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3話 アストラの、優しい音


「じゃ、俺そろそろ落ちてギターの練習しよっかな」


 ゲームが一段落し、アストラはボイスチャットでそう言った。

確かにかなり長時間のプレイとなって、もうお開きにはちょうどいい頃合いだ。


 でも──


(もう少し、アストラといたいな)


「だったらうちに来ませんか?」空はそう提案した。

「いいの?行く行く」


 空が招待ボタンを押す。

画面が光る。

そして──


 狭い六畳一間の部屋に、エルフの少年が現れた。

いつ見ても非現実的でわくわくする光景だ、と空は思う。


 これは、「エピキュクルス・オンライン」に搭載されている複合現実モード。

ログイン中のゲーム内のアバターを、リアルな自分の生活空間に招き入れることができる機能だ。

もちろん、他のプレイヤーからは空の部屋は見えない。


「おじゃましまーす」


 アストラは、ゲーム内アイテムのアコースティックギターを抱えて、床に座り込んだ。

現実世界のアストラも、同じ格好でギターを抱えているのだろう。


「あんま上手くないけど勘弁してね」


「大丈夫」


 空も、アストラの隣に座る。

現実の空の部屋に、エルフの少年が座っている。


 不思議な光景。

でも、なんだか友達が遊びに来たみたいで、楽しい。


 アストラが弦を鳴らす。


(あれ? この曲)


 聞き覚えがある。始まりの丘でよく流れている、エピキュクルス・オンラインのフィールド曲だ。

でも、ゲーム内では、冒険心を掻き立てる少しアップテンポな曲だったはず。

しかし、アストラが弾くこの曲は、夜に相応しくややスローで優しいアレンジがされている。


(綺麗なメロディ……。アストラって、なんでもできるんだな……)


 ピタリ、と音が止まった。


「あ、ミスった」


 アストラが、苦笑する。


「ごめん、まだ下手っぴだったわ」


「ううん、そんなことないよ」


 空が首を振る。


「エピキュクルスのフィールド曲だよね。しかもアレンジしてる」


「うん、耳コピしてみた」


(簡単そうに言うけど、それってすごいことなんじゃないかな?)


 楽器を演奏できない空には、どれほどすごいのかピンとこない。

が、かなり練習を積んでいるのはわかる。


「最近は結構練習してて、弦を抑える指先もだいぶカチコチになってきたんだ」


「それって、いっぱい突きの練習してる空手家の拳にタコができるような感じなのかな?」


「うーん、俺は空手のことはわからないけど、練習した成果って意味では似たようなものなのかもな」


 親しくなるにつれて、「アストラ」は自分のことを色々と話してくれるようになった。


中学生まではサッカーをやっていたが、あまり体が大きくならなかったので辞めたこと。


就職して家を出て自立した兄がいて、兄の置いていったPCでゲームをしていること。


最近は同じく兄の置いていったギターを練習するのが日課なこと。


おそらく空とは正反対の、活発な少年なのだろう。


 空は、自分の手を見た。


現実の、自分の手。


女性の手のような、細く白い手。傷一つない。

裏返せば、何も成してこなかった手でもある。


 アストラの、ギターを弾く指。サッカーをしていた足。


(アストラは、いろいろ頑張っているんだな)


体は大きくならなかったけど、それでも何かを掴もうとしてきた。


(俺は?)


何も掴んでいない。何も、守ってこなかった。


「そらぽん?」


「あ、ごめん。ちょっとぼーっとしちゃった」


「眠くなってきたんじゃね? 今日はこの辺にしよっか」


「うん、また明日ね」


 ログアウト。アストラの姿が、部屋から消えた。


 空は、VRゴーグルを外した。

元の部屋。

誰もいない、狭い部屋。


(さっきまで、アストラがいたのに)


空っぽだ。


空は、また自分の手を見つめた。


(せめて、ゲームの中だけでも)


誰かを、守りたい。

誰かを、助けられる自分でありたい。


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