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5話 私たち結婚します! ─幸せと痛みのはじまり─

 その夜、「そらぽん」と「アストラ」は、

所属するギルド「今夜も寝落ち団」のギルドハウスで、他のメンバーたちと雑談を楽しんでいた。


「そらぽんとアストラ、今日も二人でダンジョンだったんだろ?マジで仲良いよな」

「わかる……。このギルドもみんな仲良いけど、二人のはもう夫婦レベル……」

「私だってアストラくんと遊びたいのにさー。でもそらぽん女子力高いもん。そりゃ惚れちゃうよねー」


 ギルドのメンバーから、いつものように二人の仲の良さを冷やかされる。

そらぽんは、「アストラくんとは気が合うだけだよー」と笑って流す。


 アストラは明るくて、誰からも好かれる素敵な少年。そんな少年に自分が慕われている。


(正直、嬉しくないはずがない。でも──)


 優しい女性キャラの自分は、本当は頼りない男なのに。

自分の正体を知ったら、彼はどんな顔をするだろうか。

アストラだけには、知られたくない。


そんな中、システムメッセージがウインドウに流れた。


【システム】:新アイテム「ウェディングドレス」「白のタキシード」実装記念、結婚イベント開催中!


「結婚?」


空には聞いたことのないシステムだ。


「あれ? そらぽんまだ知らないの?」とギルドマスターのレオナが言う。


「あんなに仲良しなんだから、二人はもう結婚してると思ったのに……」


「いつも二人で遊んでるんだし、ゲーム内で結婚しちゃえばいいんじゃないっすか?」


ギルドメンバーが口々に言うには、「結婚」は、キャラクター同士を結びつけるシステムで、

一緒に遊びやすくなる様々な特典が得られるのだという。


「特にそらぽんとアストラみたいに、ロールが固定されてて一緒に遊ぶことが多いペアには最適だよ」


「ヒーラーとタンク・アタッカーの組み合わせでバフもらったら、最強……」


「このゲームの限定スキルって一日の使用回数決まってるけどさ、インしてないときも使用回数貯まっていくんだよねー」


「だから、二人のプレイ時間合わないときでも無駄にならないから安心だよ」


迷う空の元に、「アストラ」から、すぐに個別チャット──ささやき──が飛んできた。


<アストラ:そらぽん、結婚……してみる?>


<いいの? これって、簡単に取り消せなかったりするんじゃないの?>


<アストラ:そうだな。でも、そらぽんってさ>


<アストラ:どんなときも周りの事をちゃんと見ててさ、気配り上手で、優しくて>


<アストラ:だから、俺が結婚するなら、そらぽん以外は考えられない>


空の心臓が強く跳ねた。空は知っていた。「アストラ」が自分を優しい女性キャラクターとして好意的に見てくれていることを。

そして、その気持ちには──。ひょっとしたら「異性への憧れ」が含まれているのではないか。


(でも──ここまで慕ってくれてるなんて、想像以上だった)


<ちょっと。アストラくん、これってガチのプロポーズみたいじゃない?>


<アストラ:え、えっ! ただそう思っただけで、全然そんなんじゃねーし!>


罪悪感はある。でも、アストラと一緒にいる時間がかけがえのないものなのは、空も一緒だ。

結婚すれば、さらに特別な時間を共有できる。


少しの迷い──。でも、空はチャットを返した。


<うん、いいよ。アストラくんとなら、きっと楽しいね>


そして、ギルドチャットで宣言する。

「今二人で話し合って決めたけど、私アストラくんと結婚します!」


「おおおおお!カップル誕生!」


「おめでとー!!」


 どきどきと、少しの罪悪感。空は、画面の向こうの純粋な少年の期待に応えるため、承諾ボタンを押した。


【結婚申請を受諾しました】という事務的なメッセージと共に、個人倉庫にシルバーリングが追加される。


「これって?」


空はギルドチャットで尋ねる。


「それはね、ペアリング! 二人が離れた場所にいても、すぐにお互いの場所にワープできるよ!」


「結婚クエストってのがあるから、それを使って上手く完了させてね。そしたら晴れて結婚だから」


「二人の新居を作ろうとか、ウェディングドレスを仕立てようとか、色々イベントがあるから頑張って。きっと思い出になるよー」


「新郎新婦、初めての共同作業です、なんてね!」


「ハネムーンから帰ってきた直後に離婚とか、リアルでもあるらしいから……。気をつけてね……」

ギルメンが不吉な一言を言う。


「そらぽん!ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」アストラもおどける。


「もー、アストラくんまで……」


****


 結婚クエストを開始した帰り道。

アストラと並んで歩く街道は、さっきまでの冒険がそのまま続いているようで、

そらぽんの胸はふんわりとあたたかかった。


「そらぽん、今日はすごく楽しかったな」


アストラが笑うと、

その明るさに釣られるように、そらぽんも微笑む。


「うん。わたしも、ほんとうに楽しかったよ」


――幸せ。


 そう思えることが、

ただ嬉しくて、ただくすぐったかった。


 ……けれど同時に、

胸の奥のどこかが少しだけきゅっと痛む。


(わたしは……、俺は……、アストラくんに、本当のことを言えてないのに)


 アストラは何も知らずに、

「そらぽん」という女の子をまっすぐ信じてくれている。

その無邪気さが、そらぽんには少し眩しかった。


「そらぽんと一緒に遊んでるとさ、あー、今日もいい一日だったなって、いつもそう思えるんだ」


 そう言いながら、アストラが嬉しそうに目を細める。


「……そう言ってもらえると、うれしいよ」


 素直にそう答えながら、

胸の奥で小さな罪悪感が波紋のように広がった。


 そらぽんはログアウトメニューをそっと開いた。


「そらぽん、また明日も一緒に遊ぼうな。結婚クエストの続きしようぜ」


「うん。……また明日」


 光が視界を包み、世界がゆっくりと溶けていく。


 その刹那、胸の奥にほんの小さなざわめきが残った。

不安というほどではない、ただ、なんとなく落ち着かない感覚。

それは、秘密を抱えている罪悪感のせいなのだろう。空は、そう思った。


 ――そして翌日。

空は「少しだけ嫌な予感」が奇しくも的中していたことを知ることになる。


6話はちょっと暗めの話なので、明日7話と同時投稿すると思います。

最後はハッピーエンドなので、ちょっと下がる展開でも最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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