさー、今エピキュクルスのリアルイベントやってるの知ってる?」
「あー、聞いた聞いた。行ったフレンドが言うには、ゲームを再現したアトラクションとかあって、すげー楽しかったらしいっすよ!」
「レアアイテムのシリアルコードももらえるんだってさ……。近くに住んでたら、行きたいよね……」
「あ、だったらどうせなら近くのギルメンでオフ会して一緒に行っちゃう?」
「いいねいいねー!」
盛り上がるギルドチャット。
空は、正直まずい方向に話が進んだなと思った。
ネカマである空は、当然オフ会など行けるはずもない。
「そらぽんはどう? 近くにいたら一緒に行こうよ!」
「え、私は……」
その瞬間――。
ガタッ!
空の住む部屋の窓が、小さく揺れた。震源が近いのか、短く鋭い縦揺れだった。
空は思わず、ヘッドセットのマイクに「あ、今、ちょっと揺れた…」と、つい現実の情報を漏らしてしまった。
「え? そらぽんのところも?」
「うちもちょっと揺れた! ひょっとしてうちら近所?」
「じじじ地震とかどどどどこの田舎だよ」
チャットは大騒ぎになった。嫌な予感を覚える空。
「レオナ:うちら近所なら、オフ会とか超簡単じゃん! 来週の土曜、みんなで集まろうよ!」
「レオナ:みんなでイベント行こ! そらぽんも来るよね!?」
「あ、えっと……オフ会は……」
空の声が少し震えた。しかし、近所だと判明してしまった以上、断る理由がとっさに思いつかない。
だって、「そらぽん」は毎日のようにログインしているのだから。
用事がある、というのは説得力に欠ける。
しかも……。もしオフ会に「アストラ」が参加を希望したら……。
(「そらぽん」として純粋に慕ってくれるアストラくんを、絶対にがっかりさせたくない…!)
空は、これから始まるオフ会の誘いと、それによって露呈するかもしれない真実の恐怖に、身がすくむのを感じた。
次回、空が女装デビューです。




